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コンセント·コンセプト  作者: なつミカン
3章 牙の在処
59/75

どうしてこうなった

「な、確証はあるの……!?」


 カリヤに両肩を掴まれたアズキは酷く狼狽し、確証はあるのかと問いただす。いつもの高飛車な態度からは決して見せない表情にカリヤは驚かされつつも、言葉を続ける。


「確証はねぇ! でも、お前の言葉が正しけりゃ、盆地内に爆弾があるんだろ?」

「ええ、でもそれは既に対処しようと……」

「それ……おかしくねぇか?」


 アズキはカリヤに掴まれたまま、眉間に皺を寄せる。皺を寄せてもなお失われない美貌にカリヤは辟易しつつも疑問を口にする。



「人型ショートが、そう易々と爆弾の解除をさせてくれんのかよ?」


「……!」


「……あのなぁ、アズキは人型ショートがどういう思考してるのか分かんねぇんだろうけど、俺は知ってんだよ」

「なにを………」


 過去に共闘し、そして無惨に殺されたキボウとロウが頭を過ぎる。当時の出来事はあまり思い出したくもないが、ショートの笑い声と禍々しい笑顔がこびり付いて離れない。

 

 ────楽しそうに人殺しをするやつの思考なんか考えたくもねぇが。



「人間がどう生きてようが何思ってようが平気で殺すような奴らだってことだ」

「……そんなの、分かってるわ」

「いいや、わかってねぇよ。わかって………」


 尚も頑固に言い張るアズキに、カリヤは口を酸っぱくして言葉を続けようとするも途切れる。


「ん?」


 カリヤとアズキの間、その僅かな空間に誰かの手のひらが入り込み、話を中断させられたのだ。

 アズキもこれには驚いたらしく、そのまま手のひらの先を辿るように視線をずらす。


「な、なんであんたがここにいるのよ」


 そこに居たのは、先程まで一般人を連れ出し電車に避難させていたはずのサエカだった。サエカはアズキを見ながら怒ったように頬を膨らましている。

 

「アズキちゃん、ひどいよ。カリヤくんを縛ったりして」

「縛ったりって………あぁ、精神的にってことね。相変わらず言葉が足りないのよ」


 サエカは膨らました頬をそのままにカリヤの頭を抱きかかえる。

 

「ぅえ!?」

「友達が心配だから助けに行きたいだけなんだよ、カリヤくんは!」


 ───まてまて、なんだこの状況。


 大丈夫か? 俺の顔とか動きとか変になってないか? っていうかなんだこれ頭に柔らかい感触が───



「って何考えてんだ!!」

「ん? どうしたの?」

「いやなんもないっす、すみません!!」


 サエカの純真無垢な瞳がカリヤを捉え、対するカリヤはその眩しさに目がやられ直視できないでいた。

 ただでさえカリヤの心に芽生えた恋心のせいで心臓の鼓動が早まってしまっているのに、こうも立て続けに接触をしてしまったら一体自分の体はどうなってしまうのだろう。


 真っ赤な顔でうんうんと唸るカリヤを眺め、なにかを得心したかのようにサエカはアズキへ向き直る。


「ね、アズキちゃん!!」

「ね、じゃないわよ!! 大体避難はどうしたの!?」


 アズキはサエカに電車の電力供給を任せ、一般人の避難を優先するように言った。だが、ここにサエカが居るという事態にアズキは怒りの感情を露わにする。

 アズキが凄まじい剣幕で詰め寄るも、サエカはなんら変わりなくあっさりと答える。


「電力は供給しておいたよ!! 結構資質を消費しちゃったけど、往復二回分は貯められたから」

「……蓄電しておいたってこと? でもサエカがここに残る理由が……」


 そこまで口に出し、アズキは意識を外に向ける。相変わらず檻の中からケンジの声とその他大勢の隊員の声がするが、それ以外にも別の存在がいることに気がついた。

 そしてそれと同時に、どうして檻の外に居たクルックの元にサーべージドッグが襲いかかってきたのかの謎が解けた。



「気づいた? アズキちゃん」

「ええ……くそっ、しくじったわ」


 普段の立ち振る舞いからアズキのお嬢様らしき言動が染み付いたカリヤにとって、その吐き捨てるような言葉は、焦燥を掻き立てるのに十分だった。

 サエカの腕の中で、カリヤは耳をそばだてる。


「………なんだ…?」


 オケナガス盆地では盆地内でのみショートが発現する。

 それは盆地の外でしかパラボネラの木が植生しないという、ごくありふれた原因によるものだったはずだ。

 なのに───



「ショートの………気配…?」


 カリヤ、サエカ、アズキの三人が立っている場所、その周りを180度取り囲むように荒々しい獣の気配を、それぞれが感じ取っていた。

 アズキは展開し続けていたプラグを構え、サエカは懐から拳銃型のプラグを抜く。しかし、サエカに抱きつかれたままのカリヤは固唾を飲むしかできない。


「どのくらい居るかしら」

「んー、熊ちゃん、狼さん、わんちゃんがいっぱいだね」

「クルックを偵察に回すんじゃなかったわ……」

「え? え? なんの話………」


 途端、獣が木々で生い茂っている森から飛び出し、三人へと襲いかかる。


「うわぁあ!?」


 カリヤの叫び声をかき消すようにアズキは一歩足を踏み出す。



「己の資質たる水よ、力を貸せ!!」


 薙刀の刃先を地面に添わせるように滑らせ、アズキは氷のエフェクトを自らの足元から発現させ、空気中の水滴を凍てつかせる。


氷の壁(アイスウォール)!!」


 カリヤとの特訓で見せたような部分的な壁ではなく、広範囲でなおかつ壮健な氷の壁がそそり立ち、襲いかかるショートと自分達を分断させる。

 

「お、おお……助かった?」

「一時的処置よ。あの数ならすぐに破られるわ………クルック!! クルック!! なんで来ないのよ……!!」


 アズキはしきりにクルックの名前を呼び、それでも尚本人が現れないことに不満の態度を表す。


「その場で言ってたって来るわけないだろ……?」

「呼べば来るようにしてあるのよ、クルックは誰にだって盗聴器をつけてるんだから。ヘアゴム触ってみなさい」

「へ?」


 言われた通り、カリヤは自身の髪をまとめているヘアゴムに触れる。

 すると指先から金属のような感触を感じ、ふと取ってみると機械的なチップが手のひらに転がった。


「うわ……」


 思わず口元がひくつく。

 まったく気配を感じさせずいきなり現れることが多いクルックだが、まさかここまでとは。


 しかし、アズキが言っていたようにこんなに叫んで来ないのは確かにおかしい。

 微かに氷の壁の向こうから、衝突音が聞こえてくるのも相まってカリヤは焦燥を隠せない。


「って、じゃあどうすんだよ俺がここに居たってなんの役にも立たねぇぞ!?」

「だからクルックにカリヤを連れて避難させようとしたのに……」

「アズキちゃん!!」

「なによ」


 サエカはアズキに声をかけると同時にずっと抱きかかえていたカリヤの脚に手を差し込み、横向きに抱きあげる。

 ────いわゆるお姫様抱っこだ。



「は? あ、ちょ、な、なにしてるんすか!?」

「いいから、ちゃんと掴まってて」

「サエカ!? 何のつもり!?」


 アズキは突然のサエカの行動に目を見開く。

 しかしサエカは得意げな顔で答える。


「さっきの話だと、タイガって子が危ないんでしょ?」

「た、たしかに、こうなった以上タイガには戻って貰わないと困るわよ!! だけどそれとこれとは……」


 話している間にも氷の壁への攻撃は続き、徐々に壁が揺れ出す。アズキは横目でそれを見ながら焦ったように言葉を紡ぐ。


「……私がカリヤを保護する。タイガを連れ戻すのはサエカ、あなた一人で十分なはずよ。だからカリヤを置きなさい」

「……ダメだよ。私じゃ連れ戻せない。カリヤくんが居ないとダメなの」

「どうして……」


 そうこうしているうちに氷の壁に穴が開き、ショートの爪がアズキの腕を掠めた。もう耐えきれないと踏んだサエカはそのまま巨大な氷の壁の頂上へと跳躍する。

 上からアズキを見下ろすサエカの表情には悲しみと苦しみが綯い交ぜになったような感情が込められていた。


 ────どうして、こんな表情をするんだ……?



 カリヤはサエカに横抱きにされつつもその表情が一体何を伝えようとしているのかまったくわからなかった。

 そうしてそのままサエカはタイガの向かった方向へと氷の壁づたいに走り出す。



「待ちなさい!!」


 なおも必死に止めようとするアズキをおいて、二人の姿は森の中へと消えていく。

 アズキは上手く事が運ばないせいか、無意識に舌打ちをする。

 そうしてその怒りのまま氷の壁を突破した犬型ショートの首を素手で鷲掴みし、一瞬のうちに氷像へと豹変させた。


 辺りは冷気に満ち溢れ、アズキを中心に地面が凍っていく。

 それはまさに無意識的なエフェクトの物質発動であったが、常人のそれを凌駕する威力────


 木々はざわめき、大地は震える。

 先程まで威勢よく襲いかかってきていたショートでさえその本能を燻られるほどであった。



 アズキは掴んだ氷像を握りつぶすと、深く白い吐息を漏らす。

 ぎらりとショートを睨むその瞳はまさに弱肉強食の頂点にも匹敵する殺気を放つ。



「────邪魔するんじゃないわよ、この害虫共が」










      ◇◆◇◆◇◆◇◆



 必死に首に手を回し、振り落とされないようにサエカにしがみつく。

 将来結婚したいとまでに夢見た女性にお姫様抱っこをされるとは、こはいかに。


「いやいや、じゃなくて!!」

「さっきから誰に言ってるの?」

「き、気にしないでください!!」


 アズキの静止の声を振り切り、森を一直線に駆け抜けるサエカ。

 その表情は先程までとはうって変わり、明るく、いつもの輝くような笑顔になっていた。


 ふと周りの景色を見ると、まるで電車に乗っていた時のように高速で木々が通り過ぎていく。

 それほどまでに素早い移動ということだろう。


「あ、あの……どこに向かってるんですか……?その~、俺たち」

「タイガくんのところ。私だけで行っても上手く説明できないし、なにより私、あの子に嫌われてると思うの」

「だから俺も連れてきたんですか!?」

「うん」


 なんてことだ。

 あのアズキの剣幕からして、全くこのことは通じていないだろう。

 さしずめカリヤを拉致したと思われるのが関の山だ。


 ───サエカさん、前も思ったけどちょっと言葉が足りない時があるんだよなぁ。



「………期待してるところ、本当に申し訳ないんですけど、多分俺じゃ説得できないと思いますよ?」

「どうして?」

「いや、だって……友達でもなんでもないですし、むしろ敵視してるってのが正しいんじゃ……」


 今のタイガとの関係を上手く言葉にすることが出来ず、口ごもる。


 ───タイガとの関係は一体なんなのか。

 最初は模擬テストだった。周りの新入隊員がカリヤのプラグを見て嘲り、見くびっていたのに対し、タイガだけは真剣に戦いに臨んでいた。

 別にその件に関しては礼とか、感謝とかをするつもりはなかった。結局はぼこぼこにされて良い気はしなかったからだ。


 次に出会ったのは人型ショートとの戦いが終わった後、監視をするという名目でプラグの使用を制限され手錠をはめられた時だ。

 ひどい扱いに加えて、一切手伝いをしないという態度。

 嫌な要素しかなかったが、ファザーの屋敷でのやり取りやナガレ村が火事に襲われた時のやり取りの最中、少しだけタイガの心根が垣間見えたような気がした。


「……でも、敵視してる人の心配なんて簡単にできることじゃないと思うよ」

「心配なんて……俺はただ」



『だ、だめだ!! なおさらタイガを行かせちゃダメじゃねぇか!!』


 過去に自分が言った言葉が、今更のように頭にこだまする。

 確かにあの時は、まさかタイガが火事を見ると動けなくなる症状に悩まされているとは知らなかったからこそ出た言葉だ。

 でも今は───

 

 眉間に皺を寄せ、深く考え事をしているカリヤをサエカが優しく抱え直す。


「"困ってる人がいたら、助けてあげる"」

「?」

「これ、受け売りなの。でも、なんだかカリヤくんにぴったりだと思って」


 サエカはそう言って大きな倒木を軽々と飛び越え、前を見すえる。



「好きな人でも嫌いな人でも、条件反射で助けようと思っちゃうのって、そんなに嫌?」



 目に映ったその姿が、初めてカリヤを助けてくれた姿と重なる。

 凛々しくて、でも強すぎない光。たとえどこの誰とも知らなくても無条件で手を差し伸べる救いの女神────そんな風に思ったから恋に落ちたんだ。


 カリヤは息を吐くと、自らの頬を二回叩いた。

 じんじんと残る熱と痛みで脳内をリセットさせる。

 


「……ありがとうございます、サエカさん」


 カリヤが感謝の言葉を述べた途端、サエカの足が止まる。


「……ん? どうかしたんすか?」


 それを疑問に思い、周りを見回すが一貫して森の中。ここがどこかなど知る由もない。

 サエカはゆっくりと横抱きにしていたカリヤを地面へと降ろすと、そのままカリヤの顔をじっと見つめる。


「ごめんね」

「……へっ? え、な、なにが……っすか?」


 ───まさかフラれた?

 いやいやそんなまさか、そもそも告白すらしてないのにフラれるわけも無い。


 そのままお互いにお互いを見合う時間が過ぎ去り、カリヤが固唾を飲み込むのと同時にサエカが口を開いた。






「───私たち、迷子になっちゃったみたい」

 






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