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第七話 花束

「……ちょ、どういう意味ですの……え、ごめんなさい……良く聞こえなかったってか、耳がぶっ壊れてしまったのかしら」


 オリヴィアは俺の言葉に相当動揺しているようだ。口調が乱れるのも仕方がない。


「好きな人がいるんだ。だからもう、他の女性との余計な関係は切りたいと思っている」


「……は、はぁ」


 首を傾げながら、オリヴィアから魂が抜け落ちそうな声が漏れる。


「今までありがとう、俺からの話は以上。さらばだ」


「ちょ、ちょっと待ってください! 好きな女性って、アイシャ様のことですか!?」


「いや、ここだけの話……先日アイシャには婚約解消を言い渡した。俺の好きな女性は別にいる」


「な、婚約解消!? では……そのお方は……い、一体誰ですの!?」


「君には全く関係のない話だ。すまん、もう行かなければ」


 突然、オリヴィアは錯乱したのか俺に掴み掛かってきた。


「待って、真実の愛は!? く、口付けはー!?」


「い、一体なんの話だ? 放してくれ」

 

 パサリと腕を脱力させたオリヴィアは呆然と立ち尽くした。そんな彼女を尻目に踵を返した俺は、足早に馬車へ向かおうとした。その時――何かが海へ落ちる音がした。


 ハッと振り返ると、何を血迷ったのかオリヴィアが海を豪快に泳いでいた。俺は咄嗟に桟橋の手摺りにしがみつきながら叫んだ。


「おい、何をしている!! 早く戻れ!!」


「ご心配おかけして申し訳ございません!! でも泳ぎは得意ですから大丈夫ですわー、ほほほほほほ!!」


 しばらくオリヴィアの様子を観察していたが、俺は「そうか」とだけ言い残して馬車へ戻った。


「出してくれ。行き先は“いつものとこ”で頼む」


 馬車が出発すると、俺の隣にある真っ赤なカーネーションの花束が、荷台の揺れに合わせて弾んでいた――。


 到着したのは路地裏に繋がる道の前。それより先は狭くて馬車が入れないので歩いて行くしかない。


 何度も通ってきた慣れた道なのに、今日はなぜかいつもと違う感覚に思える。無論、緊張しているせいだろう。


 “あの人”は待ってくれているだろうか。


 会いに行って不在だったことは何度もある。その時は残念に思えるが「今度いつに来訪する」などはあえて伝えていない。彼女がいるかどうか、期待に心を躍らすこと自体が楽しかったからだ。扉の鍵が開いていた時の喜びが違う。


 女は恋をすると盲目になるというが、充分男だって盲目になるじゃないか――。


 アイシャと初めて出会った時の印象は只々『美しい人』だった。婚約が決まってから、王室で顔合わせをした際の話だが。


 両家の親同士が会談に盛り上がっている中、彼女は下を向いて全く俺と目を合わせてはくれなかった。凛とした表情とは裏腹に、どこか意識が体の外にあるような感じだ。


「ほら、アイシャも黙ってないで殿下にご挨拶しなさい」


 エルマーレ卿に促された彼女は、渋々「未熟者ではございますが、何卒よろしくお願い申し上げます」と深くお辞儀をした。その日は俺も気乗りしなかったせいもあり、ほとんど会話を交わすことなく顔合わせを終えた。


 同じ王立学園に通っていても、アイシャとの距離が縮まることはなかった。共に登下校や昼食を取ることもない。ただの同級生みたいな間柄だ。


 彼女に恋心を抱くことなど、想像すらしなかった――。

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