操り人形
「っは、っは………なんて、ことだ……」
ケンジ班長、と次々に声があがる。爆発寸前の隊員に即座に気づいたケンジは、すぐさま土壁を作り上げていた。その土壁によって視界を阻まれた隊員達がおそるおそる他の隊員達と距離を置く。
隊員達の爆発、襲撃者不明の攻撃、いつどこの誰が爆発するかも分からない今、その判断は正しかった。
しかし───
「い、嫌だっ、爆発なんてしたく、ない……!!」
「爆発したやつと接触した隊員は誰だ?」
「接触したら爆発するのか!?」
どんどんパニックの波が広がっていく。根も葉もない憶測が飛び交い、お互いに不安を煽りだす。恐れていたことが起こっていくのを見て、ケンジは背筋がゾッとした。
「導!! 隊員をこの場から──」
泣き言を言っている間もなく、ケンジはすぐさま古代遺物の近くに居る隊員達を避難させるように導に叫ぶ。だが、別の物に気を取られ、言葉が途切れる。
──なんだ、あれは。あの、影は。
「っ、恨むぞ」
大量のショートが地面から湧き上がるように生まれる。古代遺物の捜索中には一切見られなかったショート達が、まさかここで。
「導!!」
「……っ、ええ、お任せ下さい!!」
ルーカスの肩に手を乗せ、その体を支えていた導もさすがの緊急事態にその手を服へと伸ばす。
「この度は、十尺に致しましょう……!!」
緑色に発光するコードを弛ませ、導は袖にプラグを引っ掛け勢いよく糸を引く。その長さはゆうに三メートルを超え、導の物質発動のエフェクトが糸に伝導していく。
「誘導させてもらいます!!」
導が両手を振り広げるのに合わせ、風が隊員達の間を通り抜ける。そして糸の一つ一つが隊員達の腕や足に巻き付き、導の指先となる。
古代遺物から離れさせるように移動させ、盤上の駒のようにショートへと対峙させる。
「──いつも以上に張り切らせて頂きます」
ピン、と糸を張り、導は視線を左右へと光らせた。
「な、なんだこれ? 導上位戦闘員の糸…?」
「! 気をつけろ! 舌を噛むぞ!!」
糸で体を引っ張られ、古代遺物を中心に外側へと配置された隊員が声をあげ、近くにいた別の戦闘員が叫ぶ。
途端、隊員達の体が意志と反して動き始める。
「こ、これは……」
「いつもよりも素早く動ける……!?」
プラグを片手に戦闘員達が舞うようにショートの首を落としていく。遠距離を得意とする弓のプラグの使い手も、近距離を得意とする短剣のプラグの使い手も、等しく導の指先となりショートの命を刈り取る。
その手腕に、操られている側の隊員も驚きを隠せない。
「これが噂の、操り人形……」
糸に物質発動のエフェクトをかけ、その場に居る仲間を操り援護を行う導は、頬を伝う汗を肩で拭う。
「っく、この量の隊員は辛いですね……!」
糸を風で操り、隊員を糸で操る。その度に隊服の袖のフリルを破り糸を出す。このままでは隊服がなくなってしまいそうだ。
導は全方向へと視線を巡らせ、忙しなく腕を振るう。そして視界の端に見えた自らの班長の姿に、口角を上げた。
「さすが、三大班の班長でございます」
プラグである分厚い本を広げ、導の誘導した隊員をさらにサポートしつつ古代遺物の周りを囲むような土壁を作り上げていた班長に、導は絶望的な状況だということを一瞬忘れかけた。
「七土、一水、二火、陣!!」
地面に向かって指を突き出すケンジの声に合わせ、地面から強固な壁が出現する。そしてドーム状に変形したかと思うと、古代遺物と向き合うルーカスごと包み込む。
その直前、ケンジはルーカスの背中を目で捉えた。
「ルーカス!!」
「!! っはい!!」
「こちらは私達に任せてください、あなたは!!」
ルーカスの目に映ったのは、人の上に立つに相応しい力強い視線と、諦めなど一切ない表情だった。
「爆弾の、処理を!!」
「はい!!」
────と、ここまでが数分前の出来事。ルーカスは目の前の古代遺物、不発弾を目の前にして頭を抱えていた。
「んぐぅおおおおお……っ」
分からない、全く分からない。古代遺物の電源を入れたことでとりあえずは暴発を防ぐことが出来たが、解除となると話は別だ。
「ケンジ班長の土壁のお陰で爆発することはほぼない……だが……っ」
手元の髪をぐしゃりと握る。そのはずみで数本、色素の薄い髪の毛が抜け指の隙間から落ちていく。
クレピタス家特有のアイボリー色をした髪。兄や弟達と全く一緒だった。綺麗だ、眩しい。と言われ育てられたルーカスにとって、髪は命にも等しいものだ。
しかし、目の前に古代遺物があるときだけは、古代遺物以外は目に入らない。
「古代遺物……それも爆弾、プロメテウスだって……!?」
わなわなと肩を震えさせ、ゆっくりと手のひらを髪の毛から離す。指に絡まった髪の毛すら煩わしい。
そして深く息を吸うと冷静に頭の中の情報を引き出す。
「古代戦争の爪痕にして、偉大な宝……古代遺物を実際にこの目で見たのは初めてだ。けれども、本の通り電源の場所は合っていた……ということは」
ルーカスは鞘からフランベルジュを抜き取り、地面に突き刺す。
「シャイン」
その言葉に応じるように剣が明るく輝き出す。古代遺物の青白い光とプラグの黄色い光、加えてうなじから伸びる緑色のコードの光で、土のドーム内が昼間のように明るくなる。
そう、エフェクトの物質発動ではない。今まで通りの単純発動。剣のまわりにしかエフェクトを出すことが出来ない。
「教わっていた最中にこのような事件が……っ、いや悔やむのは後にしようじゃないか」
頭を横に振って思考をリセットする。
確か、古代遺物を完全に停止するには、その古代遺物の作動手順を逆に踏めばいい。ルーカスは既に電源を入れた。あとは、スイッチを────
「スイッチを………」
右手で球体の古代遺物の外周を無でる。
「あ、こっちじゃないのか……」
左手で球体の古代遺物の外周を無でる。
「えっ…………? あれ、ま、まってくれ……?」
──ない、ない、ない、ない。
「スイッチが、ないっ!?」
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「っもう!」
地面を蹴り、空中へと舞う少女は不平を零す。少女──黄色の髪を二つにくくった上位戦闘員であるサエカは眼下にいる、人型ショートを睨んだ。
上体を捻り、回転を加えた蹴りをショートの頭上に振り落とし、大きなダメージを与えられるはずだった。
実際は蹴りを受け止められ、横へといなされる。
「また!」
そのまま地面へと着地し、地面と並行に足を伸ばしたサエカはショートの足を払う。
だが、その動きが予測済みだったのかショートは軽く上へ飛び上がると宙返りをしてサエカと距離をとる。
しかし、依然として屋敷の前から動こうとしないその態度にサエカは苛立ちのようなものを感じていた。
「あなた、何のためにここにいるの!? さっきから私を殺そうともしないし、逃げてばかり!」
一度はそのショートの視線から外れ、屋敷へと向かおうとしたが、そういうときに限ってサエカに猛攻が襲いかかる。まるでここから先は通させないと言わんばかりの行動を取っていた。
加えて──
「どうしてあなた何も言わないの!?」
サエカは今まで人型ショートに出くわしたことはなく、実際に目の当たりにしたのも今日が初めてだった。
てっきり人型ショートはおしゃべりなものだと思っていたサエカは、木偶の坊のように決められた動きをするショートに疑問を感じざるを得ない。
「──」
「……ふぅっ」
一度、サエカは忙しなく動かしていた身体を止めた。すると呼応するように相手のショートも動きを止める。いや、止めたというよりはこちらが動くのを待っているという感じだろうか。
残弾──"明"の資質はもう無い。辛うじて残ってる資質は"風"ぐらいだった。いつもは"明"の資質を"理"の資質で電気の弾に変化させ、"風"の資質で加速させ銃から放っていたが、今では"風"の資質を使って相手の攻撃をいなすことしかできない。
実質サエカのように資質を乱用している隊員は少なくないが、一瞬の工程で攻撃に転じることが出来るのはサエカぐらいだった。
つまり今のサエカは中位戦闘員以下。辛うじて体術ができる程度であった。
───なのに、まだ死んでないのはきっと、殺す意志がないから。
屋敷の入口を守るように命じられたのかもしれない。だが、相手はショートの頂点Sランクに属する存在だ。命令を下したショートがいるのなら、そのショートは人類にとって脅威となる。
「どうしようかな……」
サエカは目の前で燃え続ける屋敷を見上げ、未だ扉から出てこないカリヤのことが心配になる。だが、ここでサエカが釘付けにされている分、カリヤの方にはショートが居ない可能性が高い。
ショートがサエカを抑えているというのは裏を返せば、サエカがショートを抑えているとも言える。
「───頑張ろう」
ホルスターにしまった二丁拳銃を撫で、サエカは再び地を蹴り走り出した。




