concent
「あ?」
真っ暗だった視界が急に白くなる。焼けるような痛みも、息苦しさもない。
仰向けのまま、カリヤは、穴が空いた筈の腹に手を当てる。
しかしそこに穴はなく、あるのはあまり筋肉のない、華奢な自分の体だった。
自分の中にいる、もう一人の自分。
彼がこの傷を治してくれたのかと思ったが、なんだかいつもと感覚が違う。
いつもならば、意識を失い次に目が覚めたとき、必ず痛みと傷が残る。
上京してすぐに熊型のショートに襲われた時も、厶ーンという人型ショートに襲われた時も、完治するのに数日かかった。
それなのに、今は痛みも傷も全くない。
ファザーの屋敷に来るまでに受けた傷も、正気を失ったタイガから受けた傷も、火事による火傷もない。
───おかしい。
今までも死にそうな場面や、瀕死になった場面はあった。
そういう時はいつも、もう一人の自分がなんとかその場を解決していた気がする。
あまりにも不確かで身勝手な信頼。今回も同じように助けてくれたのかと思っていた。
カリヤは体を起こして辺りを見回す。
なにもない白い空間、壁も天井もなく、ただ白い床だけが続いていた。
「あーそっか、さすがに死んじゃったか」
ここは天国なのかもしれない。
そう悟ったカリヤは、四肢を投げ出して再び寝転がる。
思い出すのは、寸前まで一緒だったファザー、屋敷に来るまでに会ったハヤテやタイガ、サエカ、アズキ………今まで会った人達と家族の顔。
カリヤが死ぬ事で悲しむ人はいるだろうが、これが軍人の本望とでも言うのか、悔いはなかった。
キボウやロウにも会えるだろうか。
会えたなら、謝罪と感謝を伝えなければいけない。彼女らのおかげで成長できた部分もある。
「あ、そうだ。フタミにも会えるかな」
カリヤに自らのコンセントを差し出して、消息を絶ったフタミ。
カリヤは、フタミが命を落としたとは思っていないが、もしかしたらという思いが少なからずあった。
「これまでの苦労とか、事件とか、出会いとか……聞かせたらきっと羨ましがるだろうな……」
窮屈な場所を嫌い、人間関係を大事にし、面白そうなことにはとことん首を突っ込むフタミのことだ。
カリヤの今までの出来事を知ったら、場所を変われだの、ずるいだの、文句を垂れるに決まっている。
それこそ、夢半ばで死ぬなんて───
「情けねえ」
「え?」
カリヤの顔を覗き込む誰かがそこにいた。
黒い髪で、棘のようにはねる癖の強い髪。タレ目でつり上がった眉に、夜のような瞳。
まさしくそれは───
「フタミ……?」
「あ?」
「フタミじゃんか! え!? やっぱりここ天国なんだな!? ってか、お前も死んじゃったのかよー!」
飛び起きたカリヤは立ち上がり、フタミの背中をバシバシと叩く。
カリヤよりも遥かに高い身長も、筋肉質な体格も、別れた当時のまま。
カリヤは久しぶりに会った喜びで、口が軽くなる。
「やー、ほんとまじでこっちは大変でさー! 人助けができるっつーから、ショート対策軍に入ったはいいけど、これがもう大変で!」
「拉致監禁されるわ、脅されるわ、指名手配されるわ、手錠に繋がれて戦場に連れ出されるわで……」
「それでとうとう死んじまったみたいで! 笑えるだろ!」
「ファザーとか俺の死体見てびっくりしてんだろーな。タイガなんかさっさと見切りつけて、アズキに至っては駒の一つ失ったくらいで………」
「あー、でも、リンとか怒るだろうな……泣いて、怒って、恨んで…………」
───バカ兄貴。
そう呼ばれるのが目に見える。
きっと棺桶に八つ当たりして、葬式なんかしちゃくれない。
あんなに心配されて、それなのに危険な争いに身を投じた兄を、許してはくれないだろう。
次第に心の中にわだかまりが生まれ、勢いが削がれる。
「………なあ、フタミ。ごめんな。困ってる人を助けられるくらい強くは………なれなかった」
「……」
「できるぐらいのことはしたけど……多分素質がなかったんだな!」
カリヤは乾いた笑いで、自分の頭をかく。背中ごしにフタミの表情は見えないが、きっと呆れていることだろう。
「だから、俺はここで………」
「おい」
頬を片手で捕まれ、喋ろうとした口が閉ざされる。
カリヤのあまりの情けなさに、怒ったのかもしれない。
「もごもご」
───なんだよ。と塞がれた口で話す。
「てめぇは、誰だ?」
───は?
カリヤはフタミを手を口から離すと、信じられないとでも言うように目を見張る。
「な、何言ってんだ? 俺だよ。カリヤだよ」
「知らねぇ」
「あ!? じゃあなんだ!? お前はフタミじゃないのか!?」
喜ばしい気分が一転、目の前の人物が別人なら話は別だ。
「お前こそ誰なんだ!」
「知らねぇ」
「は!?」
「だぁから」
フタミとそっくりのその人物は、カリヤの胸ぐらを掴んで顔を近づける。
「てめぇは誰で、俺は誰で、どうして俺がここにいるのか説明しやがれ」
誰かを殺さんばかりの殺気で睨まれ、カリヤは動揺する。
「いやいやいや、説明して欲しいのは俺の方なんだけど!?」
「いんや、こっちが先だ」
「先とか後とかあんの!? ってか天国じゃないのここ!?」
「てめぇの中だ」
「は!?」
カリヤはまた、辺りを見渡す。
すると、先程まで何もなかったはずの空間にいくつもの映像が浮かび上がっていた。
アルバムのように、カリヤが今まで体験した出来事が至る所に映し出されている。
「なん、だこれ」
「てめぇの記憶だろうがよ」
「記憶……? なんで、こんなところに」
フタミ似の男の言葉を思い返す。
ここはカリヤの中、そう言ってなかったか。
「まてまてまて、仮にここが俺の中だとしてどうしてフタミ似の男が居るんだ……?」
さらに彼は自分のことが分からないという。既に、カリヤには心当たりがあった。
自分の心臓部。うなじにあるコンセントとは別に、カリヤは心臓部にもコンセントが存在する。
それはフタミがカリヤに差し出したコンセントだ。関連性はあるだろう。
「名前がわかんないんだよな?」
「んだよ、文句あんのか」
「いや別に……」
───昔の俺みてぇにめんどくさい。
と、思ったが、口には出さずに心にしまっておく。
「じゃあフタミに似てるからフタミって呼ぶけどいいか?」
「勝手にしろよ、俺が知りてぇのはどうして俺がここにいるのかってことだ」
「いやそれは……俺にもわかんないけど」
横柄なフタミの態度にカリヤは狼狽する。生前のフタミは明るく、いばり恐喝するような人物ではなかった。
実際、同じ顔で乱暴な態度を取られると、違和感しかない。
「でも……そうか、俺まだ死んでなかったのか……」
「てめぇが死んでたら俺はなんなんだよ」
「………死神みたいな」
「けっ、ふざけやがって」
やけに騒いだせいか、頭痛がする。カリヤは額に手を当て、腰を下ろした。
幻覚でも見てるのかもしれない。それとも悪い夢か。
だが、夢にしてはやけにリアルで、生々しい感覚だ。
「はぁー……」
なら、今目の前にいる彼が、意識を失ったカリヤの代わりに体を動かしていたのかもしれない。
ここまで乱暴な態度をとられると、カリヤを助けたというよりかは、目に入る全てに攻撃していた。というのが適切だろう。
「なあ、たまに俺の体、動かしてなかった?」
「なんだその変な質問。頭イカれてんのか」
「腹立つー………」
確かに、頭のおかしいことを言っているのは自覚している。
だが上手く説明できるほど落ち着いていないし、現状を把握出来ていない。
カリヤは真剣な顔でフタミに再び問いかける。
「俺はたまに、死にかけることがある。その時、代わりに俺の体を動かしたことがあるか?」
「あー? あー……あるな」
「まじか……」
確証のない予想だったが、正解だったらしい。
「つか、なんだよ。たまに死にかけるって」
「こう……バチバチって脳みそ焼かれる感じ。コンセントに触られた時かな」
「いやそうじゃねえよ」
「?」
カリヤは気だるげにフタミを見上げる。
相変わらず、不機嫌そうな表情で睨む彼の目からは、呆れの感情が見て取れる。
「死にかけてるんじゃなくて、実際に死んでんだよ。今も」
「?」
───あれ、天国じゃないんだよな?
「え、じゃあ俺、また意識無くして……?」
「だぁから、死にかけてるとか意識無くしてるとかじゃねぇんだよ、死んでんの」
「は……? 死んでたら、俺、生きてるわけないじゃん?」
「そうだよ」
カリヤの両手が震える。
熊のときも、厶ーンのときも、死んでいた?
───そんなの、
「ゾンビじゃん、俺」
死んでも生き返って、また死んで生き返って。
死と生を繰り返して、繰り返して繰り返して繰り返して───
これがコンセントを二つ持つことの代償なら、どうしてフタミは。
自分の手を見つめ、カリヤは真っ青な顔を覆う。指と指の間から見える、自分の思い出達が突然、偽物のように映る。
「は、はは」
「なに笑ってんだ気持ちわりぃ」
「───ほんと、気持ち悪いな」
ルーカスも見ていたのかもしれない。死んだはずのカリヤが生き返るのを。
それは到底、受け入れることなどできない。人間の範疇を超えた化け物──そう罵られてもおかしくない。
素直に同意したカリヤが気に食わないのか、フタミは舌打ちする。
「てめぇがどうなろうと関係ねぇ。生きる意思がねぇなら体を明け渡してもらうだけだ」
「……? 俺の体で何する気だ?」
「あ? そりゃお前……」
フタミは顎に手を当て、思案し始める。
納得のいく内容なら要求を呑んでやろうと、カリヤは立ち上がり、フタミと向かい合う。
うん。と頷き、フタミは決心したようにカリヤの目を見つめる。
どんな要求がくるのか、カリヤは唾を飲み込み、
「思いつかねぇな」
「思いつかねぇのかよっ!」
渾身のツッコミを入れた。
「あん? だっててめぇ、そりゃ思いつかねぇよ。俺が知ってんはこの空間と、てめぇがどんだけアホな人生送ってきたかってことぐらいだからな」
「は!? なに、お前、俺の生活覗き見してたの!? 気持ち悪いのはお前の方じゃん! 自分がゾンビだったっていう衝撃的な事実も吹っ飛ぶわ!」
「てっめぇ……また暴れてやってもいいんだぞ」
「おーおー暴れてみろや! どうせ死んでんだ、勝手にしろ!」
互いに互いを罵りあい、取り返しのつかないような挑発をする。
カリヤは半ばヤケクソだったが、フタミは暴れる許可を得たことに、ほくそ笑んでいた。
「いいんだな?」
「あ!?」
「てめぇ、後悔しても知らねぇぞ」
その瞬間、記憶の映像に囲まれていたはずの空間が歪み出す。
白い床が無くなり、一気に足場を失ったカリヤは落下していく。
「うわあああ!? おちっ、落ちてる!」
「はっ、てめぇの許可が必要だったとはな」
泳ぐように、バタバタと手足を動かすカリヤとは反対に、フタミは不動のまま落下する。
初めての浮遊感にカリヤの冷や汗は止まらない。
───このままじゃ、なにかに激突する!
落下していく先に、緑色に光る空間があった。
その色はまるでプラグに繋がれたコードのようだった。
「あれは!?」
「コンセント──なるほど、てめぇの言ってたことが理解できた」
「は!? 何言ってんのか分かんないんだけど!?」
フタミが何を言っているのか理解出来ぬまま、二人は新たな空間に飛び込む。
「っ……なん、だここ」
見渡す限り、光。粒状の光が互いに線を繋ぎながら点滅している。
それは夜空の星のようで幻想的でもあったが、同時に自分の体の異変を感じた。
光を見つめる度に、溶けていく感覚。まるでこの空間と同化していくようだった。
川で溺れたときのような感覚なのに、不思議と違和感はない。
緑色の光に包まれ、静かに眠りにつこうとした瞬間、その景色が一変する。
赤く、激しく、滾るような熱情。
あまりの興奮に、カリヤは閉じかけた目を大きく開く。
「──な」
そこには、生物の胃の中に大勢の子供が詰め込まれている光景が広がっていた。
血と肉の臭い。
思わず鼻を摘むが、強い臭いは消えない。いや、正確には摘む感覚がない。
「え?」
よくよく自分の体を見ると、両手が薄く透き通り、宙に浮かんでいることが分かった。
まるで幽霊のようだ。と思ったところで、ある人物が目に映った。
茶色の髪を後ろに束ね、フタミに貰った金色のピアスを付けている人物──紛れもなく、カリヤ本人だった。
つまり、今のカリヤは、第三者のように自分の体を眺めている状態。
はくはくと、あまりの衝撃に声を出せずにいると、実体のあるカリヤが動き出した。
強烈な臭いに顔を顰めつつ、感覚を確かめるように右手を動かすカリヤ──否、あれは。
カリヤの中に滞在し、生活を盗み見ていた居候。
フタミと瓜二つの彼は、幽霊となったカリヤへと振り返り、得意げに笑った。
「交代の時間だ」




