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01.バイク屋の日常~異世界へ



「社長、今日修理で入ったこのバイクなんですが。」



オイルのついた作業服を着た、いかにもヤンキー風の青年が声を掛けてきた。



「あぁ佐々木さんのインパルスね、随分放置してたみたいだから

キャブは当然として、タンクと燃料コックもチェックしといて。

もちろんバッテリーの充電電圧、リークチェックもね。

それとキャブ関連の部品の在庫も確認よろしく。」



作業手順と留意点を聞いた青年はわかりましたと返事しピットに戻っていく。



「他は特に問題なさそうだな。じゃあ別の店舗に行くね、後はよろしく。」



小さいながら数人のスタッフが忙しそうに稼働しているバイクショップを後にする。



「次は、と。今日は東大阪店の車検が多いな。

一応ヘルプに行くか。」



スケジュールをスマホの画面で確認しトラックに乗りこむ。


関西圏で20店舗、地域密着型のバイクショップ


「ウエストモータース」の創始者であり社長を務める俺、


西 洋介は軽トラを運転しながら東大阪店へ向かっていた。


ガキの頃は喧嘩ばっかで、他校の不良共を叩きのめしバイクを乗りまわす日々。


喧嘩に没頭するあまり、周囲の不良達には恐れられ、全国各地から挑戦状を叩きつけてくる馬鹿まで現れる始末。


どこそこ高校の番長だとか、暴走族の族長だとか、プロボクサーまでいたっけ。


全員病院送りにし続けたせいで「関西の黒龍」とか呼び出す連中もいたな。


今思い返すと恥ずかしすぎる黒歴史だが。


そんな喧嘩とバイクにしか能がないガキが大人になり


バイクショップで働き、独立する。


なんてことはない。


映画にもドラマにもなりえない、ありきたりな人生。


でも不満はない。


俺を慕ってついて来てくれる部下達、俺達を頼って来てくれるお客さん達、


最愛の妻と娘。


クズみたいな自分の人生としては十分満足している。


今出来る事を全力で、そんな信条を胸に必死で時代を駆け抜け、気がつけば50歳。


会社も家庭も順調、不満はない。


けど、


なんというか、



「退屈、だよなぁ。」



ぼそっと呟いた頃、目的地の東大阪店に到着した。


先の店舗同様、やはり数名のスタッフが忙しそうに働いている。



「お疲れ様。今日は忙しそうだから手伝いに来たよ。」



俺に気づいたスタッフがこちらに駆け寄り、



「社長、お疲れ様です!」



と一礼。



「ん。作業詰まってるみたいだから、お客さんの対応するね。」



そう伝えて中古車を眺めている親子の元に近づき、



「いらっしゃいませ。本日はどのような車両をお探しでしょうか?」



柔らかい表情に切り替え、一定の距離を保ちつつ傍に控える。



「あぁ、どうも。実は息子のバイクを探してまして。」



お客さんの要望や希望をヒアリングし、おすすめの車両を提案する。


商談には十数分の時間を要したが、車両をお買い上げ頂いた。


息つく暇なく別のお客さんの対応に回る。


日も落ち、時刻は午後8時をさそうとしていた。



「やっと落ち着いたね。そろそろ店閉めようか。」



とスタッフに声を掛けた瞬間、一人のお客さんが来店した。


40~50代の男性。


コロナの影響でマスク着用自体不思議な事ではないが、


全身黒い服装、サングラスにマスク。


まるで強盗、というと失礼だがそんな風体の方である。



「すいません、もう閉店かと思うのですが、


少しバイクを見て頂けませんか?」



内心、今から?と思ったが、営業時間の最初と最後のお客さんは特に大事にするという


ビジネスの基本に立ち帰り、快く承諾した。



「いらっしゃいませ。もちろん大丈夫ですよ。


どういったトラブルでしょうか?」



そう話しながらお客さんのバイクの元に歩みを進める。


その車両を見て驚いた。



「っ!?これは・・・すごく希少なバイクをお持ちですね。


しかもこれほど状態の良い個体、滅多にお目にかかる事は出来ないですよ。」



カワサキ ZⅡ。数十年前に製造されたこのモデルはその人気、希少性から


数百万円に価値が沸騰している名車である。


だがこの車両に強烈な違和感を感じている。


もちろん数十年前のバイクを大事に手入れして綺麗な状態を維持している人はいる。


そういった古いが綺麗な車体は何度も見たことがある。


それでも眼前にあるこの車両は。


まるで最近生産されたばかりのような「新しさ」を感じる。


ちぐはぐに感じる。


それなのにどうして。


この違和感だらけの車両からは得も言われぬ魅力がある。


目が離せない。


同型車は何度か目にしたことがあるのに。


何故・・・。



「あの。それで症状なのですが・・・。」



お客さんの一言ではっと我に返った。



「すいません、それでどのように調子が悪いですか?」



「昨日まで問題なかったのですが、3速6000回転くらいで異音が出るようなんです。」



「なるほど。では一度試運転させて頂いてよろしいでしょうか?」



「もちろんです。宜しくお願いします。」



高価な車両の為、少々緊張しながらもエンジンを始動する。


キュキュキュキュキュ、ヴォン!


始動性は問題なし。


現状異音は感じない。アイドリングも安定している。



「では乗らせて頂きます。店内で少々お待ち下さい。」



一言かけZⅡで走り出す。


1速。クラッチミートは良いフィーリングだ。加速もスムーズだな。


2速。シフトチェンジもスムーズ、違和感はない。


3速。4速。5速、とギアを変えながら様々な回転数で走行を続ける。


10分程たっただろうか。



「ふぅ。特に異音も異常も感じない。

たまたま症状が出なかったか。あるいはお客さんの気のせい?」



この名車を運転するのは非常に楽しいが、いつまでもってわけにはいかない。


一度店に戻って報告しないとな。


グルっとUターンしアクセルをあける。


交差点の信号に捕まった。


ボボボボボボボ。順調にアイドリングしている。


ちなみにこの交差点は大通りの中でも比較的交通量が多くなかなか信号が変わらない名所だ。


ボボボボボボボ。ZⅡのアイドリング音だけが辺りをこだまする。


ボボボボボボボ。気のせいかあたりに霧が立ち込めてきた。


ボボボボボボボ。時間と共に霧が濃くなる。


ボボボボボボボ。


3分、いや4分ほどたっただろうか。

あたりの濃霧に見とれていたが、視線を上にあげて驚愕した。



「なん、だこれ。」



「信号機が点灯してない。」



「それに、あたりに一台も車がない。バイクも。」



この時間帯、加えてこの交差点でこんな事が起こりえるだろうか。


濃霧は辺り一面を覆いつくし、前方5mより先は全く見えない状況となった。


異様な状況でふつふつと不安感が襲い掛かる。



「とにかく店に戻らないと。」



目の前に歩行者、車がいない事を祈り、


クラクションを鳴らしながら発進する。


ZⅡは変わらず好調のようだ。


スピードを極力抑えつつ前に進む。


20秒はたっただろうか。


いまだに濃霧は晴れない。


この地区一帯に発生しているようだ。


2分程走り続けた頃、徐々に霧は薄くなってきた。


ホっと胸を撫でおろす。


辺りの景色が鮮明になってくる。


そして、目に飛び込んできた風景を見てさらに驚愕する。



「嘘・・・。」



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