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第十六話


 左の窓から月光が、俺の休んでいるベットに差し込む。

 俺の住んでいるコンテナハウスにはない静けさ。

 いつもはうるさいと思っていたが、今となっては逆に恋しくなっていた。


 部屋の沈黙に浸っていた俺は、見慣れていない天井を見つめる。

 そして今日の出来事を完全ではないが、鮮明な記憶のうちに思い出そうとしていた。


 盾田剣士。

 それが今日戦った能力者の名前だ。

 『拒絶の王』の二つ名≪セカンドネーム≫を持つ存在。

 王の名に恥じぬ限りなく、S級に近い強さであり、この学園最強の能力者である。

 戦場では無敗の伝説を誇る男。

 学園にいるA級能力者の、リーダー的な存在でもある。


 俺はそいつと戦った。自身の目標と己のプライドを賭けた熾烈なバトルだった。

 勝敗は、剣先生による判定で俺の負けということになったらしい。

 俺の転倒と奴の起き上がりが、同時だったと聞かされた。

 そして俺の出血多量による戦闘継続不可と判断だと言っていた。

 だけど俺には、一つの壁を壊したことによる満足感でいっぱいだった。

 とにかく、疲れた。

 この勝負を終えた俺は、一生分の生気を使い果たしたかというくらいに、ほんとうに疲労感でいっぱいだったのだ。




「起きたか……」


 何かがむずかゆく布団をめくり返そうと起き上がった、すると一人の女性の声が聞こえた。

 その声からは、安堵が感じられ、その真っすぐとした瞳からは、俺の存在を確認しているようにも見える。

 左の椅子に座っていたのは、剣先生であった。

 彼女らが帰った後にまで剣先生は、俺の様子を見ていたらしい。


「あれ、二人は?」


 起床したてのぼやけた視界で彼女を見る。

 白く濁った視界を無くそうと、目をこすりながら二人のことを聞いた。


「先ほど仲良く一緒に帰ったぞ。二人ともお腹が空いていたらしくてな」


 その言葉を聞くと、俺は正面の壁にかけてあった時計を確認する。

 時計の針は午前3時を示していた。


「こんな時間にまで…… 俺って」


 瞬間、自身の体に『異変』が起こっていることに気づいた。

 寝起きの感覚では気づかなかった変化に、驚きが倍増する。

 その驚きに、八文目まで起きていた頭が、綺麗と言えるほど全開に動いた。

 ”無くなって”しまったのだろうと、思っていた”右腕”。

 盾田剣士との勝負により、”切り捨てられた”であろう”左肩をかけて左側の体”。

 それがすべて、元通りになっていたのだ。

 全てが”綺麗”にだ。

 ただ一つの”繋ぎ目”も無く、切断されたような痕跡もなく、肉体の先が無くなったという感覚さえ無い。

 まるで体の時間だけが、意識だけを置いて遡ったような感覚に陥る。

 やばい待てよ…… 理解が追い付かない。

 思考が、考えが、感情が、精神が、神経が、感覚が、全てが混乱していた。


「な、なんで…… 何がどうなって」


 右手の能力印を見る。

 それも、昔と変わらずにその印はあった。


「驚いたか? まあ無理もない……」


 体中を隈なく触っていた俺に、剣先生は語り掛ける。

 そして、ポケットから煙草を取り出す仕草をする。


「これは一体…… ど、どういうことなんですか!?」


「そう騒ぐな、時間を考えろ」


 そう彼女は何かを知っているかのように、俺を見た。

 そして、ジッポを取り出し、慣れた手つきでタバコの先端に火を付ける。


 カチっと音を鳴らし、静まり返った病棟。

 剣先生は、タバコを大きく吸う。

 ジリジリと、タバコの勢いよく焼けた音が、こちらまで聞こえてくる。

 そして、ため息を吐くように肺の煙を出した。


「その体は、お前の能力を体現している」


 能力? この人は何を言っているんだろうか……?

 彼女の言葉に疑問を抱きつつ、混乱している思考を鎮める。


「つまりはお前の中では超治癒力、不死力。この二つの能力が混合してるということだ。その能力のおかげであの戦闘を生き延び、両腕が切り離されようとも、その両腕は十分足らずでお前の腕は治った」


 彼女の言葉を理解半分で聞き入れ、俺は今まで失っていた右手を眺める。

 その能力印≪ESP・tattoo≫は、昔と相変わらずに力の象徴を放っている。

 俺の象徴、他の能力者にはない、俺オリジナルの形を有して。

 しかし、見慣れていたはずの能力印は、妙な光を放っていた。

 まてよ。このように光ってはいなかったはずだ。

 今の俺は疲れていて、そんなふうに見えているだけなのか……?

 そうかもしれないな。俺はそう思うことにした。

 彼女の話が耳には入っていない。


「俺の右手…… とうに消えたものだと思っていたのに、あったんですね」


 卍城との戦いの後で、無くなっていたものだと思っていた。

 義手の強力なパワーもいいが、こうしてみると生身の腕もいいと思った。


 そんな呑気なことを考えるくらいには、今の俺は疲れていた。


「不死の能力、ヴァンパァル・F・ロード……」


 一言発すると、彼女は沈黙に入った。

 病棟は人の気配が感じれないほどに、静まり返っていた。


「…… 私が現役の頃に、一度遭遇したことのある不死身の能力者だ」


 突然と剣の口から吐き出された一言。

 重くのしかかったような言葉、どれほどまでにそこ過去を背負ってきたのか。

 その重圧が分かった一言であった。


 彼女の手にあるタバコの灰が下に傾いてきた。


 そして俺は、その能力者の情報を、とある雑誌か何かで見たことを思い出した。

 ヴァンパァル・F・ロード、漆黒のプロレス仮面を身にまとい、自らを”仮面の囮≪ヒイロー≫”と名乗っていると書いてあった。

 ちなみに、囮という文字の中には、ヒーローがあるという文字遊びをしていることに妙に感動したことを覚えている。

 情報によれば、身長は170センチという小柄の能力者である。

 しかし、肉体は屈強の戦士のような剛腕、豪脚、鉄板のような胸板、現代に生きる鉄人といえるような人物だ。

 二つ名は、囮の吸血仮面となっている。

 目つき、体格から、日本人ではないかという噂が飛び交っている。


「死を超越した者と言った方が早いだろう……。 あの能力者はどの能力者よりもぶっ飛んでいた。話を少しづらすが、戦場では勝者が生き残る。これはわかるな」


「はい、勝ったものが生き残るのは当たり前ですね」


「しかし、死なない人間がいるとすると…… 戦場はどうなると思う?」


 いくら死なないからと言っても、動くことができないような負傷を負わせれば、無力化することができると思うが……

 しかし、不死身は厄介だろうな。


「状況にもよりますが、不死者がいる陣営の方が有利かと思います」


「まあ正解と言ったところだ」


 そう言い彼女はまた、煙草を銜え肺いっぱいに煙を溜め込む。


「戦場で私と戦い、この私に死線を見せたたった一人の男だったよ。奴は、どの体の部位を破壊しても死なない化け物だった。後に分かったことだが、S’ESP能力者SSS級のランク所持者だった」


 S’ESPの能力は超能力というよりは、異能という表現を使った方が端的で早い。

 あるものは火を使い、あるものは無から水を創造し、あるものは土を操り、あるものは…… とその数は膨大でありながらも、能力と能力が枝分かれしているようでもある。

 ESPとS’ESPの決定的な違いがある。それは”代償”というものだ。

 ESPは代償を支払わずとも能力を行使することができる、しかしS’ESPは”代償”という対価を支払い能力を発動することができるのだ。


「本題に戻すか……。 その男の能力がお前の中にもあるのではないかと、私の元に見知らぬ者から一通の手紙が届いた。それが、お前と修行を開始した1週間前の話だ」


 俺を見ていた彼女は、視線を少しずらす。


「なるほど……」


 能力が無い能力者…… そんなアイデンティティーに、少しばかり酔っていた自分がいた。

 そんな自分に――能力があったなんて。

 昔では考えれなかった。


「最初はお前にそんな能力が宿っているなんて思わなくてな…… しかし盾田剣士との戦闘ではっきりとわかった。お前は大量出血で倒れる事があっても、死ぬことはない。そして、その両腕の治癒力。お前にはとんでもない能力がある」


 俺は自身の戦闘について思い出していた。

 まずは、卍城王也戦。

 彼の必殺技を受けながらも俺は死んではいなかった。

 気力によるものかと自己分析をしていたが、確かにあの胸から腹にかけた攻撃は並み大抵のものなら死んでいる。


 そして、盾田剣士戦。

 終盤にあたる、大量出血、そして肩から、肺、心臓、肉が切り離された感覚……


 そして驚いたのがこの両腕が治っていたこと。


「フッ、俺は化け物だわ……」


 右手で覆い隠すように、下を向いた顔につける。

 思い返すだけで乾いた笑いが湧き出てきた。

 なんだよこれ…… ただの化け物じゃねえか俺は……


「待ってくださいよ、じゃあなんで僕はヤングサンクションズではなく、この日本国の機関にいるんですか?」


 S’ESPとして生まれた者は、国連直属の『Young Sanctions』(ヤングサンクションズ、通称Y.S)に入られる。そして、世界の均衡、平和、民族間紛争による武力介入、能力者の犯罪防止をすべく、膨大な訓練を受け、大抵はスペシャルソルジャーとしての人生を送る。


 ここでESPの説明をしていただく。

 超能力のたぐいを自由自在に操れる者を能力者(ESP)と呼んでいる。

 ESPは3つの能力からなっており、その3つを三大能力としている。

 一つ目は、人知では理解できない強力な体力〈超筋力〉、卍城が所持している能力である。

 二つ目は、目の前などに強力なフィールドを展開する力、ちなみにこの壁は万物の力を全て無に返すほどの強度を誇っている〈超拒絶力〉、盾田剣士が所持している能力だ。

 三つ目は、物体をある程度の強度まで強化する力〈超念物強化力〉の3大能力からなっている。


 ここESP学園は、機関独自の判断によりS’ESPではなく、ESPだけによる兵隊養成施設を作った。

 なぜESPだけを集めたのかは、機関の人間である、梅階級の者にしかわからない。

 機関の階級は上から梅、竹、松、となっていて、竹の割合が比較的多い。


「それは、私にもわからなくてな……」


 言い終わると彼女は吸い終わった煙草を、靴の裏で消す。

 そして自身のポケットへと入れる。


「そうですか。ではなぜ今になってこの右腕が?」


 俺は周りの人間よりも”劣っている”、と思っていた。

 だけど違う。俺は周りとは”違って”いる。

 ショック? いや俺はゾクゾクしているんだ。

 この高揚感、わかる。バケモノゆえに、この現実に俺の心は踊っている。

 自分がバケモノという”真実”に――


「すまない。今の私には、わからないことが多い。だが、タスクお前に何か壮大なバックボーンがあると睨んでいる。とんでもない計画があるとな」


 そして彼女は、乳袋を上へと押し上げるように、腕をまくる。

 確信があるとその声からわかる。

 頼りになるような言いぐさに、かっこいいとさえ思ってしまった。


「そうですか…… 先生、深入りはあまりしないでくださいね]


 ゆっくりと彼女に告げる。

 多分勇敢な彼女はどんなに危ない橋でも突っ切って行くのだろうと思ったからだ。

 そんな彼女は好きだ。だけどこれは俺だけの問題なのだと直感でわかった。

 だから彼女には俺を見守ってほしいと思った。

 俺が俺であるために、やらなきゃいけない。

 ただそう思った。


 俺は、最年長でここESP学園に来て、能力が使えない無能力者と言われてきた。

 そんな俺に、いまさら裏が無いなんてことはないと今になってわかる。

 もしかして、今年になってランクに出られたのも仕組まれたことなんだろうか。

 そんなことはどうでもいい。


「ああぁ…… わかっている。わかっているさ」


「……。 僕はこれでもここにいることが幸せだなって思ってるんです」


 周りに貶され、見下され、蔑まれても、『強くあること』を剣先生に教えられた。

 そして、自身が掴みたいと願ったことを掴む姿勢を、マイに教えてもらった。

 他人といる幸せをユウに教えてもらった。


 俺は幸せ者だ。それが仕組まれたものだったとしても、裏に何があろうとしても。

 こんな日常が大好きだ。


「ランク祭に勝って俺はやり遂げますよ」


 決め顔とも言わないが、彼女に笑顔と立てた親指を向ける。


「そうかお前は本当に頼もしくなったな。しかし残念…… お前はランク祭には敗退ということになっている」


 そんな俺を見て、にやりと口元を上げると、しまったと何か失態をしている顔に変わった。


「え!? ど、どういうことですか!?」


 過剰な反応と言えるほど、水面から跳ねるトビウオのようにベットから飛び上がった。

 確かに俺は、奴の脳天に弾を打つのを見届けたはずだ……


「お前の転倒と盾田の起き上がりが同時でな。そして俺の出血多量による戦闘継続不可と判断だと言っていた。だが……」


「ええええええええええええええええええええええ」


 彼女の発した言葉の端を切るように、絶叫する。

 深夜だったとしても、俺はその真実に叫ばずにはいられなかった。

 俺の根性なし! もっと戦えたはずだぞ!!


「敗者復活戦が…… あるっ!!」


 そのとき、ピラリと俺の中で衝撃が起こった。

 それはニュータイプが何かを感知したようなSEでもあった。


「な、なんだってえええええええええええええええええええええええ」


 発狂に発狂。上げて落とすという彼女のコミュ力に踊らされる俺。

 病棟にいるピエロ。それが俺だ。                  


「2週間後に敗者による別トーナメントが始まる! それまでに体を休ませておけッ!!」


 そう彼女は、椅子に腰かけてあったジャケットを背負うように肩にかけると、病棟のドアを開け帰っていった。


 というわけで、俺の成り上がりはまだ終わらない。

 最後まで勝ち上がって、俺は栄光をつかみ取る!!





 打ち切り漫画のラストようだが、彼の激戦は今に始まったばかりだ。



















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