カフェテリアの群像(2)這い上がる者たち
最初にゲームを立ち上げた時、プレイヤーが選択できるコースは冒険者育成コースのみだが、周回して実績解除する度に新たな選択肢が追加される。
コースを選択すると、オープニングが始まり、いよいよゲームスタートだ。
見た目は見下ろし型の画面で、ドット絵のミニキャラを操作するJRPG風ゲームだが、裏で動いている情報量はかなり多い。
プレイヤーは学生寮の屋上にあるボロ小屋にて、無料で暮らしており、ダンジョンで資材を集めてリフォームしたり、プランターで家庭菜園をして食費を節約したりしている。
そう、このゲームには空腹度というパラメータが存在しているので、定期的にバランスのとれた食事をしないと、栄養失調で倒れて医務室に入院し、ペナルティとして、大幅なタイムロスをする羽目になる。
プレイヤーはゲーム内時間で6時に起床して深夜に就寝するまで授業と部活の合間に、承ったクエストを達成するべく学園内を駆けずり回ることになる。
プレイヤーの行動は一定フェーズ毎にシステムに評価されて、それによって、パラメータが変動したり、スキルを得たりする。
そして、攻略対象のメインキャラたちも同様に、フェーズ毎にステータスが成長するシステムになってる。
このNPCの成長システムが非常に曲者で、彼らは独自のルーティーンで行動しており、プレイヤーと同様のシステムによって成長するが、その結果の可否には乱数が大きく絡んでいる為に、プレイヤーが同じ行動をしてても前回で有効だった攻略が通用しないことも多々あった。
なので、お助けキャラによる攻略対象のステータスチェックは非常に重要だ。
この場合のお助けキャラは、新聞部所属のNPC、サンドラ・ハーベストだ。
彼女はゴシップ好きで有名な人物で、学園の人間関係についての事情通だ。
特定イベントの後、ダンジョンで敵モブがドロップする素材“イカスミ”と交換で、メインキャラクターのステータスを確認できる。
□
「今日の予定は?」
王太子リオンはハリーに尋ねた。
「はい、午前中は九時より歴史の講義、昼休みを挟んで十六時まで数学の講義、以降は自由時間となっております」
「では、本日は十七時よりダンジョン探索を行う」
「夕食はいかがなさいますか?」
「ダンジョンの休憩ポイントで済ませる。“天雲亭”に携帯食の注文を入れておけ」
「かしこまりました。後ほど三人分注文出しておきます」
このやりとりに護衛のジョージが不満を言う。
「おいおい、俺は一人分じゃ足りないぞ。しかも、高級レストランのお上品な弁当じゃ、全然食った気しないんだが……鍋と食材、持ってっていいか?」
「お前、ダンジョンに住むつもりかよ……」
ジョージのあんまりな物言いに、お仕事モードだったハリーは、思わず素でツッコミを入れてる。
「……ハリー、八人分頼んどけ。どうせ我々の夜食も必要だ」
頭痛を堪えるように頭を押さえたリオンは指示を出した。
「お、OK、了解……」
ダンジョンは貴族にとっては刺激的な娯楽、平民にとっては効率的な資金稼ぎの場だが、その活動だけでは卒業後の進路も定まらず、ましてや癖の強い攻略対象たちの心を射止めることは出来ない。
プレイヤーの卒業後の職業については、進路指導である、教師ジョセフ・シェパードがお助けキャラとなる。
彼は大の甘党で、スイーツと引き換えに現在の単位の確認と進捗状況、エンディングで就くことになる可能性が高い職業を教えてくれる。
冒険者コースや商業コースだと難易度は低いので、それほど切実ではないが、それ以上の、社会的なグレードが高い官職や公認魔術師、ましてや、宮廷職や王族への縁組を目指すならば、かなりのハードスケジュールを覚悟する必要がある。
□
カフェテリアの光が差し込む明るい世界はセレブとエリートが占めている。
それ以外の、普通のその他大勢な学生達はそれ以外の薄暗いエリアにたむろしている。
奥の方にある暗がりのボックス席では、ヒューバートとドルキャスがノートを広げて話し合っている。
どうやら、ヒューバートがダンジョンで見つけた巻物を解読しているようだ。
「これが何の巻物か、分からなくってさぁ」
「んー、これは古代ミノア語……かな?言語としては完全解読出来てない筈……表意文字と表音文字が混在してて……表意文字の判別が厄介……」
「うわー、マジかー」
「専門家に鑑定して貰った方がいいと思う……」
「鑑定料が高いんだよなぁ。やっぱスキル取った方が良いか……でも、取得に必要な講義の期間が長いんだよなぁ」
「……でも、ヒューバートさんは、行商人を目指してるんでしょ?だったら早めに取った方がいいんじゃ……?」
「いや、俺は行商人志願じゃなくって、自由事業者だってば!」
「それって、言い方だけで実質同じでしょ……?」
「全然違うよ!」
二人が口論する兆しを見せ始めた、その間に割って入るように、見るからに冒険者みたいな逞しい青年が現れた。
「ハッハッハッ!!肩書きはともかく、心はみんな、冒険者だ!!」
二人の肩を抱くように白い歯を輝かせて笑う彼は、お助けキャラの冒険野郎マック・ガイダンスだ。
彼は冒険者ギルド長の息子で、本学園の特別講師であり、現役の冒険者なので、ダンジョンやフィールド等の攻略情報に詳しい。
古代銀貨のコレクターでもあるので、それと引き換えにクエストの達成に必要となる貴重な情報を提供してくれる。
学園の生徒からは善人だが少しお節介な、お騒がせヒーローと認識されている。
「俺は事業者だってーの!」
「……汗くさ」
□
やがて、学園内に始業の鐘が鳴り響き、カフェテリア内の生徒達は慌てて階段を駆け上がり教室へ向かう。
テラス席のセレブ達も立ち上がり、貴族専用の魔道エレベータに乗り込み、教養コースの教室へ悠然と向かった。
騒がしかったカフェテリアは静まり返り、後に残されたのは、テラス席の王女クリスティーンとその護衛、壁際のカウンター席で本を読んでいるニコラス、それとソファで熟睡しているプレイヤー、ダン・スターマンだけとなった。
ナンシーが教養コースの授業に行き、残されたクリスティーンはアイスラテを手に持ったままぼんやりしている。
一応公式のメインヒロインだけあって、黙っていれば、ちゃんと普通に物憂げな美少女だ。
ゲームでは、教養コースに在籍していた筈だが、このクリスティーンが何を考えて冒険者コースを選択したかは、本人が“気まぐれ”の一言で押し通しているため、明らかではない。
□
カフェテリアに人影がイナズマのように飛び込んできた。
「わりー、ニコっち!寝坊しちゃったゼ!」
猫耳の獣人で連邦議会国からの留学生ワジャジャ・モジョーだ。
ニコラスは溜息を吐いて読んでいた本を閉じた。
「……まぁ、昨夜は遅くまでダンジョン探索してましたからね……」
「よっしゃー!じゃあ、今日も頑張るゼー!!」
「貴方、単位の方は大丈夫でしょうね……今週は授業を受けてないように見えますが……?」
ニコラスは黒縁メガネのブリッジを中指でクイっと押し上げた。
「留学する前に前倒しで予習して来たから、今年の分は殆ど特別試験で免除済みダ!留学生の特権なんだゼ!それより早く行こうゼー、マジックバッグ作るんだロ!」
「手伝ってくださるのは有り難いのですが、慌てないでください、買い出しが先でしょう……」
ニコラスは魔術師の名門家の出身だが、生まれつき魔力が乏しい為に遠縁の男爵家に養子に出された過去から、科学に未来の可能性を見出し深く傾倒していくギークキャラだ。
この学園では一応、魔術師コースに在籍している。
実践は不得手にも関わらず考古学と魔術工学理論には一家言持つ為に、魔力がなくとも一目置かれている。
しかし、それでも異質な存在として周囲からは孤立していた。
ダンジョンでは自作のアイテムを使って攻略しているようだが、孤軍奮闘する彼を見かねたワジャが助っ人を買って出たらしい。
「お、そうだナ!おーいバーン、スペシャルチーズバーガーのセットを四つ、持ち帰りデ!」
「……いや、そうではなくってですねぇ……、すみませんアリィさん、傷薬と毒消しを八個ずつください」
「はーい、少々お待ちくださーい」
私が商品を袋に詰める横で、バーンの姿を借りてるバーナードが、無言でハンバーグを焼き、パンズに具材をのせて、バーガーを組み立てている。
「朝メシ食うのが先なんだゼー!ニコっち、どうせロクなモン食べてないんだロ!オレが奢るからサー!」
「はぁー……どうせ、口で言っても聞かないんでしょう……代金は後で纏めて返しますから、礼は言いませんよ」
「上等ダ!」
会計を済ませて、購買部を去っていく二人に手を振り、暖かく見送った。
「良い一日を!」
□
眠っていたダンは、おもむろに起き上がって、辺りを見渡し、時間を確認した後に、購買部の売店に近づいてきた。
「スナックバーを二十四個と、傷薬を三十二個、それと銅のツルハシ二本ください」
彼はこの学園に来る前に、冒険者としてかなりの場数を踏んでいるのか、ダンジョン攻略も手慣れた様子だった。
「はい、ご注文の品はこちらになります。全部で百八十八ダラになります」
彼は代金を置き、レジスターで精算すると、私が差し出した品を無造作にバッグに放り込んでいる。
どうやら、ガチでダンジョン攻略の為に入学前から準備していたのか、十代の学生が所有するには高価過ぎる大容量のマジックバッグまで所持している。
与えられた知識と能力を存分に使いこなしている点は如何にも転生者らしいチート仕草だ。
プレイヤーである、ダンは入学以降、ずっとダンジョンに籠もりっきりで、彼がどのルートを選択するつもりなのかは、未だ不明だった。
なにせ、今日まで彼は攻略対象は疎か、お助けキャラとも関わりを持とうとしていない。
……早い所、私が攻略対象から外れてくれたら、今後の学園生活が楽なんだけどなぁ……。
それがはっきりするのは、次の満月の日……運命の日だった。
□通貨
1ダラ=約百円