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33話 偽物世界

気がつくとそこは学園の喫茶店だった。

かなり頭がぼんやりする。

自分が今まで何をしていたのか思い出せずにいると不意に隣から声がした。


「どうかなさいましたか?アリス様」


視線を向けると女子生徒数人が私と同じテーブルにつき、心配そうにこちらを見ている。


「えっと……」


「きっとお疲れなのでしょう?あの男爵令嬢のせいで」


貴方達は誰、と問い掛ける前に一人の女子生徒がそう呟いた。


「あぁ、そうですわね。申し訳ありません、気が回らなくて……」


私に声をかけてきた女子生徒が申し訳なさそうに目を伏せる。


「え……あの……」


「本当に許せませんわねあの小娘!アリス様の婚約者にまで手を出すなんて!」


誰のことを言っているの、と尋ねようとすればまた言葉を被せられた。


「アリス様、今すぐあの小娘に物申してやりませんこと!?どちらが上の立場なのかはっきりさせておきませんと!」


「そうですわ、これ以上黙って見ていることなどありません!」


女子生徒達は状況が把握できないままの私の手を引いて校舎裏へと歩き出した。

何がなんだか分からないまま彼女達についていけばそこにはベンチに座り楽しげに語らう一組の男女がいる。

その姿を見た瞬間、ずきりと頭が強く痛んだ。



私はあの人達を知ってる……。

男性の方はこの学校の先生で……そうだ……私の婚約者のジェード先生だ!

そして女性の方が男爵令嬢のアンジュ。

婚約者のいる男性に近づいて片っ端から誘惑するから私の友達が皆悲しんでいる、私が彼女にはっきり言わないと……そのために私はここに来たんだ。



最初はぼんやりしていた記憶が鮮明になる。

私は他の女子生徒達にここで待つように伝えると二人の元に歩き出した。


「私の婚約者と逢い引きなんて良いご身分ですこと」


睨みながらそう告げるとアンジュはたちまち目を潤ませる。


「ち、違うんです……私、そんなつもりじゃなくて……」


「王女殿下、彼女は生徒として教師である私に質問していただけです」


アンジュを庇うように一歩前に出たジェード先生を見て心がざわつく。


「なぜそんな女を庇うのかしら。貴方の婚約者は私ではなくて?それに貴方はいつから私に反論できるほど偉くなったのか、教えていただきたいわねジェード」


そこまで口にしてふと違和感を感じる。



私はいつから先生を呼び捨てにしていたんだっけ……?

婚約した時から……?



「そこまでにしときな。あんまり眉間に皺をよせちゃ可愛い顔が台無しだぜ、姫さん」


けれどその違和感も私達の間に割り込んできた一人の男子生徒によってすぐに消え去った。


「貴方、どなた?」


黒髪を短く揃えた爽やかそうな男子生徒だが私は彼の事を知らない。


「えー、俺の事覚えてないとか酷くね?クラスメイトの顔くらい覚えといてくれよ姫さん」


おちゃらけて笑う様子を見ているとまたずきりと頭が痛み、彼に関する記憶が溢れ出してくる。



そうだ……この人は、ジェード先生に冷たくされて落ち込んでる私をいつも慰めてくれたクラスメイトのガイルだ。

どうして忘れていたんだろう。



「……ガイル」


ぽつりと名前を口にすると男子生徒――ガイルは嬉しそうに笑った。


「思い出してくれたようで何より、んじゃ姫さんは俺とデートってことで」


「は!?ちょっと離しなさいよ!」


抵抗も虚しく私はガイルに手を引かれその場から連れ出された。



「姫さん、俺にしとかない?あんな浮気者の教師より俺の方が姫さんのこと大事にするよ」


彼は私の手を取ると熱の籠った視線を向けてきた。



……彼はいつもそうだった。

私が一人で落ち込んでいると気がついて手を差し伸べてくれる。

だから私は彼の事が――



「姫さんの事は俺が幸せにするよ」


彼はそう言って私の頭を優しく撫でた。

その瞬間、私は反射的に彼を突き飛ばしていた。


「いってぇ……何すんだよ姫さん、照れ隠しにしたってもう少し……」


「違う……」


「え……?」


ぽかんとこちらを見つめるガイル。


「違う……!私が……好きなのは……」


私の頭にある記憶は彼が好きなのだと主張している。

けれど心がそれを否定する。



私が想いを寄せてるのは彼じゃない。

昔から大好きな人は一人だけ。



「……ジェード様」



その名前が唇から溢れると同時に私は走り出していた。

後ろから引き留める声が聞こえたけれどそれどころじゃない。

全て思い出したからだ。

ジェード様の事、アンジュの影に飲まれた事。

ここはアンジュの影の中なのだろうか?

そうだとするならば一刻も早くジェード様を探さなければ。


ジェード様を探すために駆け出した私は気が付かなかった。

走り去る私の背中をガイルが悲しそうな顔で見つめていた事に。



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