02.喧嘩
眼球に入力される情報を脳が処理できない。
頭が真っ白になるとはまさに今の状況を指すにふさわしい。
眼前に広がる景色はまるで、
昭和の町。
もちろんありえない話だが、そのワードがあまりにしっくりくる。
いや。
いやいや。
一旦落ち着くべきだ。
より冷静に、現実的に、合理的に考えよう。
可能性1、濃霧により道を間違えルートから外れた。その先の地区は元々レトロな雰囲気の街並みで昭和のようと錯覚した。
可能性2、日常的な身体的・精神的疲弊から脳に何らかの障害が起こり、普段の街並みとは違うように脳が誤認した。
可能性3、いや。絶対にありえないが、可能性として考慮するのも馬鹿馬鹿しいが、あくまで可能性の一つとして。
タイムスリップもしくは異世界転移のような非現実的事象の発生。
はぁ。40歳にもなってこんな発想が出てくるとは・・・。
とにかく可能性1のプランを採用しよう。
現在地をしっかり把握する必要がある。
「一旦ZⅡはここに置いて探索しよう。」
バイクのエンジンを切り、ハンドルロックを掛け歩き始める。
「明らかに異常な状況だけど、なんか懐かしさのある場所だな。」
未だにここがどこなのか把握出来ておらず数分歩いた頃、
3人組のヤンキー風の男達を発見した。
ヤンキー風とは言ったが、現在では珍しいリーゼント、剃りこみ、短ランやら長ランやら。
昔の不良を体現している格好だ。
その服装と街並みがあまりにマッチしていて、不思議な懐かしさと恥ずかしさで吹き出しそうになる。
「あの、すいません。少し教えてほしい事があるのですが。」
と3人組のヤンキー達に声をかける。
俺に気づいたヤンキー達はだらっとこちらに歩み寄り
しっかり睨みを利かせた。俗に言う「ガンを飛ばす」というやつだ。
「あ?んだテメェ!?」
ある種想像通りの返事。
「やんのか?コラ!?おう!?」
「かかってこんかい!?ビビっとんか!?」
完全に敵視されてるようだ。
かくいう自分も学生時代は似たような事をしていたせいか、
特に恐怖も焦りも感じない。
むしろ30年以上ぶりに昔を思い出せた事でニヤニヤしてしまうくらいだ。
しかし、こちとら50才のおっさん。あくまで大人に紳士的に対話せねば。
「不快にさせたようでしたら謝罪します。申し訳ない。それで尋ねたい事があるのですが。」
と距離を保ちつつ対話を試みる。
「はぁ!?訳わかんねぇ!喧嘩うっとんか!?」
「生意気なツラしとんの!あぁ!?」
さらにヒートアップするヤンキー達。
まるで会話にならない。知性のかけらも感じない、動物と話しているようだ。
「とはいえ昔は俺もそう見られてたんだよな。人様の事をとやかく言う資格はないか。」
と自分を納得させるようにボソっと口に出す。
「失敬。忙しいようだから他を当たります。お邪魔しました。」
軽く会釈してその場を離れようとする。
その瞬間背中に衝撃が走る。
「待たんかい!何逃げとんじゃ!殴られたなかったら財布置いて行くんが筋やろが!?」
どうやら背中を蹴られたようだ。というかどんな筋だよ。
まぁ全然痛くもないからいいけどさ。
やはりここは大人の対応をしておこうか。
「気に障ったのであれば再度謝罪します。今の暴行は忘れますので財布は勘弁して下さい。失礼します。」
Uターンし再度この場から立ち去る。
「っ!?」
次は後頭部に衝撃が走る。
「ざけんな!金出せやおら!!」
後ろから髪を掴み引っ張ってくるヤンキー。
瞬間、頭に血が上り体温が急上昇する。
「おいガキ共・・・。」
怒りが理性を塗りつぶし黒い感情が体を支配する。
「調子乗ってんじゃねぇ!!」
ビュン!!!
髪を掴んでいるヤンキーに裏拳を見舞った。
ガコン!!!
頬に裏拳が直撃したヤンキーは5m程後方の壁に吹き飛び、どしゃっと倒れこみ気絶した。
ピクピク痙攣し、口からは赤色の泡を吹いている仲間を戦慄しながら茫然と目の当たりにし立ち尽くすヤンキー達。
「う、嘘だろ。一撃・・・。」
ガクガクと震えている残りのヤンキー。
「よそ見してんなよ。」
音もなく一瞬でヤンキーの懐にステップインし、
ヒュンヒュン!!!パパン!!!
やや下方から顎目掛けジャブの2連打を見舞う。
的確に2人のヤンキーの顎にヒットし、2人共ほぼ同時に地面に倒れこむ。
白目をむいて、意識を失ったようだ。
「ふぅ。こんなもんか。」
気絶しているヤンキー達を見下ろす。
「・・・。」
「やってしまった。」
正当防衛とはいえ、未成年に暴行を働き失神させてしまった罪悪感。
法治国家であるこの国では間違いなく罪に問われる。
最愛の家族、数多の従業員、会社、多くの迷惑をかける事になるだろう。
「はぁ。でもこのままってわけにはいかないか。」
救急車を呼ぶ為、ポケットに手を突っ込む。
「ん?あれ・・・。」
手に伝わるはずの感触がない。
左右のポケットに両手を突っ込み再度確認する。
「スマホがない。おかしい、さっきまで確かに・・・。」
と慌てながらスマホを探しはじまたその時、
「よぉ。さっきの喧嘩見てたよ。すげぇなお前。」
声がした方向に目線を向ける。
さっきのヤンキー達同様、いかにも昭和の不良といった風体の男。
何点か違うところがあるとするのであれば、
筋骨隆々で身長は190cmはあろうかという大男。
さらに、強者特有の「雰囲気」があるように思う。
「お前、見かけないツラだな。どこ高だ?」
・・・は?
いやいや。おかしな事続きで頭がおかしくなりそうな俺だがここは冷静に。
流石に、50歳のおっさんを捕まえて「どこ高」はないだろ。
こいつ、服装だけじゃなく頭もおかしいのか。
難癖つけたいだけだろうが、ここは大人の対応の出番である。
「見苦しいところを見せてしまったようだね。
にしても私は50才だよ。出身校なんか聞いても面白くもないだろう。
すまないが、救急車を呼びたいのだが、スマホを失くしてしまったようでね。
電話を借りても?」
と淡々と答える。
「は?ス、マホ?訳わかんねー。まぁどうでもいいけどよ・・・。」
大男の表情がギリッと険しいものに変わる。
「なめてんのか!?
そのナリのどこが50歳なんだよ!」
・・・。
目の前の男の言っている事が理解出来ない。
そのナリ?
どういう事だ?
特に若作りと言われた事もないが、こいつにはそんなに若く見えたというのか?
それに「どこ高」って、どういう・・・。
「それよりよ。俺相手につまんねぇ冗談抜かすとはな。その度胸は認めるが。」
大男は両手を前方にラフに構え戦闘態勢に入った。
「とにかく、あんな喧嘩見せられちゃあ、どっちが強ぇかハッキリさせたくなるじゃねぇか!?」
大柄な体格とは対照的に軽やかなステップを刻み始める。
「タイマンだぁっ!!いくぞコラァ!!!」
「ちょっ、急に何を!?」
大男は一直線にこちらとの距離を詰める。
「しゅっ!」
距離をつめた勢いそのままに左ジャブを放ってくる。
ボクシング経験者か。確かに早いが。
顔面に左が当たる直前に右に最低限顔を振り回避する。
ヒュンと風切り音が耳元をかすめる。
「っ!?」
大男は驚愕の表情を浮かべる。
とんっとバックステップして距離をとる大男。
「俺の初撃を完全に躱すかよ。」
「やっぱすげぇなお前。」
左右に小刻みにステップを刻み始める。
「じゃあこれはどうだ!?」
再度一気に距離を詰め左ジャブを連打してくる。
ヒュンヒュンヒュンヒュン!
すべてのジャブを最小限の動きで全て躱す。
「ははっ!いいねぇ!」
どこか楽し気な表情で大男は連打を続ける。
冷静に大男のジャブを見極めながら躱し続ける。
こいつ、なかなかやるなぁ。
関心しながら大男を観察する。
ノーモーションで無駄のない動作。
肩と視線のフェイントもいれてきやがる。
長い腕から繰り出されるこのジャブは並みのヤンキーなら一発で失神ものだろう。
だが・・・。
それでも俺には・・・。
「おせぇよ。」
ビュン!ドゴン!
カウンターぎみの左ボディを大男に見舞う。
「ぐっ!」
あちゃぁ。肋骨3本いったな。軽く打ったはずなんだけど。
動きを止め、悶え始める大男。
「ご。・・・のやろぅ。」
脂汗をかきながらファイティングポーズを維持している。
2秒程たっただろうか。荒かった呼吸を即座に整え再度拳を振ってくる。
「おらっ!おらっ!おらっ!」
先ほどに比べるとやや雑でキレはないが、それでも全弾致命傷になりえる威力のパンチを繰り出す。
「あれもらってこんだけ動けるのか。そっちも十分すごいと思うよ。」
全ての攻撃をかすりもせず躱し続けながら呟く。
「喧嘩なんかしてないでさ、ちゃんとボクシングでもしたら?
結構いいところまで行けると思うけどなぁ。」
「ふっ!っざけんなコラァ!!!」
怒涛の連打。満身創痍。どんどん苦しい表情に変わってきているが、やはり良いパンチしてる。
「っと。そうそう。こんな事してる場合じゃなかったな。」
暴力の嵐の中、冷静に大男のパンチに集中する。
えーっと。おっ、これに合わせるか。
やや大振りの右を躱し、戻し際に懐に潜る。
「っ!?」
目にもとまらぬ速さ、油断とも言えない一瞬で懐に入られた大男は再度驚愕の表情を浮かべる。
「はぁっ!」
真下から一直線に拳を振り上げる。
その拳速はまるで閃光。
大男には目で捉えられないであろう。
ぐちゃ。
俺の放つアッパーが大男の顎に吸い込まれ、次の瞬間。
顎の骨を砕き、意識を刈り取った。
白目のまま前のめりに倒れこむ大男。
ピクリともしない。
死には・・・してないだろうが、病院に連れていかないとヤバいな。
さっきのヤンキー達は、まぁ大丈夫だろう。
「よい、しょっと。」
軽々大男を担ぐ。
「さて、病院はっと。そもそもここはどこなんだろう。」