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痛むのは

──最終話。

ドアを開けた先、手前のベッドに祖母が寝ている。


 息をひとつ吐くと、カーテンを開けた。


「おばあちゃん、久しぶりだね…」


 そう言って祖母に近付く。


 後に続く言葉は無かった。


 この時感じた衝撃をなんと表せば良いのだろう。


 記憶に残る祖母とは全く違い、七十代手前の女性とは思えない。


 九十過ぎにも見える。


 そして、想像以上に痩せ細った身体。


 頬の肉も削げている。


 ──ここまでだとは思わなかった。


 いや、分かっていた。


 死期が近いということは、こういう事なのだと。


 ──自分の描いていた想像が甘かったというだけだ。


 荷物を置いて、祖母の手を握る。


「……ごめんね、来るのが遅れちゃって」


 ──重くなった心に引きずられそうだ。


 足を引っ張られてゆく感覚から現実へ戻ると、眉の寄った祖母の顔が目に入った。




 ──今、彼女は何を思っているのだろう。




 喋れない祖母の気持ちを測ることは、ぼくには出来ない。


 だから、苦しみが少しでもやわらぐようにそっと手を包み込む。


「じゃあ、先生の所に行ってくる」


 そう言って、祖父は病室を出ていった。


「……変わっちゃったでしょう」


「…うん」


 母の言葉にも、曖昧あいまいに頷くことしか出来ない。


「私、トイレに行くから」


「分かった。行ってらっしゃい」


 母も出ていき、カーテンの中はぼくと祖母の二人だけ。


「おばあちゃん…」


 ──何か、何か話をしないと。


「あ、あのね…」


喉に言葉が詰まって出てこない。

会ったら話そうと思っていた話題も空気となって消えてゆく。


「あの………」


 ──泣くな。


 泣いては駄目だ。


 頼むから涙よ、出てこないでくれ。

 辛いのは本人だ。


 本人の前で泣くのは失礼だと思うから。

 哀しませたくはない。





 ──笑え。





 下手くそでもいいから、笑顔を作れ。

 静かに深呼吸をして、口を開く。


「何を話そうかな…。あ、そうそう、小学生の頃母さんとおばあちゃんとぼくの三人ではす祭りに行ったのを覚えている?」


 普段通りをよそおって話し出す。

 一言口にする度に喉が焼けるようだ。


 ──痛い。


 心臓が、さっきまでとは違う痛みに暴れ出す。


 ──それでもぼくは笑おう。


 せめて話している間は、楽しかったあの頃に心がかえってゆくように。


「……それでさ、あの時食べたアイスクリームを覚えている? 珍しいアイスなのは覚えているんだけど──どんな味だったかはもう思い出せないんだよね」


 あの日食べたアイスクリームの話をして、また違う話へと移る。


「あとさ、いつだったかな…出かけた先のお土産屋さんでぼくに蛇のキーホルダーを買ってくれたのは覚えてる? ぼくね、アレを今も大事に持っているんだよ。ほら、今日も持ってきたんだ」


 ポケットから出したキーホルダーを手の上に載せる。

 固く握られた手をほどくことは出来ないから、せめて感触だけでも思い出して貰おうとする。


 ──一回だけ鳴らした鈴の音は、今も心に残っているだろうか。




 話しているうちに、自然な笑顔になれた。


 それでいい。


 少しでも安心してほしいから、ぼくは笑おう。

 ぼくの事は心配しないで。

 そう伝わるように。


「分かるかな。このキーホルダー、お気に入りなんだ。あの時は、本当に嬉しかったよ。ありがとう」


 そう言うと、祖母の少し開いた口から声が漏れた。


「あ……あ………」


「おばあちゃん?」


かすれた声は、何を伝えたかったのだろう。

 それも、聞くことは出来ないから、ただ手を握っていた。


「どうだった?」


 戻って来た母が聞いてくる。


「……うん、蓮祭りの話をしていたんだ。何か言おうとしてたけど…」


「そう………。きっと、優に言いたい事があるんだね」


 眉を下げる母に自分もトイレに行くと言い、廊下へと出る。

 トイレの個室へ入ると壁に寄りかかって上を向く。

 両手で顔を押さえると、少しだけ手が濡れた。

 不自然にならないように五分でトイレを出てまた病室へと戻る。


「あ、迷わなかった?」


「ああ、うん」


 返事をしたとき、祖父が戻ってきた。


「……そろそろ帰るか」


「そうだね。あまり長くいるのもね…負担になると悪いからね」


 荷物を取ると、祖母の手に載せたキーホルダーを返してもらい、強く手を握った。


「……おばあちゃん、またね」


 熱くなる目元に力を入れて微笑む。

 病院を出る前に振り返って、もう一度祖母を見つめる。


「っ……」


 閉じたままの祖母の目尻めじりから透明な雫が一滴だけ頬を伝っていく。


 閉まっていくドアの向こうに見えたそれは、ぼくの幻だったのだろうか。


 消えた視界の向こうを確かめることは躊躇ためらわれた。






 ◇






 その夜、ぼくは布団の中で静かに泣いた。


 この時の熱を忘れることは一生ないだろう。




ここまで読んでくれた方、ありがとうございますm(_ _)m

このお話はこれで完結となります。

本当にありがとうございました。

それでは、またいつか会う日まで……

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