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コンセント·コンセプト  作者: なつミカン
3章 牙の在処
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かくれんぼ

 キクがタイガに本心を打ち明け、涙を流した日からタイガはキクの屋敷に住むようになった。


 今までは食事の度に屋敷に訪れ、数時間ほどキクの手伝いをした後に山に帰っていたのだが、キクの本心を知ったタイガはどうしてもキクから離れることが出来なくなっていた。


 


 ───コンコン、と部屋の扉がノックされる。


「………また、か」


 与えられた屋敷の一室にて、タイガはため息をついた。しかしそのタイガの表情に憂いはなく、呆れたような笑顔だけがあった。


 腰掛けていた椅子から立ち上がると、タイガは扉を開ける。

 そこに人の姿はなく、遠くの方で足音が聞こえた。

 タイガはその足音が聞こえなくなるまで、閉めた扉に寄りかかり目を閉じる。


「そろそろだな」


 足音が消えてから数分。タイガは扉から上半身を起こし、ゆったりとした足取りで廊下を進む。

 通路の端に置かれた花瓶にさされた赤い薔薇、壁にとりつけてある古い調度品、窓から射し込む朝日。毎日見かけるそれらに目を向け、少しだけ目を細める。


 ───まったく、あの人はあどけない。


 古風な屋敷に住んでいるような慎ましい貴婦人かと思えば、タイガが共に屋敷に住むことになった途端に無邪気に振る舞うようになった。

 キクの隣に立てば頭を撫でられ、腕を組まれ、今まで以上に甘えられるようにもなり、その度タイガは頭を抱えた。


 ──二十も歳の離れた女性が、なにをそんなにはしゃいでいるのか。


 


 タイガは大人の女性がどのように振る舞うのが正しいのかを知らないが、少なくともキクには三十歳にしてはやけに少女のような無邪気さを感じる。


 だからこそ今も───


 タイガは階段を降り、角を曲がって、ある部屋の扉を押し開く。普段はあまり使われていないが、座り心地のいいソファと艶やかなローテーブルには埃一つない。

 しかし、腰掛けることなく部屋の中に足を踏み入れたタイガは真っ先にソファの下を覗き込む。


「キク。朝食の時間だろう」

「もう、タイガ! そこは"見つけた"っていうところよ!」


 ソファの下を覗き込んだタイガと、そこに隠れていたキクの目が合う。タイガは、拗ねたように頬を膨らませるキクの手のひらを掴むと一気にソファ下から引き上げる。


「毎朝毎朝かくれんぼ。キクはいい大人ってやつじゃないのか? 少しは落ち着いたらどうだ」

「大人でも遊んでいいのよ! それにタイガはいつもすぐ私を見つけてしまうんだもの、悔しいわ」


 タイガはなんだかそんなキクの幼い行動が愛おしくなって膨らんだ頬を指でつつく。キクもつつかれて嫌な思いはしないらしく、しばらくして吹き出した。


「ぷっ、あははは……!!」


 お腹をおさえ、笑いだしたキクはそのままタイガと手を繋ぐ。  


「タイガにも見つかっちゃったし、朝食にしましょう!」

「俺はさっきから言ってる」

「聞いてませーん」


 あはは、と無邪気に笑う子供のように前を歩くキク。タイガはそんなキクを眺め、胸の内に幸福感が湧き上がるのを実感していた。



 温かいスープとパン、そして焼いた肉に茹でた野菜。キクは席に座るなり、料理から漂う香りを嗅いでため息をついた。


「……美味しそう。今日はタイガが作ってくれたのね」

「キクから教わったからな。美味くはないだろうけど」

「そんなことないわ! いい匂い。早速頂きましょう」


 キクは胸元で指を組み、目を瞑る。タイガはそんなキクを見つめてからスプーンを手に取った。


「キクはよほど育ちがいいんだな」

「? 食前の祈りのこと?」

「それもそうだが、料理も庭仕事も掃除もやってのけるお嬢様はそうそういないだろう」


「………母親だったもの」

「ああ……」


 ───しまった。若くともキクは一人の女性であり、一人の母でもあった。


「………今のは忘れてくれ」


 タイガはキクの顔から目を逸らし、手元に視線を落とす。せっかくの明るい気分も台無しだろうと自分の発言に後悔しかけ、


「何言ってるの?」

「え?」

「母親だったけど、今も母親だもの。忘れたりなんてしないわ」


 その声には一切陰りはなく、むしろ吹っ切れたような印象さえ受ける。


「なら、いいんだが……」


 改めてキクが自分の母親だと実感して、タイガは照れたように頬を赤らめる。タイガの中では母親だと言うキクに、年上の姉のような感覚があったからだ。


「それにしても母親がかくれんぼか……」

「だ、だからいいでしょ? タイガだってイヤイヤやってるわけじゃないでしょうし……」

「そもそも俺は、かくれんぼは大人数でやるものだと教わったぞ。二人でやるのは……」

「仕方ないでしょ、二人しかいないんだから」


 そう言ってキクはスープを口に運ぶ。が、途中でスプーンを置く。


「ううん、二人も居るのよ。一人じゃできないことしなくちゃ!」


 ──一人じゃできない。か。


「たしかに、一人でかくれんぼはできないな」


 微かに残った幼い記憶を思い出して、タイガはそう呟いた。


「今度はタイガが隠れる番よ。朝食を食べたら早速かくれんぼしましょう!!」

「……俺が隠れると日没まで見つからないぞ」

「今度こそ見つけるわ! いつも負けてばかりじゃいられないもの!」



       ◆◇◆◇◆◇◆



「………キク、そろそろ認めたらどうだ」

「ひどいわ、そんな所に隠れてたなんて」


 日が落ちかけた夕方、タイガはしょげたように膝を抱えるキクの頭を撫でる。暖炉の中に隠れていたタイガは結局見つけられることなく、キクが拗ね始めた途端、逆に声をかけたのだった。


 隠れたり紛れたりして貴族の追っ手から逃げ続けていたタイガからすればかくれんぼは得意中の得意であり、相手の気配を見ることができるためオニとしても問題はなかった。しかし、それをキクに言うのは何故かはばかられた。


「キクの隠れ方が下手なんじゃないのか?」

「きーっ、タイガが見つけるのが上手すぎるのよ!」


 キクはそう言ってポカポカとタイガの胸板を叩く。タイガは甘んじてその八つ当たりを受けながら、堪えたように笑う。


「さ、もうこんな時間だ。夕飯はいつもより多めに作ろう」

「……お腹空いてるの、忘れてたわ!」


 バッ、と顔を上げたキクと、タイガの目が合う。


「……ふ、は、わ、忘れてた?」

「~~っ!」

「そ、そんなに必死で探してたのか?」


 肩を震わせ、笑いをこらえるタイガは顔を逸らしながら問う。キクはますます顔を赤く染め、恥ずかしさのあまりか言葉が出なくなる。


「探したのよ! ベッドの下とかタンスの中とか、西から東の部屋全部! まさかと思って鏡の部屋まで行ったのにタイガったら結局スタート地点の暖炉に居るんだもの!」

「……鏡の部屋?」


 キクから初めて聞いた名前を、タイガは聞き返した。そして、屋敷に訪れてからやけにキクが入らないように言っていた部屋が一つだけあったのを思い出す。


「……タイガ、鏡が嫌いだって言ってたじゃない? だから家中の鏡をその部屋に移したのよ。普段あんまり使わない部屋だし、私だけが使うから」

「そうか……」


 キクなりの親切にタイガは少しだけ胸を痛める。鏡に映る自分の赤髪を見るとどうしようもなく自傷的になってしまう自分が情けない。


「ありがとう、その部屋には入らないようにしておく」

「……ええ。それじゃあ夕飯を……」



 ───コンコンコン。



「?」

「誰か来たみたい……誰かしら」


 玄関の扉をノックする音が聞こえ、立ち上がったキクはタイガに「見てくるわ」とだけ告げて玄関へと足早に駆けていった。


「……こんな場所に誰かくるなんて」


 キクは疑問に思いながらも身だしなみを整え、玄関の鍵を開ける。



 ───ダメだ。やめろ。



「……?」


 ふと、頭の奥で誰かの声が聞こえたがタイガは気にせいだと頭を振る。長時間かくれんぼをしていたせいかいつも以上に目が疲れている。白い気配をしたキクの動きを見続けていたため、気配を見ないように目を瞑って何度か目頭を揉む。



 ───何をしている。目を開け。キクが、



 そしてまな板にのせた野菜を切ろうとして、キクの悲鳴が聞こえた。

 悲鳴の先にぼんやりと見えたのは、赤い気配を纏った誰かだ。


「…………キク?」


 手元に持った包丁を乱雑に置き、急いで台所を出る。玄関に向かおうと角を曲がろうとした途端、腹部に衝撃を感じた。


「……っ!?」

「た、タイガ……タイガ…っ」

「キク……!?」


 タイガが感じた衝撃の正体は、キクがぶつかってきた衝撃だった。そのまま尻もちをつくようにキクの体を受け止めたタイガはキクの尋常ではない様子に驚く。


「……キク、誰が来たんだ?」

「……」


 顔にかかったキクの髪をかきあげるようにしてその瞳を覗き込む。翡翠色の瞳には恐怖と、疑念と焦りが浮かんでいたが、比較的冷静にタイガは問いかけた。


 キクは何度か口を開き、少しだけ息を吐いてから言葉を発する。


「……わ、たしの……知り合いの、人よ」

「知り合い?」 

「そう……そう! だからその……」


 キクはそこまで言ってまた黙ってしまった。タイガはそんなキクも気にかかるが、それよりも玄関にずっとある赤い気配が気がかりだった。



 ───嘘だ。嘘だ。



「もう一度かくれんぼをしましょう」

「………」


 頭の奥から警鐘が聞こえる。だが、玄関に来た相手がキクの知り合いならば、タイガが居ることが不味いのだろう。


 ここは、キクのために身を引くべきか。


「……絶対に負けない」

「! ……ええ、誰にも見つからないように隠れるのよ」


 キクは、タイガの存在を隠したがってる。そのことに気づいたタイガは、キクの"かくれんぼ"をしようという提案に乗った。


「どうしたら俺の勝ちになるんだ」

「鏡を見つけて」


 つまりそれは……

 タイガは目を見開いた。


「……キク、なにを」

「貴方を貴方が見つけたら」


 そのタイガの目を、泣きそうな翡翠色が見つめ返す。





「そのときは、私の元に来て」






 タイガは、息を潜めて人一人分が入るような金属製のタンスに隠れた。

 鏡を見つけない限り、俺はずっとここに居なければならない。


 ───永遠に隠れるのと同義だ。

 キクが俺のことを秘匿しなければならない相手とはなんだ。


 ───キクの愛する家族、恋人、または養子かもな。

 何故赤い気配が見えたんだ。


 ───俺の敵となるからだ。

 どうして。


 ───何故分からない。



 タンスごしに音が聞こえる。

 体が熱くなる。

 息が乱れる。

 どうしても、どうしても気になってタンスの扉を開ける。


 そこには────



「………火?」


 部屋中が火の海だった。カーテンも、ベッドも、机も皆、燃えていた。

 どうして自分は燃えていないのか、どうして息が苦しくないのか。分からないことはいっぱいだったが、まず頭に浮かんだのはキクのことだった。


「キク……? キク……!?」


 


 部屋を飛び出した。

 かくれんぼなんてしている場合じゃない、キクは一体何処に。



 ───分かっているだろう。


 頭の奥でまた誰かが語りかける。そうだ、キクはどこに行くのかって、


「…………鏡の部屋?」


 愛する薔薇園でも、いつも料理するキッチンでもない。タイガに見つけて欲しくて、ああ言ったのなら。

 不思議と場所は分かっていた。

 火が燃え上がり、タイガの手足にまとわりつく。が、タイガには火傷一つない。閉ざされ、足を踏み入れたことのない部屋の前で、タイガはドアノブを捻った。

 嫌な予感が背筋をつたう。


 そしてドアを開けて目に飛び込んできたのは、




 無数の鏡に映し出された自分と、

 無数の鏡に寄りかかるようにして息絶えているキクと、

 無数の鏡に背を向けて羽を広げる火の鳥だった。



「───待ち望んでいた、祝福を受けし赤髪の子よ」






 ───ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ


「ああああああああああ!!」



 ──キクを

「何故!!」

 ──守れなかった

「っ、殺したのは」

 ──鏡に映る赤髪か?

「お前か!?」


 ──それとも




「──俺のせいで、キクは死んだのか!?」




 頭がぐちゃぐちゃになりそうだった。髪を掻きむしった。手元に落ちていた鏡の破片を手に取った。いっそ、このまま…………























「なに死のうとしてんだ」

















 自分と、キクと、火の鳥以外の、見知らぬ誰かの声が聞こえた。







               

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