右腕の鳥
「アッハハハハハ!!」
高笑いしながらフォボスは鋭い爪を連続で振るう。
だが、ファザーはその動きを見切ったかのように剣でさばく。金属と爪がぶつかり合う音が十を超えた辺りで、舌打ちをするフォボスが後方へと下がった。
「なるホど! これでやっとホンキを出せるというものです!」
「……!!」
フォボスは鋭い爪をしまうと手のひらから炎を出して見せた。屋敷を蝕む炎と同じ色をしてはいるが、その威力はその並ではないだろう。
「あぁ、大丈夫ですよ。あの子は温存しておかなけばならないので……これで勘弁してくださいねぇ!」
ぐっ、と足に力を込め、地面を蹴るとフォボスは一瞬でファザーの眼前に近づく。そして炎を纏った拳をファザーの腹に一発食らわそうとするが、ファザーは咄嗟に身を捻りその拳を逆に掴む。
「っぐぅ!」
焼けるような痛みに襲われながらも右手と同化した十字剣を下から振るう。
だがその剣筋を読んだフォボスは掴まれた拳をそのままに空中に跳躍し、ファザーの顔面に蹴りを入れる。
「っ!」
「ハハッ」
ヒールで負傷した傷を治すことが出来たものの、未だに疲労感や倦怠感が抜けないせいかファザーはフォボスの攻撃を受けてしまう。
フォボスの素早い動きと、柔軟性に攻撃をかわされ逆に向こうの飄々とした動きに翻弄される。
「っは……、はぁ……」
「なぁんだ、こんなもんなんですか?」
フォボスは軽く手のひらを払うと、呆れた声を出した。
「ドウホウ達の中で、ボクがなんて言われてるか知ってますか?」
「……」
「───妖狐。ヒトをバかし、タブらかす存在ですよ?」
細い目をさらに細め、フォボスはゆっくりと部屋の中を歩き出す。一歩、二歩、進んで、しかしファザーの目にはフォボスが移動していないように見えた。
むしろフォボスの姿が一つではなく三つに増えていることに気づいた。
「化け狐が……」
「ボク達兄弟はブンシンするのが得意でしてね。さて、まだまだアソビ足りないですよねぇ?」
フォボスの声が三つに重なって聞こえ、ファザーは身構える。一体だけでも手こずっていたのにも関わらず、三体まで分身されてはたまったものではない。
だが、やられっぱなしではいられないとファザーは剣を構え直す。
「……ああ、まだこの剣の真髄をお前には見せていないからな」
「真髄ぃ? 養ブン吸わせて、剣直して、ホカになにかできることでもあるんですか?」
フォボスは堪えきれないように笑いを零す。そして分身達の肩に手を乗せ、満面の笑みを浮かべる。
「命のプラグだからって、このボクに勝てると──」
ぴちゃん、と足元から音がしてフォボスは口を閉ざす。火事の真っ只中にある屋敷内からは決して聞こえない筈の水音──
「やっと見たようだな」
「っ!!」
ぎゅん、とフォボスの足が引っ張られ、膝をつく。視線を左右に巡らすと、分身たちにも同様に蔦のように水がまとわりついていた。
「ぐ、ぅ」
「この剣は養分を吸わねば生きていけない。どうやら私の分でも足りないようだ」
「こん、の……っ」
蔦に絡み取られ、フォボスの体は地面に釘付けになる。
「お、かしいですよねぇ!? ヒの海の中、どうしてこう易々と……!?」
歯を食いしばりながら、フォボスは手のひらに炎を纏わせたまま蔦を引っつかむ。しかし虚しくも水蒸気が発生するだけで、蔦がなくなるわけではなかった。
普通の水ではない。そしてエフェクトで出した水でもない。プラグ本来の姿、十字剣の延長線。
よくよく見れば地面一帯が水で浸されており、どうして気がつかなかったのかとフォボスは舌打ちをした。
「今度はこちらが見下ろす番だ」
ファザーは剣の切っ先をフォボスに向け、言い放つ。
「っハ、どうですかねぇ……まだまだブンシンを出せるって言ったらどう思います?」
「いやそれはないだろう」
「……」
「分身の手応えが無さすぎる。流星が見逃したのも無理はないな、所詮は分身。外見と中身が合っていなかっただけだろう」
「チッ」
先程までの笑みを保てなくなったフォボスは、ひたすら蔦を引きちぎろうと暴れる。
「切れることはない。零れた私の命の結晶だ。むしろ、大切に扱って欲しいな」
「戯言を……」
「──お前の命が、その程度ということだ」
プラグに命を吸われ、汗が滲む額をそのままに、ファザーは語気を荒らげる。
「唯一の屋敷を燃やし、我が子達を捕まえては養分にさせようとする……どれほどまでに人の命を愚弄すれば気が済む!? ただでさえ、ここにいる子供達は一度命を捨てられた身だ!! それを……お前は……!!」
「……うざったいんですよ、そういう情」
「なにを……っ」
フォボスは水の蔦に抗うのをやめ、静かに言葉を紡ぐ。その表情には嘲りも侮蔑もなかった。
「結局、そのヒトを捨てたのは同じヒトでしょう? その命をボク達がどうしようと、勝手でしょう? そもそもヒトなんて……運良く生き残ったネズミにすぎないですよ、ボク達からしたらね」
「運良く……?」
「この世界は、ヒトのものじゃないって意味ですよ……って、言っても分からないと思いますけどねぇ」
フォボスは呆れたように首を横に振ると、ファザーを下から睨んだ。
「ボクの命がどれだけのものか、知りたいですか?」
「──黙れ」
ファザーはその不気味さを察知し、フォボスからの反撃を封じる為にもその右肩を十字剣で切り裂いた。
「……っ」
「お前の話を聞いている暇は私にはない。おとなしく命を落としてもらおう」
「っ、ハハッ、焦ってるんですか? でも、それが裏目に出ないと良いですね?」
「──?」
切り裂かれた右肩から、ボトリと右腕までが落ちる。
「ああ、ここで出すつもりはなかったんですけどね……」
ショート──地面に釘付けになったフォボスにとって、その反応はまるで生きがいだった。
ヒトが苦しむ様に、連鎖するように苦しむヒト。今フォボスが受けた痛みよりも心にヒビいたであろう精神的な痛みを見るのが、なによりも幸せだった。
「アハハッ、そうかぁ……ムーンもこんな痛みを味わったのかぁ……」
痛みのせいか、主から与えられた力を思い出した。確かムーンも嬉々として自慢していたような。
確か、火を──
「いや、いまハまだやめときましょう。それよりも先に……」
言葉に応じたように、切り落とされたフォボスの右腕が燃え始める。
「なに……?」
「まずハこの蔦をどうにかしないと、ですから……」
そうして燃え続ける右腕は、次第にその形を変えどんどん巨大化していく。ファザーはその変貌に慌てて後退し、身構える。
「これは……!?」
「ボクの右腕──そのまま文字通りですけど、とっても役に立つんですよ?」
最終的にその火の塊は宙に浮き、生き物のように蠢き出す。そしてその火の塊から飛び出す火の粉が辺りに散らばる。
まさか、と思った時には散らばった火の粉が派手な音を立てて地面の水を蒸発させる。その範囲はどんどんと広まっていき、しまいにはフォボスを縛りつけていた水の蔦さえも徐々に蒸発し消えていく。
「なっ」
「そこらにあるヒとは比べものになりませんよ? なにせボクの右腕は、」
丸くなった火の塊がその動きを止め、翼を広げる。その衝撃でファザーの顔には熱気がぶつかり、部屋の温度をさらに上昇させた。気づいた時には、切り取った筈のフォボスの右腕が治っていることに戦慄した。
フォボスはその火の鳥の顎を治りたての右手で撫で、立ち上がる。そしてその細い目を開くと口角を上げてみせた。
「───不死鳥、ですから」
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「はっ、はぁっ、も、もうすぐ!! もうすぐだからね!!」
「あっ、あああ………」
「どうしたの!?」
獣人特有の足で地面を蹴り、背中に老人を背負った少年──ハヤテはもうすぐで盆地に差し掛かるというところまで迫っていた。
しかし、先程から老人の声がなんだかおかしい事にハヤテは不穏な空気を感じ取っていた。
なんとなくここまで走ってくるまでに森全体が枯れているような気もして、内心穏やかではない。
「なんだよ、なんなんだよっ!! なにが起こってるんだよ!!」
頭に浮かんでくるのはやはり育ての親であるファザーの顔と、いつもつるんでいた子供達、さらには先程すれ違ったお兄さん達であった。
枯れ始める森に、ショートの奇襲、なにか大規模な事が起こっていることは間違いないが、足の速さに自信のある自分が一番、その現状の理解が遅れていることにショックを受けていた。
「なぁ、おじさん! 盆地でなにするつもりんだ!? あそこにいるのはショートと対策軍の人達だけだよ!?」
「もう……」
「え!?」
ハヤテが首を後ろに回すと、老人はなにかの布を握りしめ、わなわなと肩を震わせていた。
「もう………遅い………間に合わなんだ……」
「だ、だからなにが!?」
ハヤテは老人のその反応に、つい足を止めた。すると、老人の持っていた布に染み込んでいた赤色が全て消え白くなっていくのが視界の端に見えた。
「────え」
途端、森がざわめき出す。完全にパラボネラの木が枯れた。視界も開け、盆地まで本当にもう少しの所で黒い影が地面から生まれる。
犬であったり、鹿であったり、狼であったりするが、そのどれもがショートである。
「な、んでここにショートが……っ」
「すまん……すまん………私は……っ、守りきれなんだ……!!」
老人は白く、赤の抜けきった布を掻き抱く。
「────ササ班長……!!」




