回り始めた運命
気づけば、体は浮いていた。
「っあ"?」
まるで獣に横殴りされたかのような衝撃がカリヤを襲い、耐えきれず吹っ飛ばされていた。
瞬間、カリヤは民家に叩きつけられ爆発音が響き渡る。
「っ…………か、ひゅ」
カリヤは潰されたかのように痛む肺から、息を零した。
そのまま咳き込んでしまいたかったが、自分を襲ったその存在を見て息が止まる。
そこには二足歩行でこちらを睨む、熊のような生物がいた。
凶暴な爪を持ち、その熊の毛先が赤く染まっている時点でカリヤは悟ってしまった。
「ショ、ート……っ!」
途端、忘れかけていた痛みがあとからやってくる。腰や背中を打ち付け、骨にもヒビが入っているような感触があり、その激痛に顔を歪める。
逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ────
『じゃあ、約束しようぜ! 俺は絶対にお前をお母さんとお父さんに会わせてやる! だから、お前も、一緒に探そうぜ!』
逃げようとする自分の体から、心臓の音がうるさく鳴り響く。
カリヤの腕の中にはぐったりとした男の子がいた。咄嗟に庇ったものの衝撃で気絶してしまったのだろう。
か細い息だけがカリヤの耳に入る。
自分の荒い息も、ショートが雄叫びを上げる耳障りな音も、民家が崩れる音も聞こえない。
ここに助けるべき人が居る。
ここで助けることに意味がある。
心臓の鼓動が早くなっていくのを感じながらカリヤは男の子を壁の影へとゆっくり横たわらせた。そして、その場で立ち上がるとショートの方向へと歩き出す。
「かかってこいや、クソショートがああああああああああ!!!」
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「お嬢ぉーなんでさっき言い返してやらなかったんですかぁー」
「うるさい、しつこい、黙りなさい」
ファラデー支部内部では、会議を終えたばかりの上位戦闘員である女性と、その秘書である男性が廊下を歩いていた。
その足取りは重く、会議での出来事に苛ついているようでもあった。
「あのジジイ達の言葉にいちいち噛み付いてられないってだけよ」
「さすが、お嬢は大人ですねぇー! 僕なんか殴りたくなりましたよぉー割と本気で」
笑顔の裏に冗談ではない殺気が含まれているためか、ほんとにやったら怒るわよ。と女性が釘を刺す。
「バレるなんて思ってなかったわ……失態ね、クルックの」
「僕のですかぁー!? でも、それで責任を負うのお嬢ですからねぇー!?」
クルックと呼ばれる彼は叫びながら彼女の首元を指す。
そこには上位戦闘員にはあるべき、チョーカーがなかった。
「これでまた、始めからってことですかぁー……トホホ」
「………」
侮辱されている気分になった彼女は彼をじっと睨む。が、廊下の先に居る人物に気づいた。
「………げ」
「あれ、アズキちゃんじゃない? こんな時間に会えるなんて珍しいね」
「……サエカ」
アズキと呼ばれる彼女は、明るく黄色がかった髪を下に二つ縛りにした少女―――アズキと同年代の同僚であるサエカとばったり会ってしまった。
「そちらに居るのは秘書の方? 初めまして、サエカと申します」
「いやいやいやぁーさすがに知ってますよぉー! 過去におけるショート討伐数一位であり、次期総隊長候補と名高いサエカさんですからねぇー!」
「いえ、それほどではありませんよ。私はただタイミングが良かっただけですよ。ほんとに、周りの人のおかげです」
「ご謙遜をぉー……って、いった!!」
クルックは横からの肘鉄に悶絶する。
アズキはその様子を鼻で笑い、そのままサエカの横を通り過ぎようとする。
「では」
「……アズキちゃん」
「………なんですか」
アズキは歩みを止め、サエカの方へと振り返る。その際に揺れるアズキの桃色のツインテールが厭に彼女にまとわりつく。
サエカは、自分の首元を指さし笑顔で告げる。
「おかえり」
アズキは、数秒呼吸が出来なかった。
再び息を吸い込んだのは、サエカが去りクルックが情けない顔で近づいた時だった。
「嫌味な、女………」
「お嬢ぉー……僕、舐めてました……あの人、やばいですね……」
「だからいつも言ってるじゃない。絶対に取り込まれないでよね」
普段通り呼吸をし、アズキは元の方向へと歩き出す。その途中で、新入募集の隊員試験を行っているだろう部屋の前で二人ほど会話しているのに気づいた。
どうやら、なにかトラブルがあったようだ。
アズキはクルックに目配せすると、クルックに隠れるように歩く速度を落とした。
「どうしましたぁー?」
「あ、えっと……受験者のうち一名がまだ到着していなくて……」
「遅刻しただけなんじゃないですかぁー? なんか、慌ててるようにも見えますけどぉー」
そう言われ、互いに目を合わせる二人にアズキは違和感を抱いた。ただの遅刻程度ではないのか。と。
「実は、ここだけの話……その受験者を選抜したのが、あのサエカ様でして……」
「もしもこのまま来られなかったら、サエカ様にどうお伝えしようかと……サエカ様はなにやらその受験者を気に入っていたようで……」
「じゃあ、僕達暇なので探してきてあげますよぉー写真とか無いんですかぁー?」
「ほんとうですか!? ありがとうございます! これがその受験者の証明写真です!」
差し出された書類をクルックは受け取り、丁重にお辞儀してからその場を離れた。
「ふーん、遅刻……いい度胸してるわね、そいつ」
「まぁまぁ、もしかしたら慣れてない場所だったかもしれないじゃないですかぁー」
「でも……サエカが気にかけてる受験者、なんて初めて聞いたわ。私も一人声をかけてる受験者が居るけど」
興味本位で誘ったものの、堅物な性格だったので承諾させるのにてこずらされたものだ。内心その人物を思い浮かべ、アズキはため息をつく。
普段は決して人のため世のために行動しないアズキだが、これがなにかサエカの弱点となりうるかもしれないと、クルックに耳打ちして探すのを手伝うことにしたのだ。
作戦は成功。怪しまれずに捜索を請け負うことができた。アズキが表立って話しかけるよりも人懐っこい印象を与えるクルックが話しかけることが重要だった。
あとはまだ到着していない受験者を見つけ出すだけだ。
「この写真の受験者………名前は、カリヤ」