ちょっと怖いはなしー地下鉄のモヒカン男
男は深い疲労に襲われていた。
その理由は明白だった。
仕事は忙しく、終電前になると帰宅し、翌日の始発でまた出勤する日々。
それでもなお、男の仕事は終わりを見せず、若き上司からの圧力が日々の生活を覆い尽くしていた。
今日も仕事を完了させようと、男は踏ん張ってみた。
だが仕事は終わらず、結局は再び終電前に帰宅することになった。
帰宅してシャワーを浴び、仮眠をとるが、残っている仕事のために早朝の始発で出勤しなければならない。
上司からの叱責を少しでも避けるためだ。
「終電の前に帰るのは、電車の混雑を避けるため」と男は考えた。
電車が到着し、男はわずかに空いた座席に座った。
電車は暗闇に包まれながら走り出した。
次の駅で、派手な服を身に纏ったふくよかな女性が乗り込んできた。
男の隣に、大きな尻をひっかけ、半ば男の上に乗り込んできた。
男は不思議そうに視線を向けるが、女性は特に何事もないかのように前を向いている。
男の隣が入れ替わり、女性になったことで少し余裕ができ、男はほっとした。
最近、こんなことがよくあった。
まるで自分の存在が無視されているかのように座られてしまう。
「もしかしたら、疲れているから存在感が薄れているのかもしれないな」と男は思いを馳せた。
そんなことを考えていると男は、うとうとと意識が遠のいていく中、「はっ!」と目を覚ました。
すぐに顔を上げ、周囲を見回した。
車内に他の乗客がいるのを確認し、安堵のため息が漏れた。
以前、電車でうっかり眠り込んで、気づいたときには車両基地にいた経験がある。
仕方なく横になり、電車が再び出発するのを待っていた。
明かりが灯り、乗務員が乗車して来た。
男は何か聞かれるかと思い乗務員と目を合わせないように目を伏せていた。
乗務員は何事もないかのように男の前を通り過ぎ運転室へと消えていった。
乗客が車両基地までじょうしゃしていることはよくあることなのだろうか男はしばらく考え込んでいたがその後、動き出した電車に乗って、男は会社へと向かった。
こうした出来事を避けるため、男はできるだけ電車内で眠ることを避けるように心がけていた。
男は、ゆっくり車内を見渡した。
車内は次第に混雑してきており、ドア付近に立っている人々が目立ってきた。
そんな中、男は近くのドアの前に立つ人物に目を奪われた。
黄緑色のモヒカン頭、カーキ色のシャツ、迷彩柄のパンツ。まるで昔のアニメの雑魚キャラクターのような出で立ちだ。
男の興味はそこに集中し、彼の顔色やその態度に不審を抱いた。
顔は青白く透き通っており、唇は紫を帯びている。目はうつろで、どこを見ているのか分からないように見開かれている。
男はその様子をじっと見つめながら、その人物の腕がつり革を持っていないことに気付いた。
まるで生気がなく、ただだらりと腕が垂れている。
しばらくすると、電車が駅に着き、その人物が立っている方のドアが開いた。
一人の乗客が降りて行った。
すれ違いざまに肩がぶつかったように見えたが、モヒカン頭の人物は、特に何事もなく相変わらず、腕をだらりと垂らしたまま立っていた。
れ違いに、若い男女が乗り込んできた。
男女は話に夢中でモヒカン頭の人物にきづいていないようであった。
モヒカン頭の人物にぶつかったように見えたが、今度も何事もなかったように楽し気に会話をしながら男の前を通り過ぎて行った。
その後、スマートフォンをいじりながら若い男が乗り込んできた。
彼もまた、モヒカン頭の人物と同じ位置に立ち、一瞬男の視界を遮ったかと思うと、不思議なことが再び起こった。
その若者はまるでモヒカン頭の人物の体をすり抜けるかのように、男の隣を通り過ぎたのだ。
男は驚きと疑念を抱えつつ、その光景を見守っていた。
何が起こっているのか理解できないまま、男はただただ不思議な現象に目を奪われていた。
そして、モヒカン頭の人物が男の方を見て、V字に唇を曲げて笑った瞬間、男の心臓がドキッと跳ねた。
どうしてか、男はその笑顔を無視できず、目をそらせなかった。
その後、モヒカン頭の人物は男に近づいてきた。
男は言葉を失い、ただ彼の様子を見つめていた。
彼が男の前に立つと、男は彼の青白い顔を視線で追い、その瞳と交わった。
そして、モヒカン頭の人物は唐突にこう告げた。
「お前はすでに死んでいる。」
男は言葉を聞いて、驚愕と不安が入り混じった感情に襲われた。
そのまま、モヒカン頭の人物はにやりと笑って、ゆらゆらと歩み去っていった。
男は呆然とその後ろ姿を見送りながら、頭の中が混乱するのを感じていた。
何が起こっていたのだろうか。
男は、電車内で起こったことをひとつずつ整理しようとして、そのまま眠りに落ちていった。
暗闇の中を走る電車。
乗客は男以外、誰もいなくなっていた。
やがて電車は車両基地につき、社内の明かりが消えるとともに男の姿も消えていた。