2人の迷子
「………どこだよ、ここ!」
これは完全にやばい。
周りに人も居ないし、俺の古いガラケーは圏外だし、なにしろ日が沈みかけてる。
カリヤはあの後、駅を出てファラデー支部に向かっていたはずが、三十分経ってもまだ到着していなかった。
「道間違えたわけでもねぇのに!」
と、カリヤは地図を凝視するが、現在地点が分からないため確認のしようがない。
この時、カリヤはしっかりと駅からの道のりを地図に書いていたが、駅でショートに襲われた際に擦れたらしく道のりが消えていたことに気づかなかった。
「あー、もう、試験始まっちまってるよ……遅れた理由を話せばなんとかしてくれんのかなぁ……」
無事に到着出来たらだけど。
カリヤは辺りを見回し、どこかに住所が書かれていないか確認する。
電柱、ポスト、標識、看板………など、書かれていそうなものは全て調べ尽くした。
「なんでなんにも書いてねぇんだよ……都会ってこういうの書いてないのかよ……?」
心なしか、そのどれもが最近使われていないようにも思える。
変だな。めちゃくちゃ変だ。
なんで人っ子一人いねぇんだ?
夕方なら人が多くても不思議じゃねぇだろ?
少なくとも俺のいた田舎じゃ子供がわらわらと家に帰る頃だ。
「どの家も、明かりがねぇ……」
左右に点在する家の窓も見れば暗く、人が住んでいるようには見えない。
カリヤはその奇妙さに違和感を覚える。
「…………」
静かだ。誰も、俺以外、ここに居ない。
一人で都会まで来て、置いてけぼりにされたみてぇだ……
「うわぁぁぁぁぁん!!」
「!?」
突然、カリヤ以外の声、子供の泣き声が住宅地に響いた。
咄嗟にカリヤは声の主を探し、角を曲がる。
「うわぁぁぁん………おかぁあさぁん……おとうさぁぁん……」
そこには、へたりこんで泣いている男の子がいた。
「お、わ、ちょ、どうしたんだ!?」
「ああああん……!」
「泣いてばっかじゃ分かんねぇだろ!?」
「うわぁぁぁん!!!」
カリヤが声をかけるも、さらにその男の子は大声で泣き出した。
いやいやいや、こちとら子守りとかしてる暇じゃねーのに!
泣かれても困るし、このまま置いてこうか……
カリヤは伸ばしかけた手を引っ込め、踵を返す。そしてまた地図を広げ、目的地を模索しながら歩き出した。
「えーと、この道はあの建物の方向を向いてて……」
「うわぁぁぁああん!!」
「……それで、大体このくらい距離が離れてるから……」
「うぐっ……ひっ、く、うわぁぁぁん!!」
「…………ここはきっと、この地図のこの辺………」
「うわぁぁ」
「うるせえ!!!!」
カリヤが怒鳴ると、その子供は一瞬だけ泣くのをやめたがすぐにまたしゃくりあげてしまった。
その様子にカリヤは苛立ちを覚えたが、どうして苛立つのか分からないことに気づいた。
あれ……? なんでこんなに苛ついてんだろ、俺……
カリヤは今まで、荷物が重くて困っているおばあさんがいれば手伝い、
無くし物をして困っているおじいさんがいれば探すのを手伝い、
迷子になったと泣いて困っている子供がいれば一緒に探すのを手伝ったりした。
大事な用があるんだ。気にするな。今自分はそんな言葉で片付けなかったか?
カリヤの頭に、駅前でカリヤを助けてくれた女性の姿がよぎる。
あんなふうに、どんな人でも助けてあげられる人になれたら、どれほどいいだろう。
「…………なあ」
「うっ、ぐっ……ぐすっ………」
「大丈夫か? ……立てるか?」
できるだけ、優しく、カリヤは手を伸ばした。
すると、その男の子は俯いていた顔を上げ、カリヤを見つめる。
真っ赤な目に涙を貯めていながらもカリヤを見つめるその瞳には哀しみはなく、こくん。と頷くとカリヤの手を取った。
「……うん、だ、いじょうぶ。ぼく、たてるよ」
「ん、そっか。なら良かった」
カリヤはそのまま膝をおり、男の子と同じ視線で話しかける。
「……こんな所でどうしたんだ?」
「………おかあさんと、おとうさんとあるいてたけど、きづいたらぼく、ひとりになってて……」
「そっか、ちなみにだけど、ここってどこだか分かるか?」
「………わかんない」
男の子はそう言うと、自らのTシャツの裾を握りしめ、泣くのを我慢するかのように俯いた。
「お前は、どうしたい?」
「………おかあさんとおとうさんに、会いたい……!」
悲痛な子供の願いはカリヤの胸に刺さる。カリヤは新たにまた決意した。
この子を必ず両親に会わせてあげよう。
「じゃあ、約束しようぜ! 俺は絶対にお前をお母さんとお父さんに会わせてやる! だから、お前も一緒に探そうぜ?」
小指を立て、指切りげんまんの姿勢をとる。
男の子はしばしカリヤと、その指を交互に見てから小さな指をカリヤの指と交差させた。
「よっしゃ!! 約束な!!」
カリヤが満面の笑みを向けると、男の子もぎこちないながらも笑顔をカリヤに向けた。
ああ、これで少しはあの人に近づけたかな───
「…………っえ?」
しかし、カリヤが男の子に手を伸ばした瞬間、ソレはカリヤを後ろから襲いかかった────