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カフェテリアの群像(1)光り輝くセレブたち

 クリスティーンというキャラクターについて、未プレイ者の為に説明しておく必要があるだろう。


 彼女、クリスティーン・ボイジャは、ゲーム『スタータイド』のメインヒロインである……と、公式はそう言い張っている。


 見た目はピンクのセミロングヘアに青い瞳の愛らしいプリンセスだが、性格は大胆不敵で過剰な程の自信家である。


 彼女はメインヒロインにも関わらず攻略対象だと所謂、“チョロイン”だ。

 即堕ちってレベルじゃない。


 ゲームスタート後、彼女に話しかけて、愛の告白的な選択をすると、いきなり、


「貴方様こそ、わたくしの運命の半身ですわぁ〜〜」


 とか、のたまって、目にハートマークを浮かべつつ、デレる。


 そして、エンディングに至るまで、甘ったるいイチャラブをひたすらに見せつけられる。

 こんなの、ヤマもオチもイミも無い。


 いくら海外ゲームとはいえ、もうちょっと情緒というものをだな……

 と、製作者を正座させて問い詰めたくなった。


 それでも、ここまでは、まだいい。まだ許せる。


 問題はここからだ。


 攻略対象とならなかったルートの彼女は、最悪の妨害キャラとなってプレイヤーの行動を妨げ続ける。


 季節イベント時のミニゲームでは素早い動きでプレイヤーを翻弄し、

 学力テストではトップクラスのステータスの暴力で上位層の壁となり、

 その上恋愛においても、恋敵として男女見境なく攻略対象を籠絡していく……。


 彼女の心無い行動の数々でプレイヤーはヘイトを溜め込み、その結果、皆の総意は固まった。



 ――こんなヒロインは嫌だ!!――



 しかも、最悪な事に、彼女は決して、悪役(ヴィラン)ではないのだ。


 彼女は常に正義の味方で、自分が正しいと確信し、プレイヤーと正々堂々戦い、スーパーヒロインとして光り輝いている。


 プレイヤーは彼女を明確な“敵”と認識しつつも、“悪”として弾劾することは絶対に出来ないのだ。


 やがて、ファンサイトや掲示板で、製作者はクリスティーンに家族を人質にとられているというネタが定番となった。


 後に、ゲーム情報サイトに掲載された開発者インタビューで、何故彼女がメインヒロインなのか、ケイトリンでないのは何故か?という記者の質問に対するディレクターの回答が……


 ――確かに、ケイトリンは素晴らしい娘だけどさ、ヒロインとして採点するなら、90点くらいだよね。対するクリスティーンは……マイナス五億点かな?(笑い)普通のゲーム会社の作品なら無難にケイトをヒロインにするだろうね。でも、僕らはインディーズだからさ、大手メーカーでは出来ないことをどんどんやって行きたいんだ。だから、プラス点の高さではなく絶対値で決めたんだよ。よりインパクトの強烈な方をね!――


 ……。


 その志は分かった。

 でも、さんざん辛酸を舐めたプレイヤーは、それを認めなかった。


 ファンの間では、非公式メインヒロインはケイトリンだと、無言のうちに合意が形成され、クリスティーンの存在は自然に無視されるようになった。


 ゲームコミュニティでのクリスティーンはそんな扱いだった。



 入学から一ヶ月が経過した、この世界での彼女も、目に見える範囲では、その印象の枠内で行動している。


 学園の購買部に併設されているカフェテリアのテラス席で彼女は軽い朝食を食べている。


「はぁー、こんなに良い天気ですのに、これから座学の時間とは……勿体無いですわね」

 クリスティーンは好物のドーナッツを両手で持って優美な所作で食している。

「姫様の出席状況なら、一日くらいおサボりになっても問題ありませんわよ」

 彼女の親友である麗しき令嬢ナンシーはニコニコ顔で葡萄の果実水を口にする。

「そうもいきません。わたくしは王族であり、民の模範となる国の生きた象徴。この久遠にも等しい退屈な時を共に乗り越えてこそ、愚民に寄り添う新時代のプリンセスとして燦然と輝くのです」

「素敵ですわぁ、姫様〜〜」

 ナンシーがうっとりした眼差しでクリスティーンを見つめると、周囲に侍るモブ取り巻きは一斉に拍手をした。


 ファンの人気は常に最低だった彼女も、ゲーム中及び実際の学園での人気は非常に高く、不遜な態度だが義に厚く有言実行がモットーの彼女は多くの生徒に慕われている。


「何、当たり前のことを、偉そうに……!」

「ま、まぁまぁ……」

 離れた席でエスプレッソを飲みながら新聞を読んでいる、彼女の腹違いの弟リオンが忌々しげな表情で不貞腐れ舌打ちするのを側近のハリーは苦笑しつつも宥めている。



 ここで、セレスティアル学園の各進路コースについて解説しておく。

 ゲームスタート時、キャラメイク後に、入学後、どのコースを進むかプレイヤーは選択する。


 コースは五つ存在していて、教養、魔術、法学、商業、それと冒険者育成だ。


 教養コースは別名貴族コースとも言われており、上流階級が社交を主な目的として多額の募金と共に入学する。

 語学や歴史、または領地経営の為の学問を集中的に履修する貴族養成コースだ。

 貴族の内、将来、家督を継ぐ者や、外交官等を志す者、そのような者たちに嫁ぐつもりの女子たちが多く選択する。

 メインキャラの内、ここを選んでいるのは、王太子リオンとその側近候補ハリー、リオンの婚約者候補のケイトリンの三名だ。


 魔術コースは魔術の習得や研究を目的としたコースで、大半は階級を問わず非跡取りで裕福な家の出身者が多い。

 伝統的に実力主義の傾向が強く、貴族の縁故主義を蔑視している。

 卒業後は宮廷魔術師や地方の領地に専属魔術師として召抱えられる事が多い。

 メインキャラでは、特待生のドルキャスとニコラス、それと留学生のワジャがこのコースだ。


 法学コースは官職を志す中産階級者が選択する。

 国を支える未来の役人や高官がここから多く輩出される。

 メインキャラでは、留学生のレイ・ソーマと特待生マイクル、伯爵令嬢サラが選択している。


 商業コースは、商人や事業家の育成を目的としており、その殆どは平民の商家出身だ。

 メインキャラではヒューバートのみが選択している。


 そして、冒険者育成コースは、その名の通り未来の英雄候補の育成を目的としており、選択する生徒の目当ては学園内にあるダンジョンの優先利用権だ。

 他のコースと比べて学費が安い上に、卒業に必要な単位数が少なく、その分生徒はダンジョンの探索と実戦的なスキル獲得に専念できるようになっている。

 このコースを選択するのは平民しかいない、と思われていたが、今年度、王女クリスティーンは王族としては初めて、このコースを選択して皆を大変驚かせた。

 他にはリオンの側近候補ジョージ、それと、プレイヤーである、ダン・スターマンが選択している。


 ちなみに、私とバーナードは入学してすぐに、リーブラ機関の幹部でもある学園長ホイヘンスの計らいで、特別試験を受けて法学コースの卒業資格を取得済みだ。

 これで、私たちは自由に学園内を調査する事が可能になった。

 もっとも、その代償として、学園で何か問題が発生した時に協力する約束はしたが……確実にスパダリ枠のバーナードがいるから、大抵のコトは何とかなるだろう。

 学園を破壊しかねない点は要監視ではあるものの、ね……。



 進路コースの説明でも分かる通り、この学園には目に見えるカーストが存在しており、カフェテリアはその縮図でもある。


 手入れの行き届いた庭園に面したテラス席は、上流階級のセレブ集団に占拠されており、平民どころか、王族の覚えがない者は事実上立ち入り禁止となっている。


 そして、カフェテリアの窓に面したカウンター席は、成績優秀者であるエリート達の専用席となっていて、一般人には近寄りがたい雰囲気を放っている。


「私も冒険者コースに行きたかったな……」


 非公式メインヒロインのケイトリンは、公式メインヒロインのクリスティーンが、冒険者コースで異彩を放っているのを羨望の眼差しでカウンター席から眺めている。


「なぜ、そうしなかったのだ?其方の父君、武勇を尊ぶ辺境伯ならば、むしろお喜びになられそうだが……」

 隣に座っている留学生のレイ・ソーマは豆乳ラテを片手に尋ねた。

「お父様は、私の進路には口出ししないけど、他の人たち……が、ねぇ……それに、あの方を敵に回すのも時期尚早だし……」


 ケイトとリオンは学園では、お互いの存在を無視して極力接触しないように行動しているのは周知の事実だが、それでも王太子妃候補が、その役目を完全放棄するような進路選択をするのは王家の威信に関わる事態だ。

 あの見栄っ張りで有名なリオンの母親が認めるとは思えない。


「この地においても、政治(まつりごと)は真に面倒であるな……それにしても惜しい話である。ケイト殿なら、学園ダンジョンの踏破も夢ではなかろうに」

「ふふ、それはまだ、諦めてないわ。その為にもコースの履修は前倒しで修得するつもりよ」

「流石であるなケイト殿!ダンジョン攻略の暁には、このレイ・ソーマも及ばずながら助太刀いたす」

「ええ、勿論頼りにしてるわ、ニンジャガール!」

「……その呼び名は勘弁してもらいたい」


 カウンター席で談笑する二人は、テラス席の王族たちのオーラに負けず劣らず輝いていた。


 その彼女たちを少し離れた席で――初めての共通テストで学年主席の座を勝ち取った特待生マイクルはハンバーガーを片手に眩しげに見ている。



「桃の果実水を一つ、頂けるかしら?」

 入学以降、その美貌で生徒の眼差しを釘付けにしている、サラは成績優秀者に無料で配布されているクーポンをカウンターに置いた。

 チア部の朝練を終えてシャワーを浴びた後だからか、その肌は微かに上気している。

 私はドリンクサーバから紙コップに果実水を注ぎ、彼女に差し出す。

「はい、どうぞ!」

「ありがとう」


 ドリンクを受け取った彼女は颯爽とカフェテリア内を闊歩する。

 緩いウェーブが波打つプラチナブロンドが光を放ち、腕に複数つけたブレスレッドが鳴らす音さえも雅な調べに聞こえる。


 その美しいシルエットに周囲の者は魅了され、その一人である歩行中のモブ男子生徒は、彼女から視線を逸らすことが出来ずに、進路上にあった柱に激突し、その場に崩れ落ちた。


 彼女と入れ替わるように、カフェテリアにプレイヤーであるダンが入場し、サラとすれ違うが、彼は学園のアイドルに一瞥もせずに、空いていた古ぼけたソファに身を投げ、そのままイビキをかいて寝てしまった。


 どうやら彼はセレブにもアイドルにも興味がないようだった。

 一体、これから学園で何をどうするつもりなんだろう……。


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