プロメテウス
「なに死のうとしてんだ」
正気を失ったタイガに殴られ、何度も殺されかけ、なのにいきなり大剣を自分の腹に突き立てようとする馬鹿にいよいよ我慢ができなかった。
頬に痣を作り、鼻血を出しながらも、ずっとタイガの拳を受け止めた。
しかし今こうして動きを止めたタイガに。いや、動きをなんとかして止めさせたタイガの役立たずな耳に問いかける。
「てめぇ、まさかこんな時に死のうだなんて馬鹿みたいなこと考えてんじゃねぇだろうな」
カリヤは指に力を込める。
「さっきからバカスカ殴りやがって……挙句には自殺だ?」
手のひらを伝う液体を無視してしがみつく。
「てめぇは盲目か?」
「………っ?」
「……やっと気づいたかよ、クソ野郎」
タイガが自分の手元を見て、息を呑むのが聞こえてカリヤはようやく耳元から顔を離す。
現実世界に意識が戻ったタイガの目に映ったのは、自分の腹を裂こうとする大剣と、その大剣を止めようと掴んだカリヤの手だった。
「………っ、な、にが……は、離せ」
「は? 離したらてめぇこのまま死ぬだろうが、どうせ対人モードのままなんだろ」
「お、お前……の、手が」
あ? とカリヤは自身の手を見下ろす。タイガの大剣をそのまま素手で掴んでいるその手からはおびただしい量の血が流れていた。
「別にそんなんいい」
「い、良いわけがないだろ……っ!?」
「それよりも、だ」
意識を取り戻したせいか、タイガの大剣を持つ力が弱まる。
だがそんなことも気にせずにカリヤは額をタイガの額に突きつける。
「なにをお前は追ってきた?」
「………キっ…、ショートを」
カリヤに聞かれた途端、「キクを」と答えそうになってそれは自分の過去の記憶だと、頭を振った。しかしカリヤは尚も追い詰める。
「なのに、お前はなにをしてるんだ?」
「……っ? 俺は、なにを……」
この屋敷に来て、中に入った。階段を登って二階に向かい、その廊下で倒れていた人間と、その人間に寄りかかる赤毛の子供を見たところまでは覚えているが、その後自分がどうしたのかが曖昧だった。
思い出そうとして、こめかみに痛みが走りタイガは顔を顰める。
「っ、屋敷の主人と……赤毛の子供を見つけた」
「どこだ?」
「二階……だったはず……何故、俺はここに…?」
「知らねぇよ、っていうかいい加減プラグ離せって!!」
そう言われてタイガはハッとしたように大剣を手から落とした。カランとした音に合わせて、カリヤが手のひらを軽く振る。
「っはー、お前力強すぎだろ……指ちょん切れるかと思ったわ」
ふと、タイガが床に視線を落とすと、大量の血液が染み込んでいるのがわかった。
「……っ、お前」
「んじゃ俺がその二人を連れてくるからお前は表に居るショートの相手をしてくれ」
「……は?」
「あ、言っとくけどファラデー支部帰ったら殴られた倍の量、ぶん殴るからな」
そう言ってカリヤは中央階段を登り始める。タイガはそのカリヤの後ろ姿を見ながら、唖然とした表情を浮かべ、「表に居るショート」と言われたことを思い出す。
「あいつは……一体なにを」
────しかし、ゆっくりと首を正面入口に向けたタイガの視界には赤い気配など一つもなかった。
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「本当に、解除なさるのですか?」
盆地内、檻に囚われた隊員達。彼ら全員が見ているのは、抉られた地面から姿を表した古代遺物だった。
ケンジの指示が下された後、土属性の資質が高い者同士のエフェクトを駆使して地中の古代遺物を発見し、発掘することに成功していた。
そして取り囲むようにして"爆弾"である古代遺物を覗き込む隊員達の中でも一歩前に出たのは、ルーカスだった。
「はい、僕がやります……っ」
三分の一が今も地中に埋まっている古代遺物。目測でおよそ半径三メートルの球体で、見た目は石の球。しかしアズキ班長の秘書曰く、これが爆弾であると言う。こんな大きさのものが爆発すれば盆地など一溜りもない。
それでもルーカスは震える手を必死に押さえつけながら古代遺物に手を当てる。
「導、何故ルーカスが解除を? 理の資質が高い隊員の方が……」
「そうなのですが……」
緊張で強ばるルーカスの背中をさする導に、隣で立っていたケンジは問いかける。するとその問いかけをある程度予測していた導はケンジの耳元に顔を寄せると、ケンジにだけ聞こえる声量で耳打ちする。
「なんですって? まさかルーカスが……」
「ええ。本人がおっしゃるには、という程度なのですが」
まさか、そんな。という呟きを零すケンジの元に、一人の隊員が駆け寄る。
「すみません、ケンジ班長。ご報告があります」
「ん? ああ、はい。たしか貴方は……」
短髪で大きな鞄を背負う隊員を見て、ケンジは記憶からその隊員の所属班、名前を引き出す。
「ミーラ班のアルファード下位戦闘員ですよね? 貴方の役割は荷物運搬と覚えていますが……」
「は、はい!! そ、そうです!! まさかケンジ班長に覚えて頂いたとは……!!」
「報告、とは檻の外のことですか?」
感極まって興奮したアルファードは、それどころではなかったと頭を冷やす。
「……はい。檻の外にて、アズキ班班長・アズキ上位戦闘員とサエカ班班長・サエカ上位戦闘員による一般人の避難が順調に行われ、現在半数が電車にて避難完了。残りの半数の避難のためにこちらへと発車中とのこと」
「良かった、これで一般人の避難については安心ですね」
ホッとしたように息をつくケンジは、そのまま眼鏡を指で押し上げる。
「ありがとうございました。それと、周囲の隊員にも爆弾の処理を開始したと報告してください」
「分かりました! 失礼します!」
アルファードは元気よく敬礼をするとその場からすぐに立ち去る。その後ろ姿を見ていたケンジは改めてルーカスの背中を見る。
「………まさか、クレピタス家の人間だったとは」
名門・クレピタス家。古代遺物の研究のために様々な施設、組織を作り上げ、最も古代遺物についての知識を持っている一家とも呼ばれている。
今までのルーカスとの会話で、やたらと家族関係のことを誤魔化されていたがやっと繋がった。
「ということは、古代遺物の専門家から教えを受けたんですか?」
「………それは」
ケンジに問いかけられ導は目だけをルーカスに向ける。彼は今、集中していてこちらの声など聞こえてはいないだろう。
ケンジもルーカスの尋常ではない集中力に肩を強ばらせ、口を一文字に結ぶ。
ルーカスは古代遺物の表面を撫で、何かを探すように手のひらを滑らせると、ある出っ張りを見つけ出し強く押す。
すると出っ張っていた円形の石版が内部へと沈み込み、その瞬間古代遺物の表面が青色へと光り始めた。
「!? ルーカス、これ大丈夫なんですか!?」
「大丈夫です……っ、まだ起動しただけなので! ただ、僕以外は離れてくれ……っ!」
そのルーカスの声を聞いた途端、爆弾を興味深そうに見ていた隊員達が仰け反った。
「ルーカス様、私はどうすればよろしいでしょうか。良ければ離れますが……」
「いえ…っ、導先輩はこのまま僕の後ろで!! 後で協力して欲しいこともあるので……」
いつもの決めポーズすらする余裕なく、ルーカスは切羽詰まった声で導を引き止める。そしてルーカスがもう一度表面を撫でると、青い光が球体上を走り、文字を浮き上がらせる。
「今から五百年前、陰家と陽家の古代戦争にて使用された大型爆弾……陽家の本拠地へと投下された後、陽家によって不発に終わった……爆発条件はなんだ……っ?」
古代文字で書かれた文をすぐさま読み取り翻訳したのち、ルーカスはまた表面を撫でる。
「……爆弾名、プロメテウス。爆発条件……」
「んぐっ……」
「おい、どうした? 腹でも下したのか?」
ケンジに報告を終え、周囲の班長達にも同様の報告をしようとした途端アルファードは自らの腹に手を当て、苦しそうな声を漏らす。その声を聞いて、アルファードの目の前に立っていた中位戦闘員は訝しげにアルファードの肩を掴む。
「体調不良なら回復系の戦闘員を呼んでくるが………アルファード下位戦闘員?」
「は、はらが………」
「? ああ、やっぱり腹痛か。待ってろ、うちの班のミュンフォンを……」
「そ、そうじゃなくて……」
「?」
苦しむように息を吸い込んだアルファードは、中位戦闘員から数歩後ずさる。
「腹が………熱くて、煮えるようで……っ、あ、あああ……」
さすがに彼の様子に異変を感じ、中位戦闘員は盾のプラグを構える。アルファードが俯いていた顔を中位戦闘員に向けた途端、その腹が膨れ上がり、伝染するように全身膨れ上がる。
「──────────ぁ」
そして激痛に歪んだアルファードの顔が空を向いた瞬間、その体が爆発した。
「!?」
爆発音と衝撃を感知したケンジはすぐさま振り返る。その視線の先では黒い爆煙が立ち上っていた。
「爆発!? 一体何が……」
「ほ、ほ、報告します!!」
その爆心地から難を逃れた下位戦闘員が転びそうな勢いでケンジの元へと駆け寄る。そしてケンジの足元にくると、怯えたような表情で爆心地を指さした。
「たっ……たい、隊員が、ま、まるで……」
「落ち着いてください、一体何が起こったのですか!?」
ケンジにそう言われても尚、隊員は浅い呼吸のまま叫ぶ。
「あ、アルファード下位戦闘員がっ、その、風船のように、膨らみ、ばっ、爆発と共に、その、か、体が爆散して………!!」
うえっ、と耐えきれず報告にきた隊員が口を手で覆う。おそらくその場の光景を思い出してしまったのだろう。
「アルファード下位戦闘員が……!? どうして爆発など……」
ケンジは状況把握のため爆心地に行こうとする。だが、そのケンジの後ろから衝撃的な言葉が聞こえる。
「今すぐ火の資質が高い隊員は離れてくれっ!! この爆弾の爆発条件は、火との接触だ……っ!!」
そう叫んだルーカスはすぐさま火のエフェクトを扱う隊員達に離れるよう、また火を使用するようなプラグ使いの隊員に呼びかける。
しかし、視界の端、ケンジは捉えた。
───風船のように膨らみ、今にも爆発しそうな隊員を。




