叫ぶ紅
真夜中、上がる火柱。
高鳴る胸の内を象徴するような熱い紅が、黒い天井を貫く。焦げ臭い煙は辺りに充満し、静かな住宅街の空気に穴を空けるような存在感が五感を手荒く撫ぜていく。
高笑いが堪えられない。火種は小さいものだったが、今や目の前には際立つ光量を湛えて燃える一軒家があった。この熱気の巨人は僕が創り出した。醜い過去、未来とそれについて回るしがらみ、全て踏み倒して道を作る力強さに惚れ惚れする。
ごうごうと音を立てる炎が、僕の笑い声をかき消すぐらいに大きくなった。安っぽい木造住宅だ、後には灰しか残らないのだろう。惨めにも周りには鉄筋コンクリート造の家しか無い。
せめて死に際には、このちっぽけな町に風穴でも空けていなくなれ。そういう思いを汲み取ってか、屋根の頂点から底が抜けるように瓦が崩れ落ちる。あの辺の真下にはまだ誰もいない。
何処かで叫び声が聞こえた気がしたが、無視した。嫌いな町の人間の誰かが声を上げたのだ。奴らは後の事情聴取でこう答えるだろう、そんな事するようには思えませんでした、と白々しく。この弱々しい家に石を投げた事実は露も感じさせず、奴ら全員で結託して不利な真実を隠し通すだろう。合わせた口裏には保身の約束と、裏切る者に同じ制裁を下すという脅しが示されている。
僕らが何をしたというんだ。高笑いが不意に湧いた悔しさに圧されて弱くなる。瞬間、右手前の窓が割れた。道に、つまりは醜い町に面した部屋の窓。母が好んで覗いた窓だった。二階だと眺めがいいねえ。そう呟く年老いた母の口調が蘇る。叫び声はしない。事前に睡眠薬を飲ませたので当然聞こえるわけもないのだが、澄ました耳に断末魔は入らなかった。
もうすでに笑ってはいない。
僕は最高潮を迎えた火柱を前に、ただ突っ立っているしか出来ない。窓ガラスは割れ切って、形だけ残したような半開きの扉の向こうには炎と、炎に貪られ続ける大黒柱が少し見える。肌が焼ける感覚を今更に覚えた。高揚感が薄れたのだ。眼前の紅にはまだ平和だった頃の我が家を重ねている。
薄く涙が滲んだ、気がした。すぐに乾いて分からなくなった。
炎に気を取られていて気付けなかったが、相当な大事になっているらしい。視界の端に別の赤が映る。サイレン、野次馬の声も聞こえだした。
もうそろそろいいだろう。奥の方の瓦が崩れ落ちた音がする。母はそこに寝かせてある。彼女の寝顔は静かだろうか、それだけが気掛かりだ。熱さに気付かぬままなら良いと思う。
辛い迫害の日々がもうすぐ終わる。
僕は走り出した。扉を抜けて、柱が真っ赤に崩れるのが見える。木片につまづいて転んだ。熱い。母さんごめん、この熱さに一人閉じ込めて。
断末魔みたいな爆破音が、した。




