10話 正当防衛
留学して何日かすれば私も新しい環境に慣れ始めリリともすっかり仲良くなれた。
放課後にリリと校舎裏で待ち合わせをして『リリの破滅フラグをへし折る作戦会議』をするつもりだった私は、校舎の角を曲がったところで不意にレイジに声をかけられ足を止める。
前回一発拳をお見舞いしたことを咎められるかと思いきや彼は私との距離を一気に詰めると、とんでも無いことを口にした。
「君に惚れた。ジェード先生とは婚約解消して俺と婚約してほしい」
「貴方馬鹿ですか」
今度は顔面に拳を叩き込んでやろうかと思った。
大体レイジはアンジュの取り巻き……攻略対象だとリリアンヌが言っていたが何をどうしてそうなったのだろうか。
「私が了承するとでも思っていらっしゃるのですか?お断りします」
「君の拳で目が覚めた。俺に相応しいのは君だけだ」
熱の籠った視線で見つめられ思わず後退る。
叱られて喜んでるの?
目が覚めたってなに!?これがいわゆるマゾってやつですか!?
「俺のために手を出してまで注意してくれたのは今までの人生で君だけだ、きっとこれは運命!」
「勘違いです。有り得ません」
「あぁ、照れているのかい?そんなところも可愛い」
そう言ってレイジは私の両手首を掴む。
振り払おうとするのにやたら力が強くて振り払えない。
それどころか背中が壁に押し付けられた。
これもいわゆる壁ドンのひとつなのだろうが全くときめかない、それどころか私を見つめるレイジの瞳が虚ろに見えて恐怖すら感じる。
無理無理無理!!気持ち悪い!!
こうなったらもう実力行使にでるしかない……!
彼のお腹辺りを蹴り上げて強引にでも引き剥がそうと重心を後ろに移動させる。
万が一、レイジに怪我をさせたとしてもこれは正当防衛だ。
私が足を上げて思い切りレイジを蹴り飛ばそうとしたその瞬間。
「私の友達から離れてくださいっ!」
真横から分厚い本が飛んできて、レイジの頭にクリティカルヒットした。
その衝撃でレイジは床に倒れる。
「アリス!大丈夫だった!?」
駆け寄ってきたのはリリだ。
リリは私の体をぎゅっと抱き締めると暴力などが振るわれてないか確認する。
「怪我は!?手首を捕まれていたけどアザになったりしてない?」
「うん、平気だけど……リリ、仮にも王子にこんなことして良かったの?」
「あら、アリスも蹴り飛ばそうとしてたじゃない」
私が足を上げていた姿をリリはばっちり見ていたらしい。
「正当防衛よ。それより凄い命中力ね、是非私にも本を武器にする方法教えてほしいわ」
「あぁ、結構簡単よ?ダーツをイメージしてぶん投げただけだもの。でも本が痛むと困るからおすすめはできないわね」
リリの頭の中では自国の王子より本の方が大事らしい。
この王子ならそれも仕方ないと思ってしまうけれど。
「う、ぅ……」
私達がどんな身近なものなら武器に適しているか話していると床に倒れていたレイジが呻きながら起き上がる。
リリが私を庇うように前に出た。
「見損ないましたわ、レイジ殿下。庶民にうつつを抜かすだけではなく、嫌がる王女殿下に無理やり迫るだなんて!」
「……迫る?俺がアリス様に?」
本がぶつかった部分を擦りながらポカンと首をかしげるレイジをリリが睨み付ける。
「まぁ!とぼけるおつもりですの!?」
「待ってくれ本当に分からないんだ。今朝アンジュ嬢と話をしていたことは覚えているんだけど、俺はなぜこんなところにいるんだい?」
焦るレイジの様子を見るに本当に覚えていないようだ。
一体どういう事なの?
はっ!もしかして辺りどころが悪くて一部記憶が抜け落ちたとか!?
慌ててリリを見れば彼女も同じことを思ったのだろう困ったように眉を下げている。
困り果てた私達はとりあえずレイジを医務室に連れていくことにした。
リリアンヌちゃん、意外と容赦ないご令嬢です'ω'