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コンセント·コンセプト  作者: なつミカン
3章 牙の在処
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命のプラグ

 微かに焦げ臭さの混じった風が、人々の頬を撫ぜる。それぞれがそれぞれの想いを抱きながら奔走する中、カリヤとサエカは道に迷っていた────


「えっ? 迷子?」

「うん、そう………タイガくんの足跡とか気配とかを辿ってここまで来たのは良いんだけど、さっぱり途切れちゃって………」


 サエカは辺りを見回しながら、困ったように頬に手を当てる。

 周囲は常に木々が生い茂る森であり、現在立っている場所がどこなのかが全く分からない。

 迷子になるのはすでにもう経験したが、まさかここで迷子になるとは。



 とりあえず心配した事態になっていないことに、カリヤは安堵の息を漏らした。


「ごめんねって言うからてっきり俺は……」

「?」

「あ、や、なんでもないっす!!」


 「フラれたと勘違いした」とは言い出せず、カリヤは真っ赤な顔を隠すように両手を顔の前でぶんぶんと振る。

 

 ────それにしても、気配が途切れた。か。


「今までどうやってタイガの気配を辿ってたんすか?」

「えっとね……これを見て」


 そう言ってサエカは地面にしゃがみこむ。その際に地面に落ちていた木の枝を拾い上げ、カリヤに見せるように掲げる。

 一見、なんの変哲もないただの木の枝だが、よくよく見ると踏まれたようにひしゃげている。


「これ……もしかしてタイガが踏んでいった……?」

「多分。私も少しなら察知能力を使えるから分かるけど……少なくともショートや一般人の気配じゃないの」


 他にも目を巡らすと、木の枝の他にも、大きな成人男性の足跡を発見することが出来た。

 だが、今カリヤとサエカがいる場所を境にその痕跡がなくなっている。


「途中まではちゃんと跡があったのに……なにかあったのかなぁ」


 もしもここが盆地から離れた場所なら、ショートに出くわした可能性があるが、盆地前で大量のショートに襲われ逃げてきた今、どこであろうと関係ないのかもしれない。


「あの……サエカさん」

「ん? どうしたの?」


 それもあってカリヤは疑問に思っていたことをサエカに問いかける。


「どうして盆地の外にショートがいたんすか……? たしかパラボネラの木が生えてて、ショートが発生しないはずじゃ……」

「うん。あってるよ。でもちょっと違うの」

「違う……?」


 サエカは適当な長さの木の棒を拾うと、地面に図を書き出す。

 サエカはそのまま盆地を示す丸と、その周囲を囲むように森を示す絵を書いた。


「昔はね、盆地にも森にもパラボネラの木が生えなかったの。でも、この盆地を開拓して街を作ろうと、過去のショート対策軍がこの地に訪れて、その開拓のお陰か盆地の周りにはパラボネラの木が生えるようになった」

「? でもそれだと正解になるんじゃ……?」


 サエカは盆地を示す丸の中にバツ印を書き込み、図から少し離れた場所に四角形を書き加える。


「今言ったのが史実。でも本当は違ったの」

「……」


 カリヤは、自身の理解を超えた真実に触れると知って息を飲む。

 

「過去にこの地を開拓しようとしたのは確かだけど、実際には開拓なんて出来てない。開拓しようとしたところにショートの猛撃が襲いかかったの」

「ショートが……でも、じゃあなんで……」


 驚きに目を見開いたカリヤを一瞥すると、サエカはそのまま話を続ける。



「どうやらその猛撃を退けようと命の(アニマ)プラグを使ったせいで土壌が変化したらしいの」

「………命の(アニマ)、プラグ? な、なんすかそれ」

「五十年前軍が開発したプラグで、今では使用禁止になっているプラグのこと」


 五十年前、カリヤも生まれていない昔のこと。

 そういえば、ナガレ村の村長は昔軍に所属していたとカリヤは聞いた。もしかしたらその命の(アニマ)プラグを使っていたのかもしれない。


「んじゃあ、その命の(アニマ)プラグとやらで土壌が変化したってことすか……? でもそれが何か関係するんすか?」


 サエカは木の棒を地面に置くと立ち上がり、近くにあった一本の木に手のひらを当てる。


「ほら、見て。この木、枯れ始めてる」

「……?」


 カリヤもつられてその木を見る。

 見た目はただの針葉樹だが、葉先を凝視すると葉の色が次第に緑色から茶色に変化し、萎んでいるのが分かった。

 葉だけではない。

 枝も先のほうから養分を失うように枯れていき、すでに老木へと成り代わりつつあった。

 ふと鼻につくような匂いを感じ、その匂いを嗅ぐ。


「っ……この匂いは、パラボネラ……?」

「やっぱり……もう耐えきれないんだ……」

「耐えきれない……? って、どういう……」



 サエカは空を仰ぎ、木々を眺める。

 その木々のどれもが悲鳴をあげるようにざわめき、泣くように軋みだす。

 カリヤはしきりに辺りを見回す。

 

 ────なんだ、なにが起ころうとしてるんだ。


 

「……命の(アニマ)プラグは本来、削った命の分だけその威力を増し、永続し続ける。でも、五十年も経てばもう………」

「……サエカさん……?」


 サエカの言葉に微かな揺らぎを感じ、カリヤはサエカの表情を窺おうとするが、ちょうど顔が見えない。

 怪訝そうにサエカを見つめるカリヤの心中では、また別のひっかかりが主張する。


 ───どうして、アズキは史実を俺に伝えたんだ?


 サエカの言ったことが本当ならば、アズキも同じことを知っているはずだ。

 たとえそれがカリヤに関係のないことだとしてもアズキならば、教えてくれる。

 アズキと一緒にいた時間はものの数週間だが、それだけは脳内で納得していた。


 もう一つの可能性があるとするならば、アズキが知らなかった可能性。

 今の話は、カリヤも、三つほど年上のアズキも生まれていない頃の話だ。史実を知っていようが真実は───


 と、ここまで考えてカリヤは意識を浮上させる。

 いるではないか、アズキとそう変わらない年齢でも真実を知っている人物が………



「サエカさん。なんで、五十年前の、そんな事を知って────」


 だが、言い切る前にカリヤの視界の端に何かが横切る。

 


「──!?」

「危ない、カリヤくん!!」


 咄嗟に距離をとろうとするが、カリヤは足元の小石につまづき尻もちをついてしまう。


「うわっ」 


 ───ショートか!?

 と瞬時に悟ったカリヤは、先程横切ったものを見る。

 土埃で見にくいが、どうやら相手も体勢が崩れているらしい。今が攻め時だと、尻もちの原因である小石を掴み狙いを定める。


「カリヤくん、そっちじゃない!!」

「……っへ?」


 しかし、サエカが叫んだ途端、カリヤの背後の草むらから別の陰が飛び出す。

 振り向きざまにカリヤの目に飛び込んだのは真っ赤な毛先を持つ狼の姿。正真正銘のショートが大口を開いてカリヤの背中に飛びつく。


「ぐ、あっ!!」


 狼の爪が背中に食い込み、神経を貫くような痛みが脳へと伝わる。

 背中はまずいと、カリヤは咄嗟に背後の狼の頭を掴む。


「───ライトニング!!」


 瞬時にホルダーから二丁の拳銃を取り出し、照準を定め、サエカの口から放たれた言葉に呼応するように銃口に光の粒が集まる。

 同時にカリヤは、背中の痛みを堪えつつ背負い投げの要領で狼型ショートを背中からひきはがした。


 サエカの攻撃とカリヤの機転により、ショートの肉体に穴が開いた。


「────!!」


 そしてそのまま悲痛な叫び声をあげながらショートは塵と化す。



「いっつ……」


 その光景に安堵したのも束の間、カリヤの背中の傷からは血が滲み出す。


「カリヤくん、大丈夫!? ヒールを……」

「だ、大丈夫です!! それより……」


 初めにカリヤの視界を横切ったもの。それがいまだショートなのかが判然としない。

 今の争いの最中に攻撃を加えなかったあたり、ショートの仲間ではないとだけははっきりしている。


「……お前らは、誰だ?」


 カリヤは、土埃が止みつつあるその一点を見つめる。そこに居たのは一人の老人を抱えた、人間の姿だった。


「み、見逃してください!!」

「………見逃す?」


 咄嗟に攻撃体勢に戻ったカリヤとサエカに向かって、その人間──いや、よく見ると頭の上に動物のような耳が生えた、人間ともつかない生物が、命乞いをしていた。

 サエカはその姿を見てすぐさま警戒体勢を解く。


「獣人の子なんて……珍しいね」

「獣人……? 獣人ってあの、獣みたいな耳が生えてて動物と人間のハーフっていう…?? じ、実在してたのか……!?」


 ───俺のいた長野では、そんな生物がいるのはおとぎ話か漫画ぐらいだったぞ……?


 カリヤの驚きをよそに、サエカはプラグを懐に仕舞い、ゆっくりとした歩調で獣人へと近づく。


「あなた達は、ショートに襲われていたのね? 大丈夫? 怪我はない?」

「いえ!! むしろ怪我をさせちゃって……ごめんなさい!! お詫びはします、でも今は見逃してください!!」

「? どうして『今は』、なんだ?」


 カリヤは尻もちをついて汚れた制服の土を払い落とし、サエカ同様に獣人に近づく。

 その時、カリヤはあることに気づいた。


「あれっ……? お前もしかしてファザーの屋敷に居た子供じゃ? っていうか村長!?」


 獣人という言葉に衝撃を受けすぎてまともに相手の顔を見ていなかったが、カリヤは近づいてまじまじのその顔を見ているうちにその獣人がファザーの屋敷に匿われていた子供たちの一人だと気づく。

 そしてその獣人の子供が背負っている老人をよく見ると、ナガレ村の村長であることも判明した。


 それは相手も同じようで、カリヤの顔を見た途端、あ。と声を漏らす。


「も、もしかしてファザーとお話してたお兄ちゃん……?」

「ああ~~っと、お前、名前なんだったっけ?」

「ハヤテだよ!」

「ごめんごめん、ちょっと忘れてただけだって」


 茶髪の獣人、ハヤテは頬を膨らませて、小さな憤りを露わにする。対してカリヤはおどけるように笑顔を見せ、謝罪をする。

 そのやり取りを穏やかに見守っていたサエカが疑問を口にした。


「二人はどういう経緯で知り合いなの?」

「あ~っと、それは………」


 カリヤはファザーの事をサエカに言うか言うまいか悩み、口ごもる。

 ただでさえその貴族が子供を匿い、軍に内密にしているというのに、目の前にその子供が居るんじゃ止むを得まい。


「……い、依頼人の息子さんで、それで面識があるんすよ!」

「え? あ~~………そ、そうそう!!」


 少しばかり見苦しい言い訳だが、嘘は言っていない。カリヤの慌て様に気づいたハヤテもそれに合わせるようにフォローをする。

 そのおかげか、サエカはふーん。と納得したように頷き、事なきを得た。


「そ、それより、なんでハヤテはこんなところまで村長を運んできたんだ? 急な用事か?」

「!! そうだ、僕、おじさんを盆地に連れてかないといけないんだ!!」


 おじさん。というのは村長のことだろう。

 ハヤテは性急に体勢を整えると、その場から立ち上がり、村長を抱え直す。

 しかし、カリヤがその腕を慌てて掴む。


「ちょ、ちょっと待てって!! 村長を盆地に!? なんのために……」

「僕にも分からないんだ。でもファザーがそうしろって……」


 と、ここまで口にしたところでハッとしたようにハヤテがカリヤを見る。


「そうだ、お兄ちゃん!!」

「? どうした?」

「屋敷が大変なんだ!! すっごい強いショートが侵入してきて……ファザーがまだ屋敷に残ってるんだよ!!」


 ────強いショート。

 その言葉にひっかかりを覚えたカリヤは真剣な面持ちでハヤテの言葉を促す。


「強いショートっていうのは……?」

「わ、かんない、でも人みたいなのにすっごい強くて……皆気絶させられて……」


 ハヤテはその光景を思い出し、思わず身震いする。同じ屋敷で育った仲間たちが為す術なく倒れていく光景。

 自前の足の速さでなんとかその猛襲をくぐり抜けてきたが、ファザーの安全を危惧するには十分なほどの恐怖だった。


 カリヤもそのハヤテの怯えたような表情を目の当たりにして、恐ろしいことが起こったことを悟る。


「わかった……ファザーの様子を見に行くよ」

「カリヤくん……? でも、それじゃ、タイガくんは?」

「多分……多分なんすけど」


 ───恐ろしく強いショートに覚えがないわけではない。

 むしろタイガが追いかけている存在。感知能力に長けているタイガであれば尚更その存在を抹消することに奔走するだろうという信頼。


 タイガは必ず敵を見失わない。どこまでも追いかけていき、その息の根を止めるまで走り続ける。

 なら、その敵の居場所にタイガは必ずくる。



「───タイガは、俺の期待を裏切らないんで」






 


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