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30話 悪夢

その夜、護衛も兼ねてジェード先生は私の部屋に泊まることになった。

もちろん、一緒に寝るわけではない。

ジェード様はソファーに寝ていて私はベッドに横になっている。

ただ、同じ部屋にいるだけ。

私の具合が悪いから婚約者として付き添いたいという説明をしたらしく、寮母さんからジェード先生のお泊まりは許可が下りている。



何かあったらすぐに対処できるようにって言うのは分かるんだけどちょっと緊張する…!!



暫く寝付けなかった私だが無理矢理目を閉じていたら睡魔がやって来た。

ふわふわする感覚に身を任せればそこからはすんなりと眠りに落ちることができた。







暫くして目を開けるとそこは一面の黒だった。

自分が寝ていたはずのベッドもジェード先生が居るはずのソファーもない。それどころか私の部屋ですらない一面の黒い空間。



……なにこれ、夢……?



一瞬首をかしげたけれど覚えがある気がして黒い空間に目を凝らす。

するとその奥で何かがこちらに向かって来るのが見えた気がした。



あれに捕まっちゃいけない!



直感的にそう思った私はこちらに向かって来る何かに背を向けて走り出す。

前にもこんな事があった気がする、凄く怖くて逃げても逃げてもあれは追ってくるのだ。


――……ど……し……――


何かは私を追いながら話し掛けてきているのだろうか、発する音が言葉のようにも聞こえる。


首だけ動かして振り返るとすぐ後ろにその何かが迫っていた。


――どうして――

「いやっ!!」


何かの声が一瞬、耳を掠めたと同時に私は悲鳴を上げて目を開けた。


「……っ!」


その瞬間、私の顔を覗き込んでいた人物と目が合う。

暫く見つめ返しているとそれがジェード先生だと分かった。さらによく見てみれば私が居るのは黒い空間ではなく、そこは自分の部屋だった。


「……ジェード、先生?」


名前を呼んでみるとジェード先生は安堵したように息を吐く。

片手が温い、どうやらずっと握っていてくれたようだ。


「申し訳ありません……魘されていたので起こそうかと思ったのですが、何度声をかけても目を覚まされなかったので……つい」


かなり心配したのだろう、温い手はきつく握られている。

痛いはずなのに恐怖から逃れられた安心感に涙腺が緩み涙が落ちる。


「も、申し訳ありません!」


慌てて手を離したジェード先生に自分からすがるように抱き付いた。


「……アリス、様?」


戸惑っているのが伝わってくるけれど離れてしまえばまたあの暗闇に戻されてしまいそうな気がして離れられない。

それほどに怖い夢だった。

私が震えていたのに気が付いたのかジェード先生はそっと腕を回して頭を撫でてくれる。

その温もりにさらに涙腺が緩んでしまい、それを隠すようにジェード先生の肩に瞼を押し付けた。


「怖い、夢を……見たんです。黒い何かに追われて……怖くてっ……」


上手く説明が出来ず怖かったと繰り返す私の腰に腕を回して抱き寄せると、ジェード先生は頭を撫でていた手で優しく背中を擦ってくれる。


「もう大丈夫ですよ、アリス。私がいますから、大丈夫です」


子供に言い聞かせるように穏やかな声で繰り返しながら背中を擦られる。

心地いいその感触に不思議と恐怖が和らいでいくのを感じた。





暫くして落ち着きを取り戻した私はぴきりと固まる。



これって滅茶苦茶恥ずかしい状況じゃない!?

怖い夢見て泣いたあげくに慰めてもらうとか、子供か!!



穴を掘って埋まりたいと切実に思った。

そんな私の心など知らずジェード先生は未だに背中を擦ってくれる。居心地は最高なのだが羞恥心に負けて身動ぐと少し体を離され至近距離で見つめられる。

幸いまだ夜中、部屋は薄暗いので互いの顔ははっきり見えない。

見えなくて良かったとつくづく思う。


「落ち着きましたか?」


「はい……」


子供扱いされたのと距離が近いのとで二重に恥ずかしく思いながら頷くとくすりと笑われた。


「それならよかった」


ジェード先生は安心したようにそう告げるとさらりと私の頬に手を伸ばす。触れられた場所に熱が伝わって暖かくなった。

恥ずかしくてドキドキするのにそれが心地よく感じる。



記憶が無くても私はジェード先生が好きなんだ。



そうでなければこの人に触れられてこんなに嬉しくなるはずない。

こんなに幸せな気持ちになるはずがない。

頬に添えられた手にすり寄るとジェード先生は私の額にそっと口付けてくれる。


「怖い夢を見たら起こして差し上げますから、もう少し眠った方がいいですよ」


「…………でも」


またあの夢を見るのではと思うと恐怖が甦ってくるような気がして、ジェード先生の服を掴む。

そんな私を見て暫く視線をさ迷わせたジェード先生はベッドの上にそっと乗り上げると私の体を横たえ布団をかける、そして隣にころんと寝転がると私の頭の下に自分の腕を差し入れた。


「これならすぐに気がつきます。だから安心してお休みください」



これ……腕枕ですよね!?

え、ちょ……乙女ゲームイベントか!!ジェード先生は攻略対象じゃないですよね!?



記憶がないのでなんとも言えないけれど多分違うはず。

なのに何でこの人はこんなに甘いのか、私を砂糖浸けにするつもりか!

心の中で突っ込んだけれど優しく頭を撫でられ、あっさりと私は睡魔に負けてしまった。

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