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閑話――ハリーの視点

 恋愛は人を成長させる――それが物心ついた頃からの俺ハリーこと、侯爵令息ハロルド・スパークスの持論だった。


 しかし、今、目の前で慈愛の表情で微笑む彼女を前にして、これまで培ってきた経験が何の武器にもなってない事を思い知り――俺は途方に暮れた。



 王太子のリオンとは生まれた時からの付き合いで、兄弟のように育ってきた仲だ。

 彼の友人として、未来の側近として、出来る手助けは何でもするつもりだった。


 しかし、彼が一縷の望みを掛けた、帝国への留学は却下された。

 もっとも、それが大人たちに認められる可能性は元々低かった。

 特に、彼の母親である、あの側室パメラ・アトラクタが……いや、正確には彼女の後ろにいる存在が健在である限り、リオンの人生が彼の思い通りになることはないだろう。


 リオンが一人思い悩む時に、普段は小さな鍵付きの箱に忍ばせている髪飾りを握りしめるのを見るに、彼がまだ初恋に未練を残しているのは明らかだ。


 あの子供会の一件から、リオンは自制することを習得しようと努力し、その結果、彼は人並みの社交性を身に付ける事に成功した。

 幼少期の横暴ぶりから考えると、良き国王となる大きな進歩だと言えよう。


 それでも、彼の女性嫌いは先天性のモノなのか、抜本的に改善するには至らず、婚約者候補との仲は一向に進展しなかった。



 そんな彼に追い打ちをかけるように、彼女の腹違いの姉であるクリスティーンが成長とともに覚醒し初めて、次第に頭角を表すようになった。


 元より、正妃の娘であり、第一子である彼女が王位を継ぐべきという者は少なくなく、そのプレッシャーはリオンにも襲いかかり、彼は大人たちに今以上の努力を強いられていた。


 しかし、彼女は、学園の進路に冒険者育成コースを選び、周囲を驚かせた。


 彼女は「ただの気まぐれ」だと発言しているが、公的には王位継承権を放棄するに等しい行為だ。


 クリスティーンは十二歳の時に起きた毒殺未遂事件を契機に、親友であるナンシー・マグネター侯爵令嬢の領地に療養名目で滞在していたが、それでも、公式行事の参加で宮殿に訪れた際は、機会を設けてリオンと顔を合わせ、義弟に上から目線の助言を残している。


「今出来る努力を全力でなさい。王になりたいのなら自分から愚民に歩み寄りなさい、愚弟」

「当たり前のことを偉そうに言うな……!」

「人に言われたくなければ、尚更、努力が必要です、愚弟よ」

「……」


 リオンは、尊大で反論しにくい正論ばかり口にする義姉に苦手意識はあるが、文句を言いつつも、そのアドバイスを無視しなかったので、彼女に対して疎遠ながらも血の繋がった家族だと思っているように、俺からは見えた。


 さりげなく、彼に義姉の事をどう思っているのか尋ねると、

「アレは、存在自体が滅茶苦茶で迷惑極まりないが、嘘付きではない」

 と、言った。


 この宮殿を中心に広がる魑魅魍魎が蠢く貴族社会で何者も偽らずに生き抜く事が、どれほど困難であるか……。

 人間的に成長しつつある王太子リオンであるが、その心の核は未だ無垢な少年のままだった。



 厳しい王太子教育に明け暮れる彼のつかの間の息抜きは、総合魔術競技であるエンチャンプスとダンジョンの探索だ。

 リオンの側近候補として、幼少の頃からの付き合いであるジョージは公私を問わず常に行動を共にしている。


 彼の父親は元冒険者で、魔獣の大襲撃を食い止めた功績を国王に認められ、一代限りの騎士爵を賜り、近衛騎士団長となった。


 その為、ジョージが騎士団長の地位を継ぐとなると、彼自身が何らかの成果を上げる必要があるが、彼本人は宮仕えに執着しているようには全く見えない。

 ジョージ自身は別にただの冒険者でも良いと思っているようだが、あの気難しいリオンと素で付き合える数少ない人材なので、周囲も容易に動かせる雰囲気ではない。


 一時期、彼の能力不足を政敵から批判された時も、父親にジョージをこのまま留めておいてくれと懇願したくらいだ。

「あいつは俺にとって数少ない友……癒しなんだ……」

 息子に多大なストレス環境を強いている自覚がある国王は特例で息子の願いを叶えた。

 もっとも、周囲の悪意に対して絶大な鈍感さを発揮している奴は何とも思ってないようだが……羨ましいくらいの図太さだ。


 それでも、ジョージの戦士、冒険者としての能力は侮れないモノがあり、この学園ダンジョンでの攻略でもそれは如何なく発揮されている。


 三人でダンジョンに潜入している時のリオンは生き生きとしており、その時だけは、年相応の少年に見えた。



 この学園で、俺はどれだけ沢山の恋が出来るかを楽しみにしていたが、彼女との出会いで、思惑の全てが吹き飛んだ。


 ――サラ・エンジェル伯爵令嬢。


 どんな男でも一目で恋に落ちてもおかしくない。

 豊かなプラチナブロンドに素晴らしいシルエットを持つプロポーション。

 笑うと整った白い歯が輝き、これほど完璧な美の女神が、今まで一体どこに隠れていたのか不思議でならない。


 学園内でのパーティでは、毎回違う美男子の同伴で参加し、数々の浮名を流している彼女は、生徒たちにとって憧れのマドンナだ。

 思いを寄せる者は多くいるが、男を手玉にとるようなことはせず、何より、王族や上流貴族とは距離を置いており、勉強や部活にも真面目に取り組んでいる為、異性のみならず同性からも反感を買われることなく多くの生徒に好かれている。


 今まで、恋の狩人として百戦錬磨だった俺が、身分差を理由に交際を断られ、取りつく島もなかったのは、これが初めての経験だった。


 それでも、何度も話しかける内にカフェテリアで雑談ができる程度には打ち解けるようになる。



「……子供会?」

「うん、君は来てなかったよね?十歳の時」

「あー、私、小さい頃は体が弱くって……その頃は、お爺様が住む外国で療養していたの」

「ああ、そうなんだ」

 彼女は果実水を一口に含む。

「君くらい美しかったら、王族に見初められてもおかしくはないけど……王族への輿入れには興味はない?」

 彼女は口の端を上げて、眉を顰める。

「女の子が皆が皆全員、王子様お姫様に憧れている訳ではないのよ?」

「君は王妃になりたくないの?」

「ふふ、女の子は夢から覚めるのが、男の子より早いの。私は王妃様なんて器じゃないわ。宮廷の世界じゃ……せいぜい下級女官が関の山ね」

「そんな風に地に足がついている所も素敵だよ」

「まぁ、お上手ねぇ」

 彼女は朗らかに笑った。

「じゃあ、誰が次の王妃にふさわしいと思う?君の考えを知りたいな」

 サラは俺の目を見て目を細めた。

「『民衆の洞察は賢者の叡智に勝る』と、お爺様が言ってましたわ」

 ……。

 現状、候補者単体で多数の民衆の支持を得ているのは辺境伯令嬢ケイトリンだ。

 しかし、王子の身近にいる立場としては、最も縁遠い人物に感じる。

「可能性は低いと思うけど……」

 如何にも、な部外者の意見に思わず苦笑した。

「でも、民衆の心理としては、彼女のように毅然とした方に王位を望んでしまうのでは?それ自体は間違いではありませんわ」

 言わんとしたい事は理解できるが、本人たちの意向を無視しすぎている……まぁ、それ以外の候補者でも、同様なのだが……。

「そもそも……あのお二方に関しては、関係が始まってすら、おられないようにお見受けします」

「それもそうなんだよねぇ……」

 リオンとケイトリンの交流に関しては、何度も場のセッティングを試みてきたが、対抗候補のイザベラ陣営の妨害活動が酷すぎて、その都度断念してきた経緯がある。

 しかし、公共の場であるカフェテリアで王室事情を愚痴っても、学園新聞のゴシップ欄のネタの提供にしかならない以上、曖昧に流すしかない。


「あら、もうこんな時間。次の授業がありますので、失礼しますわね、スパークス様」

 彼女はそう言って立ち上がる。

「どのような道を経るにしても、お急ぎになられた方が良いように思えますね。人との縁は、いつまでもそこにある保証はありませんから……」

 彼女の口から出た意味深な言葉に首を傾げた。

「どういう意味?」

 サラ・エンジェルはうっとりするような蠱惑的な微笑みを浮かべた。



「純真な恋する乙女は、あっという間に、強かな大人の女になるのよ」



 彼女はそう言うと、踵を返してカフェテリアから立ち去った。


 サラ・エンジェルという女性をもっと知りたいと思っていたのに、言葉を重ねる毎に謎が増えていく……。



 俺は週末、実家に帰省する名目で学園を出た。

 そして、あらかじめ指示された建物の一室に入る。


 そこには俺の上司――王室直下の内偵調査室長アレン・ピンカートンが待ち構えていた。

 彼は挨拶する間も無く、話を切り出す。


「では、定期報告を頼む」


 俺は学園で見聞きしたことを纏めて話した。


 学園内での派閥情勢。

 不審な動きを見せる要注意人物たち。

 注目を集めている未来の大物となりそうな鳳雛……。


 話を終えた俺はつい、心の声を漏らした。


「私はどの王太子妃候補を支持すればいいんでしょうか……?」


 室長は首を振って諭すように言った。

「我々は王家の“目”でしかない。その本分を忘れてはならない」


 ……そうは言ってもねぇ……。


 肝心の本人が初恋を諦めてない以上、この国の先行きに暗雲が立ち込めている事は間違いないのだ。


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