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コンセント·コンセプト  作者: なつミカン
3章 牙の在処
73/75

開放と解放

 ──そして時は現在へ。

 五十年前をきっかけに流水大地で根付いたパラボネラの木々が枯れ木となる。

 葉は散り、幹は悲鳴をあげるように割れていった。


 その最中、この流水大地の成り立ちと命の恩人に思いを馳せていた老人は、悲しげに白い布を掻き抱く。

 しかしそんな感傷に浸る暇はない。

 今では老いてしまったヨゼフと、獣人の子供であるハヤテは四方を大量のショートに囲まれていた。


「だ、ダメだ……もう、逃げ場なんてない……!!」



 ハヤテはあまりの絶望に戦慄く。自分の家でもあった屋敷が人型ショートに攻め込まれ、逃げた先でも獣のショート達に囲まれる。

 今まで決して安全な環境で生きてきたわけではないが、ハヤテに出来ることはせいぜい数匹のショートを追い払う程度だった。

 本人も自分の実力は十分に理解している。

 だからこそ今のこの状況が絶望的だということを、幼いながらに悟ってしまった。


 だからこそ仕方ない。

 恐怖に押しつぶされそうになった彼が、死を目の前にして大声を上げてしまったのは。



「ウオオオオオオオオ───!!」


 ハヤテに流れる血の半分はチーターである。鋭い爪を持ち、獲物目がけて高速で接近する肉食動物。

 そして獣人である彼は今までにないほどの恐怖に苛まれ、自身でも制御できない本能のようなものに身体をうち震わせた。

 それは四肢の獣化に留まらず、次第に全身から淡黄色の毛が生え始め、骨格は人間よりも獣らしく変化する。


 ──死にたくない、生きていたい。

 その感情のおもむくままに牙を剥いたハヤテは目の前にいた犬のショートに噛み付く。


「フゥッ!! ウガァッ!」


 口の中に広がる血の味にハヤテの呼吸は荒くなり、獣としての本能が剥き出しとなる。

 しかしショートも獣。

 ハヤテに仕返しするように狼型のショートや鳥型のショートはハヤテの背中に噛み付き、啄み始める。 

 互いが互いに食らいつき、血と肉片が飛び散る。


 いつぞやの光景のようで、ヨゼフは心の底から悲しんだ。

「閉じ込めたショートは増え続け……そして、貴女の命が潰えた瞬間に溢れ出す……あぁ……なんということだ……」


 ヨゼフの両目から涙がこぼれ落ちる。

 自分にとって大切な人が命を賭して守りきった土地が再びショートに荒らされる。

 それを恐れて村を作り、常に大地と共に生きてきたヨゼフにはもはや生きる意味など無くなった。

 

 目の前で獣が獣を喰らう姿に、ヨゼフはついに心が折れる。

 きっと獣人の子供が食われた後は自分の番だと。

 いいや、自分たちだけではない。屋敷にいた他の子供や盆地にいる軍人達、露店を開いていた人も村の人々もショートの餌食となる。


 ほんの延命にすぎなかったのだ、五十年間耐えただけだ。

 村長として逃げ出すべきだった。いずれこうなる運命であればこの土地を捨てるべきだった。



「でも、私は───」


 背後に近づくショートの気配に死を悟る。先に旅立ってしまった人を思い、空を見上げ目を瞑った。

 もうすぐそちらへ向かう、そう呟いたが一向に痛みが襲ってこない。



「──?」


 むしろ冷気が身体中を覆い、ショートの唸り声さえ聞こえなくなっていた。


 ゆっくりと目を開け、辺りを見渡す。

 そこにはヨゼフに襲いかかろうとするショートの鋭い牙が眼前に広がっていた。

 しかし、広がっているだけで実際にヨゼフに届いてはいない。

 その獰猛な姿はまるで時が止まっているかのように空中で静止していた。


 いや、正しくは凍っている。

 ヨゼフとハヤテを除く空間が氷で埋まっていたのだ。



「これは……」

「───失礼」


 声のした方を見る。

 凍てついた地面を優雅に歩く姿はどこかの令嬢のようだった。

 その手に持つ薙刀と、一般人でもそれと分かる凄まじい資質の持ち主。


 桃色の髪を靡かせる少女は、穏やかな顔でヨゼフへと近づいてきた。



「お怪我はない?」

「あ、ああ………」

「そう。ごめんなさい、今は気が苛立っていて……声をかけてから凍らせるべきだったかしら」


 一瞬で空気ごと凍らせる程の軍人だと気づいたヨゼフは、激しく頭を横に振る。


「いえ……いいえ……! で、ですが……何故ここに……」


 助けを呼んだ覚えがヨゼフにはなかった。

 それにたった二人を助けに行くためにここに来たとは思えなかった。

 しかし桃髪の少女は何も答えずにヨゼフの目の前でしゃがむ。

 目線を合わせ、じっと見つめられたヨゼフは彼女の思惑が読めずたじろぐ。



「……なるほど、あなたのことね」

「それは、どういう……?」



 その少女はヨゼフの右手をとると、一本の刀を鞘に納めた状態で手渡した。

 

「これは……!」

「避難したのにも関わらず、これを持ってまたこの盆地に戻ってきた命知らずの女の子があなたに渡して欲しいと言ってきたわ」

「私の……命のプラグ(アニマ・プラグ)……」

「全く、あの子の勇敢さは凄まじかったわ……クルックに爪の垢でも煎じて飲ませたいくらい」



 桃色の髪の少女──アズキはため息をつきながら刀を託してきた女の子──梅のことを思い出す。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




『あ、あのっ!』

『あら? あなた、避難していなかったの?』


 サエカにカリヤを連れ去られた後、盆地付近のショートを一掃していたアズキ。

 そこに救助したはずの和服の女の子、梅が話しかけた。


『いえ……避難はしたのでしですけど、持っていかなきゃいけない物があったのでまた来ました!』

『持っていかなきゃいけない物? それはあなたの命に代えられる物なのかしら?』

『……はい』


 梅はなにかを覚悟していたかのような顔つきで、アズキの皮肉めいた言葉すら正直に答える。

 大量のショートの凍死体をくぐり抜け、わざわざアズキの元まで来たのだ。

 それくらいの覚悟がなければむしろ来ないだろう。


『……見せてもらえるかしら』

『はい、この刀でしです。この刀は私の家でずっと大切に保管されていたものでしです』

『その刀を……あなたが使うの?』

『いえ……母から然るべき時に、ある人物に渡して欲しいと言われていました』


 アズキは梅に渡された刀をあらゆる方向から眺める。

 なんの変哲もない刀のように見える。

 が、アズキの"資質を見抜く眼"には、その刀がプラグと同等の力を持っていると分かる。


『……その人物は誰のこと?』

『それが……私にも分からないのでしです。でもその刀の持ち主だったそうなので、もしかしたら隊員の方なら分かるかと……』



 運がいい。とアズキは思った。

 普通の隊員ならここで匙を投げるしかないような案件だが、生憎とアズキの眼とは相性がいい。

 アズキは、不安げな顔で見上げる梅の頭を撫で自信に満ち溢れた顔で微笑んだ。




『ええ。任せてちょうだい』





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





「それで? あなたはその刀で何をしてくれるのかしら?」


 アズキは目の前の老人を見て、期待するような声色で問いかける。

 実際、梅とこの老人になにかしらの関係性があるのだろうがアズキの知ったことではない。

 問題は "今のこの状況" で "この老人" に刀を渡すように言いつけられていたという事実。


 それはつまり予見していたということ。

 今のこの状況下でこの老人が生きていた可能性は限りなく低い。

 現に、獣人の大声を聞いたアズキが助けに来なければショートに殺されていただろう。


 それではまるで、アズキが助けに来ることでさえも予知していたかのような言いつけではないか。


 ───これで何も起きなかったら逆におかしいわ。


「申し訳ないが……この刀を持ってきてくださった女の子の名は……?」

「梅よ。和服で、黒髪のおカッパの子。ご存知?」

「そうか……あの子だったか……」


 老人は穏やかに、そして安心しきったかのように笑う。


「お嬢さん」

「なにかしら」

「もし………もしも、この盆地が無くなったら、軍は困りますかな?」

「……」


 オケナガス盆地は軍にとって、養育施設のようなものだ。一方でお祭りのように露店が開かれ、一種のイベントと化している。

 正直、無くなっても大して困らないはずだが、今回の事態を目の当たりにしたアズキは返答に時間を要した。


「………困る人が出てくるだろうけど、軍としては大して困らないわ」

「そうですか」


 老人はすらり、と鞘から刀を取り出す。

 その刀身は五十年経った今も刃こぼれがなく、老人の顔が映り込むぐらいの美しさだった。

 老人はその刃先を自らの左腕に当てる。



「では、この流水大地を更地にしても問題はありませんな」


 刃の当たった所から赤黒い液体が滴り落ちる。

 アズキはその流れを見つめながら問いかけた。


「……何故?」

「私の上司はこの大地を潤し、皆を守り、そして今も、強い軍人を育てるための糧となりました。しかし……」


 それはどれほどの痛みだったのか。

 それはどれほどの寂しさだったのか。

 それはどれほどの苦しみだったのか。


 老人はそれを思う度に、胸が締め付けられる思いをしていたことをアズキに打ち明ける。



「解放してあげたいのですよ……五十年間も守り続けてくださった彼の人に会いたいのですよ」

「……」

「であれば、もう十分なのですよ」


 老人の血に反応した刀が緑色に発光する。

 そして血を吸い、刀身を赤に染めていく。見ているだけでも相当な痛みだろうと分かる。

 しかし、その老人は晴れやかな顔をしていた。



「───貴方、名前は?」

「………ヨゼフ、と言います」


 老人──ヨゼフは赤くなった刀をいつかの軍旗のように地面に突き立てる。

 その突き立てた場所から急速に植物が枯れ始める。否──パラボネラ植物だけが消滅していく。


 アズキはその光景を見て、薙刀を構えた。

 パラボネラ植物が無くなるということはショートの襲来を意味するのだ。


 無防備になるヨゼフを守り通す。

 それが自分の役目だと察したアズキは、影から現れたショートを一瞬で氷像へと変える。



「ヨゼフ、ショートのことは気にしなくていいわ。私達はショートを倒すために成長した」



 背後に接近してきたショートを薙刀で真っ二つに切断する。



「数十年前よりもずっと、強いわ」



 上空に飛びかかってきたショートを蹴り飛ばす。


「オケナガス盆地なんていう練習場は、もう必要ない」



 四方から駆け寄ってくるショートを氷柱で串刺しにする。



「だから好きにしなさい。貴方の悔恨がそこにあるのなら、私は止めないわ」


 殴る、蹴る、刺す、切る、切る。

 アズキは全身でショートを倒し、蹂躙する。


 血をプラグに送り込むことで皮膚が剥がれ落ち始めたヨゼフを見つめる。

 






「───私が看取ってあげる」





 




 


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