破壊の音
ていうかここ、家じゃなくて倉庫だわ。
「あああーー!!! すみませんでしたーー!! やめてー!!! こっちに来ないでーー!!!」
カリヤの悲痛な叫びが倉庫に響く。
さっきまでの威勢の良さは消え失せ、必死に壁にへばりつく。だが叫びも虚しく、ショートはカリヤのいる方へと歩み寄ってきていた。
ちょおーー! 脳内実況者ー! こんなことになるなんて聞いてないっつーのー!
諦めきれずにガンガンと窓を叩くが、強化ガラスで出来ているらしくビクともしない。
さらにカリヤの足場は大量のゴミの上にある本棚であり、かなり高い場所ではありながら不安定だった。
「えっ、ちょ、ショ、ショートさぁん?? な、何するんですかー…?」
ショートは、ゴミの山に手をかけ、這い上がってこようとする。その凶器である爪がゴミを切り裂き、潰し、破壊していく姿はこれからの自分の末路かと錯覚する。
そして徐々にその手がカリヤへと伸びていく。
「あーーっっ、ちょちょちょ、ほんと!! ほんとにダメだってばあーー!!!」
ゴミをかき分ける際の揺れによって本棚もグラグラと揺れ出す。
カリヤは咄嗟に窓枠を掴むが、それでもバランスが崩れてしまい本棚から足が離れる。
「なぁっ!?」
いきなりの浮遊感に動揺し、足をばたつかせるカリヤなどお構い無しにショートは本棚を掴んで後方に投げ飛ばし、襲いかからんとする。
「UGAAAAAAAAAAAーーー!!!」
「う、るせぇっての!」
カリヤは吠えまくるショートの顔面にめがけて足を振り上げる。と、ちょうどその時振り上げた踵がショートの目に直撃した。
「!?」
「……およ?」
目に踵が当たった瞬間、猛烈なスピードで突進してくるような凶暴なショートが目を覆うようにうずくまった。
目潰し、有効?
しかし、カリヤの方もいつまでも窓枠にしがみついていられるわけもなく、握る力はもう残っていなかった。
―――せっかく弱点を突けたんだから、このままなんとかできねぇか……!?
カリヤの目にはうずくまっているショートの背中が見えた。必ずしも良い選択とは限らないが、それしか方法がないように思ったカリヤは力を振り絞り、体を前後に揺らす。
「と、りゃっ!」
その勢いのまま窓枠から手を離し、カリヤはショートめがけて飛び出した。
そして、茶色く毛深いショートの背中を力強く踏みしめショートを飛び越えた。
「お、おおっ! できた!」
「GUUU!?」
カリヤは飛び越えた先の床に強く着地する。足に響くような鋭い痛みが走るが、構わず駆け出す。後方にショートを置き去りにし、出口へと向かった。
よし、よしよし!!
これでまた距離をとって、別の案を───
しかし、ショートは諦めてなどいなかった。自らを侮辱し、逃げ惑う小さな存在を許しなどしない。生物的に執着心が強いというのもあるが、ショートは本能から訴えかけられるようなプレッシャーを感じていた。
――――――コイツヲコロサナケレバナラナイ
その信念が働きかけたのか、ショートは体内から力を感じた。
全てを無に帰すことのできるほどの威力のある禍々しい力を。
ショートはその力を、吐き出すように喉の奥にて溜めはじめる。
これならば、あの矮小な存在を吹き飛ばせる。
そして、アコナイトバイオレットの禍々しい球体がショートから放たれ、カリヤに襲いかかった。
「──っは………」
カリヤは地に伏していた。
背中から焼き焦がすようなナニカが自分を襲ったということだけが理解できた。
「……っ」
さっきから、声ではなく荒い息だけが喉から出る。しかし、背伸びをして買った襟シャツが焦げ、自分の背中がジクジクと焼けているのが分かる。
体力の残っていない指をどうにか動かし、道路のコンクリートに指を這わせる。
そのまま前へと進もうとするも、力がはいらずただもがいているだけに終わった。
くそ……こんな隠しだま、持ってたのか……
後方からショートが歩いてくる音が聞こえる。つまり今の衝撃はナニカが飛んできたということだ。
燃えるような痛み……一瞬でこんな風になるような物なんて、あの倉庫にはなかったはずだぞ……
むしろ、あったらとっくに使っている。
ビルが動いたり、電車が飛ぶような社会だ。魔法じみたことが出来ていてもおかしくない。
「っぐぅ………」
動かない。動けない。このままでは踏み潰されて終わりだ。いや、踏み潰されるならまだ良い。問題はうなじに存在するコンセントなのだ。このコンセントがショートに少しでも触れると、人間が死に至るらしい。
ぐちゃぐちゃになるのはいやだけど、一瞬で死ぬのも御免だ。
現在のカリヤのうなじにはなにも覆うものはなく、剥き出しになっている。
「い、やっ、だ………」
死ぬもんか。
こんな所で死ぬもんか。
約束したんだ。
妹に手紙を書いて送ること、ここで出会った男の子を家族に会わせてあげること、困っている人を助けてあげること──
あげればキリがねぇ。
なのに、なのに───
カリヤの背中に獣の足がのしかかる。焼き焦げ、ただれていた背中に鋭い痛みが走り骨が数本折れる。
「───っ!!」
喉の奥から血が零れ、呼吸もままならなくなっていく。
そんなカリヤを見下ろしながら、ショートはさらに力を込める。
バキバキと折れる骨、潰れていく内蔵や肺の感触にカリヤの瞳からは光が失われていった。
そして、ショートのその爪がカリヤのうなじに触れた瞬間、
脳髄に電気が走り、脳細胞が死滅した。
コンセントは───壊れてしまった。