思い込み
僕は開運師をしている。
開運師と聞いて多くの人は胡散臭い、お祓い屋のようなイメージを持つだろう。
だが、多くの場合
お祓いなんてものは必要なく
又必要であるとしても、その物事からは目を逸らしている事が多い。
本人の心持ち一つで物事というものは良きにも悪くにもなるものだ。
そして気持ちというものは厄介で、思い込んだその時からその人にとってそれは
災いごととなってしまう。
そう例えば……
「箱があるから見に来ないか?」
久々の休日
相談者のないある日に、僕は幼馴染の省吾を招いた。
物心ついた時からの付き合いの彼は暇だったのだろう、二つ返事で来て
今目の前に座っている。
曽祖父から受け継いだ平屋の古い一軒家には、そこそこな庭もあり
障子を開ければ、赤い椿に雪が積もっていた。
十畳ほどもある和室の真ん中に据えられた、これまた大きな黒光する机の上に僕はその箱を置いた。
省吾はそれを手に取ることもせずに座ったまま見つめる。
「箱だな」
彼はそれを見て呟いた。
手のひらに乗るほどの、真四角なサイコロのような形の桐の木で出来た。
なんの変哲もないただの箱。
「君はこの箱をどう思う?」
「え?箱だなって思うけど」
省吾はそのままのありきたりの感想を言った
「バカだな君は」
彼のつまらない回答に僕は眉を寄せ
「この箱の中には、古くからの言い伝えで決して開けてはならない、けれどとても高級な君のような安月給では10年かかっても買えない呪われた宝石が入っているんだとしたら?」
「ええ……!」
僕がそう言った途端に省吾は、嫌そうな顔をして身を引いた。
箱と距離を取ろうというのか、座った座布団ごとずるずると後ろへ下がる。
その反応を面白く思う
「君、なんで身を引くんだ」
僕は面白い物を見つけたように、指先を箱の上に乗せ彼に向けて箱をすすっと机の上を滑らせた。
「おい!やめろよ!」
予想通り、彼は眉を寄せて怒りを露わにした。
「僕はこうやって触れているんだから、近寄ったぐらいでどうにかなるわけないだろ」
笑いながら僕がそういえば、確かに。
と呟いて、彼はその場に崩しかけていた足を戻し座り直した。
「君は高級なものという価値より呪いという概念の方が重要なんだな」
「当たり前だろ!好き好んで呪われたい人なんているわけないだろ」
僕の問いかけに、彼からは想像通りの答えが返ってくる
「しかしこの箱において宝石の価値は大したことはないんだ」
「どういう事だ?」
「宝石はただの石ころ、しかしこの持ち主は2000万円の価値があると言って、呪いの箱を20万で引き取ってくれ!と言って20万とこの箱を置いていったのさ」
「箱の方が価値があって、呪いっていうプレミアがついてるとか?」
「そこがこの話のミソなのさ」
省吾はじっと僕の目を見る
「この箱は呪われてなどいない、ただの箱だと僕が言ってもこれの持ち主は信じない
それどころか、きっと価値がある物だからと僕にこれを20万円で引き取れ、という
持ち主はこれが手元に来てから不幸続きなんだそうだ」
「それじゃあやっぱり呪いの箱じゃないか」
気味の悪い物を見るように斜めに見下ろす彼を笑いながら僕は言った
「だから言っただろう?彼にとってはそうである事が重要なんだ、彼を呪っているのはこの箱じゃない
この箱の元の持ち主さ、だから彼はこの箱を手に入れてから呪われたと思っている、だからこの箱を手放したかった
だけどこの箱を手放したからと言って、その呪いが解けるわけじゃない、つまり彼は20万払ってでも呪いが解けたと思い込みたかったんだよ」
僕がそう言った後
遠くで聞き覚えのあるサイレンの音が聞こえた。
その音に省吾は肩を揺らす
と、同時にドサ!という音
その方に目をやれば
雪の上に真っ赤な花弁が散らかっていた。
雪の重みで庭の椿が散ったのだ。
遠かったサイレンの音が近づいてくる。
その音の出所がどこなのかはわからないが
今の省吾にはこの箱の僕の前の持ち主に不幸があった音に聞こえているのだろう。
人の思い込みというのは面白い。