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コンセント·コンセプト  作者: なつミカン
3章 牙の在処
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理由なんて

 ふらり、とタイガは立ち眩んだ。随分と暴れ回ってしまったのか、妙に身体が怠い。自らの大剣を支えになんとか踏ん張るが、片膝をついた。


「ぐ……」


 ただでさえ正気を失い、カリヤに斬り掛かるなどという暴挙を犯してしまったにも関わらず、疲労で身体が動かせないなどタイガは自分が許せなくなっていた。

 アズキに連絡をとろうともノイズばかりで出来ず、しまいには当てもなくふらつく始末。

 あまりの情けなさにタイガは下唇を噛んだ。


「随分と腑抜けたな……」


 カリヤの監視に就いた時、いやその後にこの屋敷に訪れた時からタイガは何故かいつものように振る舞うことが出来なくなっていた。いつもならばただ無機質的に、感情になど流されるような行動は取らなかった。

 しかしカリヤの言葉にいちいち反応したり、反抗したり、賛同したりするうちに、何故だか嫌な気分がしなくなっていた。

 そう、まるで最初は警戒していたはずのキクに、心を許し涙を流したように───


 その考えに至った途端、タイガは打ち消すように頭を激しく振った。


「そんなわけがない」


 タイガが、暴走したカリヤを止めに入ったあの事件──彼の様相はまるでショートのそれであった。確かに敵側の人型ショートに対しての攻撃は、的確に相手を殺すための動きだった。しかしタイガに対しての鋭い目つきと、攻撃行動に関しては思うところもあった。

 その思うところ。を上手く言葉に出来ずにもいたが。


 タイガは握っていた大剣に力を込め立ち上がる。そして屋敷を出ようと扉の取手に手をかけ、



「待って!!」


 後ろから誰かの叫ぶ声が聞こえて、手が止まった。この声を前にも聞いたことがある。ゆっくりと振り返ると、そこには自分と同じく真紅の赤髪をもつ少年が立っていた。今にも泣きそうなその表情に既視感を感じて、無意識に目を逸らした。

 

「……なんだ」


 確かこの少年と屋敷の主人を、カリヤが連れてくると言っていたはず。どうしてここに。

 一度逸らした視線を再び少年に向ける。すると、少年が瞳に涙をためているのが見えた。

「お願い……助けて、ほしいんだ……!!」

「助け……?」

 その少年の緊迫した様子に、さすがのタイガも首を傾げた。火事で動けないという意味ならまだしも、助けてとはやけに物騒だ。

「ふ、ファザーが……!! ファザーが死んじゃう!!」


 ずきん。と頭が痛んだ。


「ファザー、と、いうのは……お前にとっての、なんだ……?」

 タイガはあまりの痛さに、頭に手を当て、途切れ途切れに問いかける。そんなタイガの問いかけに少年は一瞬だけ言葉に詰まるが、続けて話す。


「ファザーは、僕にとっての恩人だ。親だ。………………そして、僕の運命の導き手だ」

「う、んめいの……導き手?」


 ずきん、ずきん。と頭が痛みを訴える。


「そう!! 本で読んだんだ!! 赤髪の子には必ず運命の導き手が居るんだ!! 導き手は、赤髪の子と手を取り合い運命へと突き進むんだ!!」


 ずきん、ずきん、ずきん。と鳴り響く痛みがタイガを揺さぶる。


「……っでも、そうじゃない……僕の運命の導き手だからって助けてほしいわけじゃ、ない」


 どくん。と痛みが心臓と直結したかのように伝わる。


「分かるんだ、ファザーが命を削って敵を倒そうとしてるのが……それが、僕は………」




 ────そうか、そうだったのか。



 タイガは目を見開き、扉からゆっくりと離れ少年の元へと歩み寄る。そして今まで感じていた頭の痛みがすっかりとなくなっていることを実感して、握りしめた拳を下ろした。

 

「───他人が命を削る行為が嫌いだった。だから自分がいくら削ろうとも構わないと思って、他人の分まで削っていた」

「……?」

「だが、そんな行為をする俺を見ている他人からしてみればその行為こそが自己満足で、自分勝手だった」

「お兄さん……?」


 少年の目の前にまで近づくと、タイガは大きな手のひらを少年──流星の頭に乗せた。


 初めにカリヤの暴走を目の当たりにした時、何故あんなにも自分が不機嫌な態度を取ったのかが分かった。

 ───見ていられなかったのだ。自分を蔑ろにして他人を優先させる行為が。

 だからカリヤの自己犠牲じみた行為が嫌いだった。だが、結局はそれも同族嫌悪だったのだ。

 自分こそが最も命を軽んじ、敵を殺すことにしか眼中に無かったのだと。



 タイガは頭に乗せた手のひらに力を込め、自分の身体に寄せる。温かな体温が腕の中にあって、流星が生きているということを実感した。

 きっと、彼は過去の自分よりも賢く、逞しい。玄関の扉を開くキクを止める勇気もなく、キクの死後喚くことしかできなかった自分よりも遥かに。


「───お前は、すごいな」

「……!」

「きっと、苦しいことや悲しいことがあったのだろう」

「……っ、ぅ」

「それでも助けを求められるのは、自分が弱いことを知っているからだ」


 ───俺にはできなかった。

 苦しいことや悲しいことがあっても、それを全て赤髪のせいにして逃げてばかりだった。自分自身に向き合ってくれたキクを失った後でやっと自分の弱さに気づいて強くなろうとした。

 結局強くなって失ったのは、助けを求めるか細い声を聞き取ることだった。まるで感情のない殺戮兵器だ。


 だが───


「俺たちには感情がある。理由がなくとも、誰かを助けたい気持ちがある」



 タイガは抱きしめていた流星の顔を覗き込み、頷く。


「ファザーを助けたい気持ちに、理由など要らないのだろう」

「──っ、そ、うだ……っ、そうなん、だよ……っ!」


 ボロボロと流星の瞳から涙がこぼれ落ちる。しゃくりあげる流星の姿がまるで鏡写しのように見えたが、もう、タイガは頭痛を覚えなかった。

 キクと出会った夜、理由もなくタイガを受け入れてくれたように、流星は理由もなく、ただひたすらファザーを助けたいのだろう。

 そう考えると、すっと胸がすく思いがした。


 今まで、自分にとって敵である者は赤色に、そうでないものが白色に見えていた。敵か味方かで世界が構成されていたのだ。

 だが、どうだろう。世界は広い。こうして泣きじゃくっている流星の気配は薄く青みがかった灰色に見える。視野が狭かったどころの話ではない、目にフィルターでもかかっていたのだろうか。


 


「───俺は、馬鹿だな」



 


 自分の頭上、屋敷の二階に居る消えかかった灰色の気配と、ショートと思われる赤色の気配。そして、




 白く淡い気配を捉えた──────









      ◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「ダイモス、そちらの様子はどうです?」

『──問ダイない。少しばかり予定外なことがあったガ、概ね順調ダ。手筈ドおり頼むぞ』

「ええ。もちろん」


 フォボスはその言葉を区切りに、眉間に当てていた人差し指を下ろした。屋敷の奥の部屋、広々とした空間に脈打つ心臓のような生物が中央に鎮座している。フォボスは質の良い椅子に深く腰掛け、息を吐いた。

 

「ハぁ、懲りませんね」


 フォボスの視線は部屋の入口、重厚な扉へと移動する。そこには辛うじて命をつなぎ止めた人──ファザーが立っていた。


「……一矢ぐらいは報いようとな」

「執念ブかいですねぇ……心底そういうの嫌いです、ボク」


 一体、死にぞこなった奴が何をしに来たのか。人質をとっていることを忘れたのか。フォボスは色々言いたい気持ちを押し込め、極めて笑顔で会話を続ける。


「もしかして、あなたが代わりに養ブンになってくれるんですか?」

「まさか」

「じゃあ、なに────」



 一瞬、目に映った物に背筋が凍った。背筋は凍るものなのかという思考を頭の隅に追いやる。椅子に座っていた筈のフォボスは大きく仰け反り、立ち上がった。


「っ、ハ、ハハハ……!! ホんとに命を捨てにきたんですねぇ!?」


 ファザーの右腕に携えられて、いや、合体しているのは紛れもなくフォボス自身が折ったプラグだった。しかし、その十字剣の表面は赤黒く染まり、部屋の中央に鎮座する生物のように脈打っている。

 それはまるで───


命のプラグ(アニマ・プラグ)………懐かしいですねぇ!! ヒトの持つブキにしては禍々しいと思っていたんですよ……やはりキメラにすぎない!!」


 フォボスの見つけたこの生物は、元を辿ればショートから生まれた物である。ヒトの扱う命のプラグ(アニマ・プラグ)がそれと全く同じものだとすると────



「あぁ、嫌だ嫌だ」


 フォボスは予備動作無しにファザーの目の前にまで跳躍した。少し反応に遅れたファザーも、その接近に対してプラグで対応する。フォボスの鋭い爪とプラグがぶつかり合う音が鳴り、カチカチと音を立て続ける。

 フォボスは自身の攻撃を受け止められたことに不満を覚え、軽く舌打ちをした。



「とっくの昔からお前ハ、その剣の養ブンだったのか」

「少しずつだけだが、ここでお前を屠るのには充分すぎる年月だった」

「……何故先ホどはこれを出さなかったんですか、ねっ!!」


 痺れを切らしたフォボスは剣を弾くように後ろへと跳躍し、息を整える。

 一方、ファザーは冷静な態度でフォボスを見据えた。


「──覚悟が足りなかったと。言い訳にしかならないが」

「アハッ、ハハハハ、ハハハハ!! 言うに事欠いて覚悟!! 甘い、甘いなぁ」


 語尾が荒がり、フォボスの細い目が開かれる。




「───これだからヒトは嫌いだ」



 

 

 

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