ヒロインは王子様に餌付けされてました
「――で? 貴女達は何がどうしてそうなったんですの?」
脚を片方の脚に乗せ、手を胸の前で交差させる。
もう王子の前だなんて、考えない。
それくらい今わたくしの前で起きていることは突飛なことだった。
わたくしは、転生者だ。
いわゆる、『乙女ゲーム転生』というやつである。しかも一番定番の、悪役令嬢に転生したという特典付きで。
5年前にそれに気づいてから、色々な努力をしてきた。まあよくあるやつだ。
簡単に言うと、婚約者に振られても大丈夫なように何とかかんとか根回ししてたら、彼が嫉妬深くなったというそれだけである。
ちなみに内政チートはしていない。めんどくさかったから。
それで、いざ乙女ゲームの舞台へ!! と思ったら、ゲームが始まる前にヒロインが婚約してた。
しかも会って1日の第三王子と、ラブラブになってる。
うん、そこまではヒロイン補正か……? とかなりますよ。うん。
若干第三王子が攻略キャラクターじゃなくて、しかも友人キャラで前世なら『うーん、良い人なんだけどねぇ。恋愛対象にはならないんだよねー』とか言われる、肉食系なお姉様方の食指すら動かないほのぼのキャラとか、寧ろ何故お前らが……?! と言うような組み合わせというかなんというか。
まあそんなことは誤差と思いましょう。
だけれどね、相思相愛の彼女たちの前に立ちはだかる筈の第三王子の(元)婚約者が、護衛騎士とイチャイチャしていることが解せないんだ。
逆ハーレムが趣旨のこのゲームで、無駄に犠牲者が多いこのゲームで! 何故!
こんなに平和なのかが分からないんだ!
いや、いいんですけどね?
一番ハッピーな結末なんですけどね?
そうならそうと早く言えよ、返せわたくしの5年間!! っていう。
そういうわけで、誰にぶつけられるわけでもないこのむしゃくしゃを、ヒロインちゃんに向けているわたくしです。
苛立ちながらに放ったわたくしの言葉に、ヒロインちゃんは最早実体化しているんではないか、というくらいぶんぶんと尻尾降りながら(もちろん比喩ですよ?)、今までのことを振り返り始めた。
侯爵令嬢様でも恋バナに興味があるんですねっ! なんて嬉しそうな声は聞こえない。
「あれは、私が入学式にここに初めて来た時のことでした――」
実は、私その時この学園に初めてきて……。えへへ、庶民なので学園祭とか行ったことなかったんです。
だからという訳ではないですが、寮を探していつのまにか迷ってしまいました。
なんとか受け付けを終えるまでには見つけられたんですけど、その時にはもう、学食が閉まっていて。
最近知ったんですけど、入学式の日は臨時休業だったんですね。
それを知らなくて何も食べる物を用意してなかった私は、ショックで、学園の大庭園を彷徨い歩いていました。
そこに、彼が現れました。
『大丈夫?』
俯いていた顔を上げると、そこに居たのは、ベンチに座った金髪の王子様でした。
慌てて礼をしようとすると、王子様は良いからいいから、と私を諌め、横に座るよう命令なさったんです。
そして、彼は私に仰いました。
『良かったらこれ、食べる?』
それは、ジュワァっとまだ湯気のたった、肉汁が溢れ出てきそうな美味しそうなホットドッグでした。
お腹が空いていて、かつ今一番食べたいものがホットドッグだった私は、全力で首を振りました。
そうすると、王子様は少し笑みを浮かべて、『はい』と、差し出してくださいました。
そのホットドッグの美味しいこと、美味しいこと!
もう、私は幸せ過ぎて、天に登ってしまうかと思いました……!!
そして夢中でかぶりついていた私は、全て完食してしまったのです。一口貰うだけの筈だったのに……!
でもそれもしょうがないと思いませんか?
だって、あんなに美味しいホットドッグは食べたことがなかったんです!
でもだからこそ怒られると思って恐る恐る王子様の方を向くと、王子様は優しそうに、『美味しかった?』と笑いかけて下さいました。
「これはもう、惚れるしかないでしょう!!」
「……。これは、二人とも天然なのかしら。そうなのよね? いや、それはそれで駄目だけど。そうなのよね? ちなみにホットドッグを食べるときはどのような格好で?」
勿論王子様がホットドッグを支えてくださっていて……流石の私でも初対面の王子様の御手から奪ったりしませんよ!
「……」
それで、続けますね?
えっと、そのときはそこでお礼を言って別れました。
次に会ったときは、初めての授業が終わったときでした。
その時どうしてもどうしてもステーキが食べたかった私は、学食へ行きました。
もちろん昼休みだったので空いていたことには空いていたのですが、その、思ったより値段が高くて……。
悲しくなった私は、一応持ってきていたサンドイッチボックスを片手に、とぼとぼと立ち去ろうとしました。
敗者がいつまでも戦場にいても、見苦しいだけですから……。
そこで、王子様に会ったんです。
少し目を見張った王子様は、少し考える素振りを見せた後、手招きをなさりました。
なんだろう、と思って向かいの席に座ると、偶然食べていらしたステーキを切り分け、差し出してくださいました。
まさかこんなことになるなんて――いえ、嘘です。
少し期待していました。
けれど、まさかドンピシャでステーキだとは思わないじゃないですか?!
私は、運命を感じました。
そしてやはり、ステーキは絶品でした。
ぜひ侯爵令嬢様も一度お試しになっては如何ですか?
あれは……そう! まさに幸せの味です!
こう、ジュワワァってなって、でもナイフはシュッと通るんです。また、最近流行りの“ライス”っていうのがよく合ってっ!!
ん? 感想は要らない?
えー、言わせてくれても良いじゃないですか!
それよりその時の格好を知りたい? 王子様の御手ずから食べさせてくださいましたよ。
マナーのなっていない私を考慮して下さったんでしょう! 優しい方です。
周りの反応? そんなお腹の足しにならないようなこと、覚えてませんよ!
普段通り騒がしかったのではないですか?
次行きますよ、次!
それで、次に会ったのはティータイムのときです。
夕焼けが学園の時計塔をぼんやりと照らした、世にも美しい逢魔が時のことでした。
私は、学園の授業が難し過ぎて糖分不足に陥っていて、それどころではありませんでした。
チョコレート、チョコレートが欲しい……とぶつくさ唱えていた私の目の前に、救世主が現れました。
いえ、何故か気づいたらガーデンテラスにいたので、実際は私が彼の目の前に現れた、ということなのでしょうが。
そんな私に、彼は目を細めたあと、無言で――というか、なにか言ってらっしゃったのかも知れませんが、覚えてないのです。
とにかく、ガトーショコラを一口、下さったのです!
その瞬間はもう、どんな言葉で表現しても、足りないでしょう!
こう、この世にこんなに美味しいものがあったのだな、と思いました。
次いで、私は気づいたらこう、口にしていました。
『私と結婚してください!』
と。
いえ、弁明させてください。
本当になんにも考えていなかったんです。
彼は第三王子だとか、婚約者の存在とか、本当になにも考えていなかったんです。
ただ、本能に忠実だっただけなんです。
そして、その王子の真向かいにいる女性が、彼の婚約者だということも、知らなかったんです……。
もちろん我に返った私は、土下座をして謝ろうとしました。
しかし、その前に彼女は、王子様の婚約者様は、ティーカップから手を離し、その手を軽く上げました。
叩かれるかも、と思いました。
そしてそれを受けようと思いました。
自分の婚約者に自分の前で求婚なんてしてきたのだから、それは当たり前です。
それでも思わず目を瞑ろうとすると、その方から、名前を呼ばれました。
何故伯爵令嬢様が庶民の名前を知っているのか不思議でしたが、とりあえずその方に目を向けると、その方はその手を王子様に差し伸べるように向けて、それからイイ笑顔でそれを私の方にスライドさせました。
そして仰ったのです。
『どうぞ?』
と。
それから彼女は自分の護衛騎士を呼び寄せ、何かをその方の耳元に囁いて、彼の耳を真っ赤にさせた後、『後はどうぞ、ご自由に』と可愛らしく手を降って去って行きました。
そしてその、その後何があったかは……ひみつ、です………。
言いたいことは色々あった。
この国の風習では、他人に物を食べさせる時、一度目は『貴女が好きです』という意味を、二度目は『他の奴には渡さない』という意味を、三度目は『愛してる、一生離さない』という意味を込めるということを知っているのか、とか、話の後にまた一口サイズのチョコレートを食べさせてもらっている姿を見て、結婚相手に物を食べさせる行為は並々ならぬ独占欲を示しているとか、そもそもそんなことバカップルしかしねぇ、とか。
けれど、最後の言葉を発したあとにポポポ、と顔を赤くしたヒロインの顔を見、そして、その時の第三王子の満足そうな表情をみて、悟った。
これ、確信犯だな、と。
それくらい彼の表情は獰猛で、そして、熱の籠もった独占欲が滲み出ていて、もう『友人キャラ』の面影はどこにも無かった。
どうやら憐れな子羊は、狼に喰われてしまったようだ。