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閑話――ナンシーの視点

 ごきげんよう。


 私はナンシー・マグネター。

 マグネター侯爵家の一人娘でございますわ。


 私の父が現国王サイモン・ボイジャ陛下と学友であり、大臣職を務めている縁で、第一王女であらせられるクリスティーン姫様が幼少のみぎりより家族ぐるみのおつきあいをさせていただいてますの。


 初めてお会いした時の事は鮮明に覚えてますわ。


 淡い桃色の髪に空色の大きな瞳のプリンセス、クリスティーン様。


 専属メイドの背後に隠れて小動物のように、こちらを伺う様子は、同い年である筈の私の母性本能のツボを突きまくり、一瞬でその愛らしさの虜となったのです。


 人見知りの激しい大人しい姫様でしたが、私に敵意がない事をご理解いただけると、すぐに打ち解けあい、多くの時間を共に過ごしました。


 姫様は多くの才能を持つ聡明な少女でありましたが、その気弱な性格は王となるには不向きだと判断され、王位継承権を下げられましたが、それが方便である事は誰の目にも明らかでした……。



 そもそもの始まりは、十数年前に当初の王太子であるユリシーズ様が、国境付近の視察中に謎の武装集団の襲撃に遭遇して行方知れずとなり、時を経ずに国王が急死するという一大事が発生しました。


 その為、急遽、当時第二王子であったサイモン様が王位を継承したのですが、その時既に奥方様であるクラリス妃はクリスティーン様を身ごもっておられたのです。


 クラリス様はそのまま正妃となりましたが、国内最大の勢力を持つローレンツ公爵はサイモン様に、姪でありユリシーズ様の婚約者であったパメラ・アトラクタ様を側室にするよう迫ったのです。


 ……密室にて行われた会談でしたので、具体的にどのようなやりとりがされたのかは想像するしかありませんが、結果として陛下はパメラ様との間にリオン様という後継者をお作りになり、正妃である筈のクラリス様と姫様は離宮へと追いやられたのです……。


 本当にお労しい事ですわ……。


 宮廷はパメラ様に牛耳られ、国内の貴族は王族よりもローレンツ公爵の顔色を伺うようになったのです。


 姫様の母君であり、正妃であられるクラリス様は、完全に引きこもって、その姿を見る事は近しい者でも稀となってしまい、か弱い姫様の心細さは如何程の物なのか……。


 そして、十才の時に私がリオン王子の婚約者候補に選ばれたのです。


 父は断っても良いと仰って下さりましたが、陛下との面談の場で、

「どうか、これからもクリスの味方でいて欲しい……」

 と、頭を下げられた時、私は陛下の真意を悟ったのです。


 私がリオン王子の婚約者候補として恥ずかしくない人物で居続ければ、宮廷内での私の存在と発言は重みも増して、姫様の助けになるかもしれない……。


 幼い私は、そのように考えた上で、お話を引き受けたのですが……今思えば、小娘の浅はかな考えでございました……。



 それから、私は宮廷で厳しい王太子妃教育に追われる毎日を過ごしておりました。

 貴族の令嬢とはいえ、少女の身で本格的な王族としての教育は筆舌し難い辛さでありましたが、これもひとえに姫様の為……そう自分に言い聞かせて、日々務めておりました。


 しかし……私が姫様と共にいる時間が減った矢先に……恐ろしい事件が起きてしまったのです。


 それが、十二才の時に起きた、王女クリスティーン毒殺未遂事件でした。


 姫様はお茶の席で突然お倒れになって、意識不明の重体となり、生死の境を彷徨ったのです。


 そのお茶会は側室派の主催で、姫様のお立場ではお断りを入れるのは難しいイベントでした。


 これで、姫様の身に、万が一の事があれば……私は……私は……この身を犠牲にしてでも、あの不倶戴天の害悪を誅さねばと、嵐が内面で荒ぶる中、必死に姫様のご無事を願い、まだ見ぬメシア様に祈りを捧げておりました。



 姫様は三日三晩意識不明でしたが、夜明けと共に意識を取り戻しました。


 御典医の見立てでは、助かるかどうかは五分五分との事でしたが、意識を取り戻してからの姫様の回復は早く、すぐに日常生活に復帰出来ました。


 しかし、身体が回復しても、心の傷はそうもいきません……。


 私は父と相談した後に陛下に願い出て、姫様をマグネター家の領地にお招きして静養に務めて頂く許可を頂きました。

 姫様をご母堂から引き離すようで心苦しかったのですが、このまま宮廷に留めていても、暗殺の恐れは永遠に付きまといます。


 私のこの行動が、公爵令嬢イザベラ様のライバルである私の妨害活動を目的とした、ローレンツ公爵の意図通りである可能性は非常に高くとも、何よりも尊い姫様の命に替えられる物では無いのです……。



 マグネター家の領地は、風光明媚な田園地帯にあり、静養なさるには良い環境です。

 我が領地で過ごされる内に、姫様の顔色は目に見えて血色が良くなり、どこか怯えた様子も鳴りを潜めて、すっかり自然体を取り戻しました。


 しかし、それでも、虚ろな瞳でぼんやり遠くを見つめる無気力な様は、そのままでした。

 宮廷での理不尽な仕打ちが、姫様の心に付けた傷は、簡単に癒せる代物ではなかったのです。


 それでも、私は姫様が平穏で健康なままであれば……このまま、この地で共に生涯暮らすのも良い……そう、私が思い始めた頃、姫様に突然の変化が訪れたのです。



 あれは、庭園の四阿で午後のひと時を二人で過ごしていた時でした。


 何気ない会話を楽しんでいた最中、姫様は突然、見えない落雷に撃たれたかのような衝撃を受け、目を見開き、立ち上がったのです。


「……思い出した……私……わたくしは……」


 私はその時のことを、姫様の虚ろな瞳に、意志の力が、魂の輝きが溢れ出した様を、決して忘れる事はないでしょう。


 それだけ劇的な場面でした。


 そうして、姫様は見違えるように活動的な行動を始め、それまでの無気力な少女の面影はあっという間に消え失せました。


 元々、ポテンシャルが高かったのでしょう。


 彼女は我が家の書物や資料を片っ端から走査して調べ物をし、ダンジョンでレベリングをして体を鍛え、さらには、今まで見たことも聞いたこともない理論を用いて、魔術や錬金術の不思議な実験を行い、私たちを驚かせました。


 そして、一年が経つ頃には、ベテラン冒険者相当の戦闘力を身につけた一方で、実験の成果を商品にして、そのパテントを代理人を通じて売ったことにより、個人で自由に使える財産を密かに手にしていたのです。


 この事はおそらく、ローレンツ公爵並びにパメラ様もご存じないでしょう。


 間者からの報告によると、彼らは姫様を宮殿から追いやった時点で満足し、完全に油断してこちらの監視を怠っております。

 姫様の変化は急激でしたし、彼らがそれに気づいた時には、簡単に謀殺できる存在では無くなっているでしょう。


 ああ……それにしても……。


 私、姫様が、いつか政略によって、どこぞの馬の骨と無理やり縁組させられるのではないかと……


 もしくは、自立心に目覚めて、足の引っ張り合いに終始する阿呆な王国に愛想をつかせて、国を出て行くのではないかと……


 誰かの策略か、ご自分の意思によって、私の前から立ち去ることを、姫様が成長して大人の階段を登られることを、ただただ恐れておりました……しかし……



「以前の儚げな少女であった頃の姫様も素敵でしたが、今の生命力溢れ、人知を超えた叡智を秘める姫様も素晴らしいですわ〜――!!」



 結局、私は姫様のことが大大大大大大大大大大大大、大好きなのです。


 だから、姫様がどのような有様でも、暖かく見守る所存でありますわー。


 多分きっと、これこそが、“愛”というものなのでしょう。



 姫様が覚醒して二年が経過しました。


「姫様……」


 現在、私ナンシーのクリスティーン様への敬愛は崇拝の域に達しており、その心は遥か天上の世界へと突き抜けておりますわ。


「姫様はこれから、どうなさるおつもりですの?お考えを聞かせてくださいませ……」


 今の姫様ならば、国を捨てて独立するも、政敵を全て滅して王位を簒奪することも、容易いように思えます。

 一の臣下である私も若輩者ながら、是非とも、そのお手伝いをさせていただきたい。


「そうですね……」


 現在の世界情勢は非常に混沌としております。


 帝国の支配体制が盤石である一方、バイキング連邦議会国を中心とした民権運動の波は勢いを増して、この国にも押し寄せてます。


 このままだと、二つの大国が激突する事は避けられないように思えます。


 ボイジャ王国も何れは明白な意思表示を示すことを迫られる事でしょう。


 しかし、あの時代錯誤なまでに旧態依然とした脳みそ持ちの害悪一族が国内政治を牛耳っている現状では、内乱が起きる確率は非常に高いと言わざるを得ないでしょう。


「別に王位は欲しくありませんね。はっきり言って面倒くさいですし……愚弟にくれてやればいいでしょう」

「ですよねー」


 こんな場末の王国の玉座程度、身を飾る価値もないと断じました。

 流石です、姫様。


「このまま、貴方と、この地で平和に暮らすのも悪くはないのですが……」


 姫様の目に星の煌めきが宿ります。



「しかし……このクリスティーンには夢がある……!」



 姫様は毅然とした表情で、夕日が沈む地平線の彼方を見つめました。


「行きましょう、約束の地……運命の舞台、セレスティアル学園へ!」


 姫様の深謀遠慮は、この若輩者には窺い知れませんが……たとえ地獄の果てであろうと、お供いたしますわ!


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