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コンセント·コンセプト  作者: なつミカン
3章 牙の在処
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無能の伝書鳩

 ────場所は変わって、オケナガス盆地の周囲を取り囲むように隆起した山地。

 そこには橙色の髪を靡かせ、枝から枝へ飛び移る姿があった。


 ただただ移動し続けるその影はしきりに足元を観察し、その情報を懐から取り出したメモ帳に書き込んでいく。


「──ここも足場が悪いなぁ~……」


 と、ぼやくのはアズキの秘書・クルック。どうにか檻で封鎖された入口以外から盆地内に入れないかと、盆地周辺を偵察していた。

 しかしどこを見ても不安定な岩や石に覆われており、登山をすれば真っ先に転落死することは間違いないだろう。

 おまけに2000mをゆうに超える標高。そうやすやすとは進入できまい。 

 

 クルックは一旦立ち止まり、幹に寄りかかる。書き込み終えたメモ帳を遡るようにペラペラとページをめくり、今までに得た情報を整理する。


「古代遺物の檻に入口が封鎖され、中にいた大勢の隊員が監禁された、と。それに加えて盆地内に取り残された爆弾が再起動される恐れがある………ここまではお嬢と情報共有済み、なんですけどねぇ~……」


 クルックはトントンと人差し指で、右耳に取り付けてあるインカムをつつく。

 アズキお抱えのメカニック特製のインカム。アズキの所持しているインカムとリンクしており、どんな電波妨害が入ってこようとも通信を可能とする代物である。

 だが───


「……通信が出来ないとはねぇ……おっかしいなぁ、あの子が不良品を作るなんてことは一度だってないはずなのにぃ……」


 こうなると相手は相当な電波妨害、もしくはネットワークにすら干渉している恐れがある。

 しかしこのまま手ぶらで帰る訳にもいかない。妨害工作をしている奴の情報を得てやっとアズキの役に立てる──


「やられてばかりじゃ通信兵監の名が廃りますねぇ……」


 クルックは手元のメモ帳を閉じて懐にしまい、代わりにモノクルを取り出し目の窪みにはめ込む。

 

「──コネクト」


 クルックの声に従うようにモノクルから緑色のコードが伸び、クルックのコンセントと接続する。

 モノクルのレンズを通して見えるのは、膨大な数の情報。足跡や動物の気配、湿度や温度、自然環境の情報など、ただただ膨大な情報が映り込む。

 しかしクルックはその情報の中から取捨選択を行い、ある可能性を見出す。


「敵は、複数──?」


 どう考えても知性ある人型ショートにしては事件の規模が大きいと、クルックはうすうす勘づいていた。

 ここにきて、ショートらしき痕跡が盆地の外にも残っていることが判明した。

 さらにそのショートらはある一点へと目指し向かったことにも気づく。


 足跡や植物の流れ、クルックはショートらが向かった方向へと枝を飛び移るようにして移動する。

 


 ───誰かがショートを操っている……?


 盆地の外にショートが現れるだろうということは、通信兵監内で何度も議論されてきた。

 不確定要素が多く、アズキには伝えていなかったが、まさかここでこの事態に陥るとは。


 風を切るように飛び上がり、最小限の動きで枝を踏み、また飛び上がる。

 ある程度身体能力が上昇した今のクルックにとって、移動自体は苦ではない。

 しかし、人型ショートに出くわした瞬間クルックの負けが確定する。

 そうならないためにも───


透明化(ステルス)


 モノクルのレンズに反射する景色を反転させ、全身を覆う膜を作り出す。

 完全に景色と同化し、クルックの存在が透明となる。


 途端、クルックの額に一筋の汗が流れる。


「っはぁ……やっぱりまがい物だと疲労感が凄い……ですねぇー」


 現在展開しているプラグも、アズキお抱えのメカニックによる改造プラグである。本来ならば、一機につき一人。一つのプラグを使えるのは一人だが、改造されたプラグは複数人が一つのプラグを使うことができる。


 しかし、その分だけ使用者の資質を消費し、体力を奪う。

 もともとクルックは固定されたプラグを持たない。誰にでも扱える大量生産型のプラグか、このような改造プラグしか使えないのである。

 

 クルックは体力を温存すべく、汗を拭う動作すら放棄した。 


 ───このモノクルで敵を視認しさえすれば……


 枝に着地し、そのまま飛び上がろうとするクルック。だが、体の重心が突如傾き、クルックはバランスを崩してしまう。


「──!?」


 着地した根元から枝が折れ、クルックはそのまま地面へと急降下していく。

 落ちまいと手を宙に伸ばすが、なにも掴む物が無いまま、その手は空を切る。


 不安定な体勢で背中から地面に激突し、クルックの体からは鈍い音が出る。

 骨を痛めたらしく、すぐには立ち上がれない。


「ぐ、ぅ………」


 咄嗟にモノクルで、その木を分析する。

 パラボネラ植物の遺伝子を組み込んだ広葉樹、針葉樹であるパラボネラの木とは違ってそうやすやすと折れるような枝はしていないはず。

 分析した結果、その木は既に朽ちており、ショートの天敵となる独特の匂いを発生させることが出来なくなっていたことが判明する。


「まずい………まずいまずい!!」

「何がまずいんダ?」

「パラボネラの木が枯れたら、ここが危険地帯になっちゃうんですよぉー!! って……」


 叫ぶクルックは途中で入ってきた声に返事をした後に、自分以外の人間が居るはずがないということに気づいて息を飲む。


 クルックの背後、木の葉をゆっくりと踏む音が聞こえた。

 モノクルの空間把握能力を持ってしても見きれなかった存在が近づいてくる。

 クルックはなんとか体勢を整えようと地面に当てたままの手のひらに力を込めた。


「気ヅくのが遅すぎたな」


 クルックは振り返り咄嗟に防御体勢を取るが、相手は音もなく急接近し、クルックの腕を掴むと地面に叩き伏せる。

 

「か、は」


 腕を背後に組まされ、肺が圧迫される。 

 クルックはそれでも尚、相手の情報を得ようとモノクルをかけたほうの目を後ろに向ける。


 ───黒髪の人型ショート、見た目年齢三十程、筋肉はそれほどついていない、薬品の付着、爪の間に土が入り込んでいる………


 

「な、るほど……」

「うん? まダ喋るか、ヒトよ」


 さらに強く地面に押し付けられるが、クルックは呻き声を押し殺す。


「っ……あ、なたが、っ妨害工作をし、檻を閉じた人物なんです、ねぇ…?」

「……ほう」


 背後をとったにも関わらず、人型ショートはクルックのコンセントに興味を示さない。それは未だクルックを拘束し続けることと関係があるはず。

 クルックは十分な息を吸い込み、震える喉を抑え、声を出す。


「……ファラデー支部の拠点、あそこでバラバラにされた死体にはある薬品が仕込まれていた、あなたの、白衣にも同じ液体が付着していましたよぉ…?」


 そう言うとそのショートは空いた片手で、自身の白衣の裾を嗅ぐ。

 

「ふん……なるほド、細胞分解液を飲ませるべきではなかったか」

「……?」

「教えてやろう、ヒトよ。俺は見ての通り、貧弱でな。ヒトを殺すときは必ず薬品を使うのダ。それを悟られないよう室内をねずみドもに荒らさせたが……」


 黒髪のショートは長く尖った爪でクルックの頭をつつく。


「お前は相当頭が良いようダ」

「っ……お褒めに預かり光栄ですね」


 ───そんな訳あるかクソ野郎。


 クルックは内心で毒づき、口角を上げる。

 対してショートは鬱屈とした表情で、クルックの頭上からつま先まで観察するようにじっと見つめる。

 鳥肌が立つ程の視線を浴び、クルックは眉間に皺を寄せた。

 おそらく、同族嫌悪というやつだろう。クルックにとって観察することは好きだが観察されることは嫌いだ。人生において常に自分の存在を頑なに消していた。


 今の状況はクルックにとって拷問に等しい。しかし身動きが取れない以上、暴れる元気すらでない。


 ここまでくると命を諦めた方が早いのだろうが、それもさせてくれなそうだ。

 頬を引っ張られ、爪がくい込む。地味に痛い。


「な、なにしてるんですかねぇ……?」

「ふむ。ヒトとは随分と柔らかいな……フォボスが観察したくなる気持ちもわかる……」


 気分はまるで解剖台に乗せられたネズミのようだ。

 これならアズキに踏まれる方がよっぽど嬉しい。


「殺すならさっさと殺して貰えると……ぐっ、あ!?」

「ふむ……関節はここまデしか動かないのか。随分と硬いなヒトは」


 背後にのしかかった状態でショートはクルックの腕の関節を曲げる。クルックはその痛みに悶絶しながらも歯を食いしばり耐える。


「なにを……」

「いやなに、本来ならお前を殺しても構わないが……」


 ショートの関節を掴む力が、次第に強くなる。


「───ヒトの器がドれ程のものか、試していくのも悪くは無い」


 


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ───一方その頃、カリヤとサエカは森の中を走っていた。


「カリヤくん、こっち!!」

「はい!」


 地面に強く残っている獣の足跡。その跡を見てからサエカは方向転換する。

 そんなサエカに置いていかれまいと、カリヤも必死に走る。


 村長を抱えながらファザーのいる屋敷から逃げてきたという獣人の少年──ハヤテ。彼は四肢がチーターのようになっており、その足で逃げてきたという。

 それを聞いたカリヤは、地面にくっきりとした肉球の跡が残っているのに気づいた。

 迷子になりかけていたサエカとカリヤだが、強力なショートが屋敷に侵入したと聞き、タイガもそこを目指しているはずだと目星をつけ、その足跡を頼りに屋敷へと向かっていた。


「本当に、タイガくんはその屋敷に来るのかな」

「おそらく、いや、間違いないっすよ!!」


 アズキに聞かされた、血筋による先天的な特殊能力のことを思い出す。

 ───赤髪特有の、高い察知能力。

 そんな大層な能力を持っていて、尚且つショートを倒そうと躍起になっているタイガがまさか屋敷にいるという強力なショートを見逃すはずがない。

 カリヤの中では、タイガに対して謎の期待感が生まれていた。


「あ」

「ん? どうしたの?」


 サエカとカリヤが迷子になり立ち尽くしていた場所。その付近にショートが出没し、ハヤテを襲ったことを思い返す。

 今思えばタイガの通り道にショートが居たということになる。


 それなのに倒さなかったのは───


 カリヤは、逸る呼吸を抑えるように制服の胸元を握りしめる。

 タイガがどうしてそんなことをしてしまったのか理由は明らかだが、カリヤにとっては一番やってはいけないことだったからだ。

 


 きっと、タイガの目には強く、凶暴なショートの気配が遠くに見えていたのだろう。しかし、だからといって目の前の小さな気配を見逃していいはずがない。

 足跡が途中で途切れていたのはおそらく避けたからだ。


 タイガは小石を避け、大きな壁を目指し前へと進んだ。けれど、カリヤも含め他の人達は、障害となるその小石につまづき転んでしまった。


 

 ───目先の欲に眩んで、障害を放っておいていいはずがない。


 カリヤは思わず歯ぎしりをする。


「───急ごう、サエカさん。タイガには一発お見舞いしてやらねぇと気がすまねぇっす!!」



 そう言うと、カリヤは一層強く地面を蹴り、サエカの一歩先を行く。その怒りと失望が込められた表情をすれ違いざまに見たサエカは、即座にカリヤの胸中を察した。

 サエカはカリヤの小さな背中を眺め、その小ささに似合わぬほどの数の苦悩を感じ取る。その苦悩に少しでも寄り添えるようサエカは小さくうなずく。

 

 

「――うん」

 


 



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