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コンセント·コンセプト  作者: なつミカン
3章 牙の在処
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助太刀と光

 さて、盆地内の爆弾処理ドー厶内では。



「スイッチが……ないっ!?」


 顔面蒼白のルーカスが頭を抱えていた。

 ルーカスの実家はクレピタス家という、古代遺物を扱う名家として有名である。


 もちろん、両親や兄弟から毛嫌いされていたルーカスでさえ実家の書庫に入ることができた。

 だからこそ古代遺物に関する知識が豊富である。

 さらに家族には内緒で実際の遺物に触ったこともある。

 その経験や知識から言えること、それは古代遺物には必ずスイッチがあるということだった。


 ドローンのような機械にだって、剣のような武器にだって必ずスイッチがついている。

 実際、ルーカスの目の前にある爆弾──プロメテウスにも電源スイッチと呼ぶべきものがあったわけであるが、そのスイッチとは別である。

 全ての遺物に共通して存在しているスイッチの本来の用途は、停止だということが本にも書いてあった。


 

 どんな物にも停止するためのスイッチがある。

 つまり古代遺物を使用していた人々はその遺物の危険性や暴発性を理解していたということ。



「……なのに」


 この爆弾にスイッチが存在していないということは、安全装置の必要がない相手に向けて放たれたということ。


 ──敵に爆弾を停止されては困る。


 そんな思惑を感じて、ルーカスは涙を流す。

 もちろん、真摯に古代遺物と向き合っていた彼だからこその想いもあった。


 しかし今、この爆弾によって危険に晒されている自分たちに一切の奇跡も用意されていないことが判明してしまったのだ。



 ───この爆弾は停止しない。



 敵を殺すために放たれ、不発に終わった爆弾は止まることを知らない。



「こんなことなら電源など入れず、隔離すべきだったっ……!!」



 ルーカスはクレピタス家で得た知識を元に動いたことを後悔した。

 電源を入れてしまった時点でもうこの爆弾を動かすことはできない。

 ほんの些細な振動で爆発する可能性があるからだ。


 しかし、涙を流すルーカスの耳には、確かな戦闘音と隊員達の悲鳴が届いていた。


 ショートに囲まれ、爆弾を処理できず、隊員は減っていく。これを絶望と呼ばずなんと言うのだろう。

 



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 


 ───ドー厶の外側。



「ケンジ様!」

「分かっています! 私もそろそろ限界が近いですから……」


 ショートの大軍によって壊滅状態に陥った盆地内。

 体内爆発によって混乱を極めた隊員は既に多くが地面に倒れ、その地面には大量の血が流れていた。


 おびただしい量の汗が滴り落ち、膝をついた導は隣に居るケンジを見上げる。

 糸をエフェクトで操り自らの武器とする導だが、その両手には数センチ程の糸しか残っていなかった。


「まさか糸がなくなってしまうとは思いませんでした……」


 普段は隊服の袖を引っ掻き、そこから解れた糸を使用する。

 足りなくなってしまった時のことも考えて予備のボビンも懐に用意してあったがすっかり無くなってしまった。


「それほどまでに多いということ。残っている隊員の方が少ないですよ……!」


 そんな導の様子を見て、ケンジは本を捲る。



「二土、六水、一理、一風、臨!」

 


 人差し指を本の上ですべらせ、集中する。



成就(スヴァーハ)!」



 ケンジの声に呼応するように糸の束が本から現れた。

 その束を掴むとケンジは導に投げ渡す。


「感謝いたします、ケンジ様」

「いえ、むしろあなたまで戦闘不能になっては困るので!」


 目の前のショートの群れに対応するのにいっぱいいっぱいの二人は、お互いにその場を凌いでいた。

 しかし、糸を作り出せるケンジの資質量にも限界が来ている。


「ほんっとにキリがない!」


 土の槍で犬型ショートを貫けば、背中から鳥型ショートに襲われる。

 鳥型ショートを風の刃で切り刻めば、足元にいる蛇型ショートに足を絡め取られる。

 多種多様なショートが多くいるため、普段通りの実力が出せない隊員も多くいた。


「導、あとどれくらいもちますか!?」

「数十分は……しかし、このままでは……」


 その時、ショートの群れに対応する二人を覆うような影が落ちた。

 見上げるとそこには、剛毛で覆われた三つの頭。一つの胴体に繋がれ、荒々しい呼吸で二人を睨めつける犬型ショート。


「は……!?」

「特異体、でしょうね……!」


 驚きで目を丸くしたケンジの前へと駆け出し、導は新たな糸をプラグに引っ掛ける。


「この度は五尺に致しましょう!」


 物質発動のエフェクトによって波打つ糸は導の指となり、瞬く間に三つの頭を持つ犬型ショートの四肢に絡みつく。

 導の体が犬型ショートとすれ違う頃には既に四肢の自由を奪っていた。

 ぴん、と張った糸は四肢だけでなく、ショートの喉元を苦しめる。一切の身動ぎも許さない。


「ケンジ様!」

「分かっています! 七土、一水、二火、皆!!」


 身動きのとれなくなったショートが暴れ出すより前にケンジが技を繰り出す。

 それは巨躯を挟み込むようにできた土壁であり、その二つの壁はお互いに距離を詰める。


成就(スヴァーハ)!!」


 そして走ることも立つことも許さず土壁で胴体を挟み、封じ込めることに成功した。

 しかし、一つの胴体の動きが止まろうと動き続ける頭が三つ。

 それを見たケンジは安堵することなく、すかさず自らの班員に声をかける。


「首を斬れ! ダイゴ、凋命(チョウメイ)、アッシュ!」


 短髪の青年や、黒髪をお団子にまとめあげている女性、長い灰色の髪を後ろで束ねている少年が同時にショートへと駆け出す。

 一人は太刀を、一人は鎌を、一人は斧を。

 地面を強く蹴りあげ空中に舞い上がった三人はショートの首めがけ、全体重を己の得物にのせる。


 太刀を持った青年は首を一刀両断し、

 鎌を持った女性は首を刈り取り、

 斧を持った青年は首を断ち切った。


 

 三つの頭を同時に落とされたショートは力なく倒れ、頭と共に塵へと化していく。



「っはー、マジ勘弁してほしいわ班長」

「生意気なこと言わない方がいいネ」

「でも……良かった、お二人共まだ生きてて」


 首を落とした三人は各々、班長であるケンジや導に声をかける。

 ケンジ班の中でも屈指の戦闘力を持つメンバーであり、ケンジからの信頼も厚い。


 短い茶髪で、太刀を肩に担ぎながらだるそうに班長への愚痴を漏らすのはダイゴ。体格に恵まれた彼は太刀を振り回し派手な攻撃をすることが多い。

 黒髪をお団子にまとめあげ、ダイゴの脇を肘でつついている女性は凋命。彼女は鎌を巧みに使い、どんなショートであろうとも上手く対応することができる。

 伸ばした灰色の髪を後ろでしばり、ダイゴと凋命の仲をとりもっている少年はアッシュ。幼いながらも年長者に劣らない程の筋力を持ち、斧で様々なものを両断することができる。



 ───この三人以外は皆、苦戦しているようだ。


 ケンジは三人の余裕そうな表情と戦況を観察した上でそう思った。


「三人とも、無事でなによりだ」

「っはー、無事じゃなかったらどうするんすか?」

「いちいちうるさい男ネ」

「まあまあ、二人とも……」


 持久戦において、プラグよりもエフェクトを多用する隊員は資質量によって実力が分かれる。

 しかし、殺傷能力の高いプラグを用いる隊員にとって持久戦はそう辛いものでは無い。


 三人が近くにいなかったため、不安を感じていたケンジ。

 だがこうして集まったのは僥倖だ。



「君達に頼みたいことがある。今、ドー厶状にしてある、あの土の塊を死守してほしい」


 ケンジの指さす方に三人の視線が集中する。


「っかー、なんなんすかあの塊? 死守って?」

「あの中には爆弾がある。ルーカスが傍で解除をし続けてはいるが……」



 時間がかかるだろう。と言うよりも早く、三人がケンジの言葉を遮る。


「えっ、ルーカスの野郎が!?」

「ルーちゃんが!?」

「ルーカスくんが!?」


 三者三様の驚きを見せ、お互いに顔を見合わせる。

 普段から決めポーズを心がけ、キザのような仕草を見せるルーカス。

 同年代からは奇異の目で見られることで有名だが、実質彼のようなクセの強い人間は少なくない。


 かくいう、この場にいる面々も相当なクセを持っていた。



「っかー! ルーカスの野郎も頑張ってんだなあ!」

「死守すればいいアル? 任せろネ!」

「ルーカスくん……大丈夫かな……」


 類は友を呼ぶ。

 ルーカスはケンジ班に居るうちに先輩たちに可愛がられていた。

 だからこそ、ケンジはこの三人を呼び寄せたのである。


「では任せましたよ」


 了解、と三人の声が重なる。

 そうして、ケンジは導と共に倒れている隊員の元へと駆け出した。




 その場に残された三人は班長、副班長へと手を振り、その姿がほとんど見えなくなると武器を構えた。

 半球状の土壁を三方向から守る陣形。

 三人の目には前方の敵しか映っていない。


「っかー! 粘れよルーカス!」

「ウチらが守ってやるネ!」

「お互い、頑張りましょうね!」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 ───悲鳴以外の声が聞こえた。


 まだ諦めていないと、まだ頑張ろうと、まだ戦えると、そう己を鼓舞する声が。

 その声はルーカスを叱り、褒め、慰めてくれた先輩方のものだった。

 誰よりも輝きたいと願うルーカスよりも明るい光を持つ彼らに、ルーカスは憧れを抱いていた。


「先輩……っ、でも僕は……」


 為す術なく爆弾の目の前でへたりこんでいるルーカスには、一縷の希望さえ見えない。

 やる、やらないではない。できないのだ。



 しかし、どうしようもなくただ呆然としている自分は今、どうだろうか? 

 本当に解除できないのか? 

 ドー厶の中で外にいる仲間の死をじっと待つだけか?



 折れかかっていた心が自身に問いかける。まだやりようはあるんじゃないかと、諦めるときではないんじゃないかと。

 そうするうちに、過去のカリヤとのやり取りを思い出す。





『自信とかいらねぇから、さっさとやってくれ』

『なっ…! ぼ、僕がどんな気持ちかも知らないで…!』

『ああ、知らねぇよ。自分の輝いている姿を見て欲しい割に、暗い場所でこうやって自信喪失してるお前以外はな!』



「………あの時と同じだ」


 暗い土壁の中ですっかり自信を失ってしまっていると、自分でも理解できた。

 そしてそんな自分が情けないことも。



 ルーカスはゆっくりと古代遺物プロメテウスの表面を撫でる。

 昔の人は、こうして遺物と触れ合い心を通わせていたと聞く。

 自分にも同じことができるとは思わないが、少しでも爆発を抑えることができればと思っての行動だった。



 額をつけ、願う。







「プロメテウス、どうか、止まってくれないか……?」





 ──嫌だ。


 脳に直接、声が届いた。

 幼い子供のような声。これがプロメテウスの声なのかと、ルーカスは驚いた。


「っど、どうして……なんだ……っ!?」



 ──嫌なんだ。



「どうしても、止まってはくれないのか……?」



 ──ひとりになるから、嫌なんだ。

 ──ワタシを愛してくれた人がここにワタシを放り投げた。

 ──それがあの人の役に立つことなら、許せた。

 ──なのにどうしてこんな場所でひとりにさせたの。

 ──寂しい。

 ──この気持ちを永遠に持つぐらいなら。

 ──いっそ粉々になって散りたい。



 怒りと寂しさが混ざったその声に、ルーカスは胸が締め付けられた。

 ルーカスは、家族からは愛されなかったものの、ショート対策軍に来てからは良い友人と良い先輩に恵まれた。

 けれど遺物となってしまったプロメテウスを愛してくれる人はもう居ないだろう。


 ルーカスはプロメテウスを慰めるように撫でる。



「そうか……君は前の僕にそっくりだ」


 

 ──そっくり?


 プロメテウスが不思議そうにルーカスに問いかける。



「ああ……誰かに見てもらいたいのも、認められたいのも今と変わらないが……何よりも孤独になることが嫌だったのさ」


 だから他の人が変だと思うようなことをして気を引いた。誰かの目線を浴びることで安心感を得ていた。


「けれどそれは逃げだったんだよ。努力しなきゃちゃんと見て貰えないんだ」


 努力して輝いてみせろ。そう言っていたカリヤは、怖気ずいていたルーカスを奮い立たせた。

 

「そう教えてくれた彼なら、きっとこう言うだろう」



 ルーカスはプロメテウスに向けて手を差し出した。






「僕と一緒に、笑って生きよう。」

 


 


 

 




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