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コンセント·コンセプト  作者: なつミカン
3章 牙の在処
62/75

ぶん殴ってやる


「───で、なんで結局こうなるんすか!!」

「ご、ごめんなさーい!!」


 サエカは涙目でそう叫びながら、鈍い羽音を立て追いかけてくる無数の蜂型ショートから逃げていた。

 その一歩先で草むらをかきわけるのは、必死な形相をしたカリヤである。


「だ、だってまさかマス・ビーの巣があるなんて!!」

「いや俺言いましたよね!?」

「そ、そうだったっけ……?」


 屋敷に向かう道中にて、サエカが、木の上から屋敷の場所が分かるかもしれないと木に登った事を発端に、丁度枝にくっついていた蜂の巣を刺激してしまい現在に至る。

 カリヤは向かってくる蜂型ショートを数えようとして、その行動がいかに無駄か、一瞬で悟った。


「蜂のショートなんて……サエカさん、なんとか銃で撃ち落とせないっすか!?」

「一匹一匹ならともかく、あんなに大量に来られたら資質が尽きちゃうよ……!! 電車にいっぱい蓄電しちゃって、もう資質がないの!!」


 一般人の避難のために電車に蓄電して来たというサエカ、そのことは既に見聞きしていたがまさか資質を消費しきっていたとは。

 エフェクトが全く使えないカリヤからすると、資質を消費する感覚というのは想像もつかない。


 それはさておき、蜂型ショートだ。

 一見ただの蜂にしか見えないが、その機敏な動きと凶暴的な針は容易に人を殺しうる。

 二度刺されればアナフィラキシーショック。コンセントに触れられれば即死亡。

 

「──笑えねぇ……!!」


 額に汗を浮かべ、カリヤはひたすら前へと走る。

 すっかり足跡も見失い、屋敷へ近づいているのか遠ざかっているのかも分からない。そんな状況でやるべき事は理解していた。


「蜂型ショートって、普通の蜂となにか違いはありますか!?」

「えっ……? マス・ビーは……えっと、普段からあんまり見ないけど、そんなに変わんないんじゃないかな……?」


 マス・ビーと呼ばれる蜂型ショートは、尚も耳障りな羽音を立てこちらに向かってくる。

 普通の蜂ならば逃げる人間を追い回すことはしない。彼らの針は自らの巣を守るための攻撃手段に他ならないからである。

 それでも追いかけてくるのは───


「蜂は蜂でもショートだからか……?」


 目の前に横倒しになった木を飛び越え、カリヤはふと頭上を見上げる。


「なんか……気のせいならいいんすけど、ここ暑くないすか?」

「うん……もともとここはそういう気候なの。パラボネラ植物には冷却効果があるけど、枯れたことで効果がきれちゃったのかも……きゃっ」

「サエカさん!?」


 咄嗟に振り返り、木の枝につまずいたサエカの体を支える。しかしカリヤの眼前には黒光りする大量のマス・ビーの姿。


 生命の危機を感じ、カリヤは制服のポケットから白い袋を取り出しマス・ビーに向かって投げる。


「っくらえ……!!」


 途端、マス・ビーの周囲に白い煙が発生する。赤く染まった針を携えた蜂達は一斉に標的を見失い、その場に留まる。

 それを好機と見たカリヤは即座にサエカの体を起き上がらせマス・ビーを置き去りに走り出す。


「さ、さっきのは……?」

「あー……あんまり使いたくなかったんすけど」


 再び走り出したサエカは不思議そうに、背後で散った白い煙の出処を問う。

 しかしカリヤは答えに渋りつつ、空になった袋を悔しそうに見つめる。


「"だんご粉"です」

「だんご粉?」

「梅って子のところでアルバイトしてる時に余ったのを貰ったんすけど……あぁ……だんご……」


 そう。

 茶屋"竹屋"の和菓子はとても美味しかった。

 その美味さに虜になったカリヤは給料として余り物を頂戴していたわけだが、団子に関しては粉しか得られなかったのだ。

 ショート狩りが終わった後に自分の手で団子を作ろうと大事に懐にしまっていた一袋であった。


「だからあれは正確には煙じゃなくて、粉が舞ってるだけなんすよ」

「粉で蜂って止まるの?」

「いやいやそんなまさか!! さすがにそこまでの効果はないっすよ!!」


 カリヤは手をブンブンと振って否定する。でも、とサエカが言葉を紡ごうとして、カリヤは自身の鼻を指さす。


「蜂って、匂いや色に対しての感受性が高いんす。ほら、黒い服着てると寄ってくる。とか香水の匂いに寄ってくる。とか聞きません?」

「あ、たしかに」

「んで、さっきからこの森には焦げたような匂いが漂ってる。多分どこかで火事でも起きてるんでしょう」


 すん、とカリヤは空気を嗅ぐ。パラボネラの香りの代わりに肺に入り込むのはなにかが焦げる匂い。

 それはサエカにも分かったらしく、小さく頷く仕草をする。


「そんな環境の中白い煙に包まれると、蜂達は勘違いするんす。───近くで火事が起きてるって」

「あ」

「蜂ってそんなに高い温度じゃなくてもころっと死んじゃうんで、あいつらの足止めにはもってこいでしたよ。でも……」


 それでもだんご粉を失った悲しみは大きい。何を隠そう長野にいた頃はお菓子作りに没頭することもあったカリヤである。良質な材料を失ったことに悔しがる。


「凄いね、カリヤ君」

「えっ?」

「資質が少なくても、プラグが使えなくなっても、それでも色んなことできるんだね」


 サエカはそう言ってカリヤに笑いかける。その純真無垢な笑顔を向けられ、カリヤの頬に赤みがさす。

 照れや興奮とも違う、高揚する気持ち。自分の好きな人の役に立てたことと、その人の傍で共に同じ道を走っていること。

 今思えばカリヤの目標はとっくに達成されていたのだ。


 その考えにたどり着いた途端、急に口元がほころびそうになってカリヤは、サエカに見られないように顔を背ける。


「た、たいしたことじゃないっすよ!!」


 その拍子に後ろの様子が目に入る。森の奥、すでに白い煙は空気中に漂い消えていた。

 そして代わりに黒い塊が先程よりも素早い動きでこちらに向かっているのが見えた。

 


 ──そう、煙に見せかけた足止めなど大したことはない。


「ぎゃああああ!!」

「えっ、あっ!!」


 カリヤの絶叫につられ後ろを振り向くサエカも事の次第に気づき、先程同様必死で加速する。

 ブンブンと羽音を立て急接近してくるマス・ビーに、カリヤは今度こそコンセントを壊されると覚悟した。

 息もあがり、体力も削られた今、為す術はもうない。


 小石につまずきふらつく足元。咄嗟に死を予感した。


 ───あ、ダメかも。


 その勢いそのまま地面に激突し、訪れる痛みに耐えようと目を瞑り、歯を食いしばる。

 しかし、一向にその瞬間は訪れない。


「………あれ?」


 まさか背後ががら空きのカリヤを無視するなどありえない。

 おそるおそる顔を上げ、後ろを振り返る。そこには黒い塊は既になく、ふとそのまま視線を地面へとずらす。

 するとそこには今まで追ってきていたマス・ビーの死骸が大量に散らばっていた。


「な、なんだこれ……まさかサエカさんが?」

「ち、違うよ違うよ!!」

「じゃあ、誰が………」


 マス・ビーが死骸から塵へと変化していくのを見て、安心する。

 誰がマス・ビーを退治したのか確かめるためにも、体についた土埃を払いながら立ち上がる。

 すると、寝転がっていた時には感じなかった熱風が顔に直撃する。

 

「なん───」


 何故熱風が吹いてきたのか。その風の吹いてきた方向へと視線を移す。

 その目に映ったのは、赤だった。


 数年前とつい先程、見た事のある光景がそこにはあった。


 

「────屋敷が、燃えてる」


 サエカとカリヤが辿り着いたのは、目指していた屋敷だった。

 蜂型ショートに追われながらもこの地に向かっていたことを知り、安堵する気持ちが生まれる。


 マス・ビーが死んだ理由がハッキリとした。


「この熱気にやられて死んだのか」

「か、カリヤくん。大丈夫だった?」

「ああ……はい、俺は……大丈夫なんですけど」


 

 色んな事が頭を巡るが、まず最初に思ったのはやはりタイガのことだった。連れ帰ろうとして、殴ろうとして、でも───

 


『タイガは、大切にしたいと思った人を火事で失ってしまったの。そのショックのせいか、火事を見ると体が言う事を効かなくなる……そういう症状に悩まされている』


 

 タイガのことを教えてあげると言って、アズキがカリヤに伝えたことを思い返す。

 タイガがこれを見逃すはずがない。体が言うことを聞こうが聞かまいが主の言葉に忠誠を誓うような奴だ。


「まさか………中に、居るのか……?」

「え……? タイガ君がこの中に……?」


 屋敷全体はまだ焼け落ちる程ではない。数部屋から煙と火が出ている程度である。

 それでも火の威力は決して弱いものではない。無策で入れば炭と化す。


 じっと屋敷を見上げ、ここからどうするべきかを考えているカリヤを、サエカは心配そうに見つめる。

 屋敷の周囲に誰かいないか、サエカも観察するが誰もいない。子供が使えるような小さな弓と矢が転がっている以外は死体も人間もいない。


「ここで待つのはどうかな……? まだ来てないのかもしれないよ?」

「いや、それはないっすよ。あいつの速さは俺が一番に分かってますから」


 なにせ実際抱えられながら戦場を走ったことがあるのだ。あの速さは尋常ではない。

 


 ───こうなったら屋敷内を探すしかない。


 そう思ったカリヤは周りを見回す。


「なにか武器とかないか……? さすがに無手では行けねぇよな……」

「あ、そうだ」

「はい?」


 サエカは自分の腰周りに装着しているポシェットからボトルを取り出す。

 近づくようにサエカに手招きされ、カリヤはサエカの方へと歩き出す。


「それ、なんですか?」

「火の中に入るならやらないと」

「?」


 ボトルのキャップを開けたサエカはそのままその中身をカリヤの頭上にぶちまける。


「!? んぶはっ!? な、なんすかこれ!!」

「お水だよ、水。私はプラグを展開してるから火事には強いけどカリヤ君、そのままだと燃えちゃうかもって」


 いきなり頭上に水をかけられ、はやる気持ちに文字通り水をさされたカリヤは、ブンブンと頭を振って水を軽く払う。 

 一言欲しかった、そうは言えず一応感謝の言葉を述べる。


「んじゃ、屋敷の中入ろうか?」

「………はい」


 屋敷の前、長い階段を目の当たりにして、ついこの間村長を連れてきたことを思い出す。

 ───保護されている子供は無事なのか、ファザーは?

 思うことは様々だが今はひたすら進むしか方法はない。


 階段を登ろうと、一段踏み出す。

 しかし同時に襟を後ろから引っ張られ、踏み出した足が地から離れる。


「っえ?」

「危ない!!」


 

 カリヤの踏み出した階段横から、何かが飛び出す。

 それは獣ではなく、どちらかといえば人のような───


「おや、避けられましたか」

「っ──!! お前は……!!」


 カリヤの目の前に現れたのは、狼でも蜂でもない人型のショート。タイガと共に遭遇した後、追跡をあきらめたショートでもあった。


「どうして村を、屋敷を、燃やした!!」

「カリヤ君、私の後ろに居て…!!」


 人型ショートに初めて遭遇したサエカは、プラグを使うことのできないカリヤを庇うように前に出る。

 相手の力量が見えないことに、さすがのサエカも動揺した。


 しかし、サエカは弱音を吐くのをぐっと堪え拳銃に手を伸ばす。


「(資質はほとんど無いけど、一、二発なら……)」


 人型ショートはそのサエカの様子を見ても動じず、むしろ楽しげに口元をほころばせる。


「……ああ、中に居るヒトを助けに来たんですね」

「ファザーを、子供達を、タイガをどうしたんだ!!」


 敵意を表に出しながらカリヤは叫ぶ。けれどその言葉に返答はない。代わりにその人型ショートは肩をすくめておどけたように笑う。


「さぁ?」

「て、めぇ……!!」

「カリヤ君、待って」

「でも!!」


 いつまでもからかうようなショートの態度に我慢出来ず飛び出そうとするカリヤを、サエカは片手で制する。

 そしてカリヤの耳元に顔を向けると、ショートに聞こえない声量で話しかける。


「私がここでこのショートを食い止めておくよ」

「!? でも……」

「大丈夫、プラグ以外にもやりようはあるから。だからカリヤ君は中の人達を連れてきて欲しいの」

「……!」


 こうして話している間でもショートは身動きしない。あの様子なら隙を見て中に入ることが出来るかもしれない。


「……分かりました」


 サエカは頷きで承諾を表現する。そしてゆっくりとカリヤから視線を外すと目の前の人型ショートへと向き合う。


「八なし合いは終わりましたか?」

「………ええ。あなたが待っていてくれたお陰でね」

「で八、その命───頂戴します」


 ショートは自らの赤く染まった鋭い爪を携えサエカへと走り出す。

 そのタイミングでサエカはカリヤの肩を掴み、叫ぶ。


「フラッシュ!!」

「!?」


 サエカの声に呼応するように、ショートとサエカの間の空間が光り輝きその場を照らす。その攻撃を予期できなかったショートの目は光で遮られ、一瞬の隙が生まれる。


「今だよ!!」

「はい!!」


 光が止み、ショートが目を開いた時には既にその場にカリヤの姿はなくサエカのみが目の前に立ち塞がっていた。

  


「後は追わせない。私が相手するよ」

「………お手柔らかに」



     ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「っはぁ、はぁ………なんとか、入れた……」


 目くらましの後、必死で階段をかけ登り屋敷内へと転がり込んだカリヤ。既に息はあがり鼓動は高鳴るが、なんとか屋敷に辿り着くことに成功した。

 追っ手が来ないように頑強な扉を閉め、一応近くにあった家具を寄せる。


「さて、と……どこに居るかだけど……」


 外から見た屋敷はすでに赤い炎に包まれている様に思えたが、中に入るとそこまで火の手は大きくない。

 しかし煙を吸い込むわけにはいかず、カリヤは自分の制服の袖で口を覆う。


「あ、そういえば」


 ファザーの屋敷に初めて入った時、廊下に斧と盾の調度品があったことを思い出す。

 敵はサエカが抑えているからといって手ぶらなのも危ないだろうと思い、カリヤは寝室のある二階へと足を向ける。


「んっ……?」


 だが、その途中、中央階段の横に人が居ることに気づく。

 その背丈はおよそファザーよりも大きく、カリヤは直ぐに思い当たる人物を頭に思い浮かべた。


「タイガ!?」


 カリヤの声に反応するようにその人影はこちらに振り向く。

 その背中に大剣が携えられていることからも、カリヤは謎の安心感を覚えた。

 出会ったら殴ってやろうと意気込んで屋敷へと向かってきたが、そんな気持ちもどこかへと飛んでいく。


「良かった、お前が火事が苦手って聞いて焦って来たけど、無事で!!」

「………」

「……タイガ?」


 タイガの元へと駆け寄り、怪我があるかどうかを確認した後、下からタイガの顔色を窺う。

 しかし、その顔にはなんの感情も込められておらず、目もなんとなく虚ろげだ。


「どうした? 酸欠か? っていうか、お前なんでここに突っ立って───」


 と言いかけて、カリヤは壁に叩きつけられる。


「っぐぅ!? た、タイガ!?」

「………」


 タイガに頭を捕まれ、どうにかその手を剥がそうとするが、両手を使っても剥がれそうにない。

 そうしてもたもたしているうちにタイガは背中の鞘から、すらりとした刀身を抜く。


「な、なにを………たっ、タイガ!! 俺だ!!」

「……」


 必死にタイガの敵ではないことを主張し続けるも、タイガの動きは止まらない。

 


 ──どうして、俺の声が聞こえないんだ。


「っ、確かに、俺はお前の事が嫌いだし、お前の強さに嫉妬だってしてる………でも、こんな……」


 カリヤはゆっくりとタイガの手から自分の手を下ろす。 

 

「こんな……馬鹿みたいなことするなんて」


 そして下ろした拳に力を込め、カリヤは涙の滲む目でタイガを睨みつける。


「思わなかったぞ」


 大剣が高く掲げられ、そのままカリヤに振り下ろされようとした瞬間───


「こんの、バカヤローーー!!」


 カリヤの足はタイガの股間めがけ振り上げられ、確実にヒットする。


「……っ!!」


 さすがにこれには堪えたのか、大剣を取り落とし、タイガは痛みに呻く。

 タイガの手から解放されたカリヤは、ゆっくりとした足取りで、倒れたタイガの元へと近づく。


「………殴ってやろうと思って、止めておいたけど、それも止めだ」


 困っている人を見逃し、敵を追いかけ、そのまま正気を失って同僚に攻撃しようとするタイガを許せる器量をカリヤは持ち合わせていない。

 タイガの胸ぐらを掴み、顔面を睨む。


挿絵(By みてみん)


「───歯ぁ食いしばれ、このクソ野郎」

 


 


 

 



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