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コンセント·コンセプト  作者: なつミカン
3章 牙の在処
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守るべきもの、譲れないもの

 ─────古びた洋館の一室。そこでは、寝込んでいる年配の男性を看病する、ファザーの姿があった。

 ファザーは村長の額に載せた布を取り替え、また新しく濡れた布を優しく載せる。すると、その冷たさに意識が覚めたのか村長は身動ぎをした。


「う、うぅ………」

「起きたか、ヨゼフ」

「その声は………あぁ……申し訳ありません……ウィクリフ様……」


 村長は額の布を手に取りながらゆっくりと起き上がる。それを見たファザーはその背中を支え、水の入ったコップを差し出した。


「どうして村を抜け、森を彷徨っていた? 盆地から離れたここでは呪いも効かない。ショートが徘徊していることはお前が一番分かっていることだろう?」

「だからでございます………」


 村長は差し出されたコップに口をつけ水を嚥下する。そして弱々しくも真剣な眼差しをファザーに向け、口を開いた。


「……その"呪い"が何者かによって奪われたのです」

「奪われた……!? だと!? 軍の研究機関でさえ匙を投げたあの不可視の呪いを……? 何故奪われたと分かる!?」

「これを………」


 村長は手元のコップをベッド横のテーブルに置き、小刻みに震える手で自らのくたびれた上着の内ポケットから一枚の布を取り出す。

 その布には何十年も前についたような血が染み込んでおり、元々白地だった部分がほとんど赤く染まっていた。

 だが村長が懐から布を取り出した瞬間、ファザーの目にはその血の色が徐々に薄くなっているのが分かった。


「この布………いや、元は旗であろう。まさかこれは……」

「ええ……あの時の物でございます。私めが持つのは気が引けたのですが……どうしても、これは……っ」


 布を強く握りしめ、村長は顔を覆った。そして、暫く呻き声をあげた後ファザーへと向き直る。



「再びあの時のように、ショートが溢れ出してしまいます………そうなれば、全てが水の泡へと帰してしまいます……!! どうか!! 私めを盆地へと連れて行ってくだされ!!」

「しかし……」


 ファザーはその村長の気迫に押されつつもそれでも尚怪我人を戦場に連れていくことは出来ないと首を横に振る。

 その時、部屋の扉を激しくノックする音がしてファザーは立ち上がる。


「どうした」


 遠慮がちに扉を開いたのはファザーの匿う子供たちの一人、唯一の赤毛持ちの少年だった。


「屋敷領内への侵入者です。どうしましょう……」

「誰か分かるか? もしかしたらナガレ村の者かもしれん」

「いえ、多分人ではないと思います」

「………そうか」


 ファザーはため息をついて、横目で窓から外を見下ろす。そこには数人の子供たちが弓を片手に、庭にて警戒態勢であることが分かった。


「相変わらずの偵察と判断だ。流星。」

「はい」

「足の早い者を呼んできなさい。村長をオケナガス盆地のファラデー支部の拠点へとお連れするように」

「ウィクリフ様……?」


 先程まで村長の外出、加えて盆地に向かうことを拒否していたファザーが、いきなり賛同したことに村長は不思議がる。

 ファザーはゆっくりと窓から目を離し、村長の顔を見る。


 そして瞑目した後、口を開いた。



「もしかすると、ここに居る方が危険になるかもしれない」



 廊下をバタバタと走る足音が部屋へと近づき、赤髪の少年と共に茶髪の獣人──ハヤテが勢いよく部屋の扉を開ける。

 

「ファザー!! どうしようアイツ、すっごく強い!!」

「落ち着いてハヤテ、そうじゃなくて」

「あっ、そうだ!! 逃げましょう!! 裏口からなら簡単には追いつけませんし、僕なら二人ぐらい担いでいけますよ!!」


 ハヤテの額にはうっすらと汗が滲んでおり、その慌て様から事態の深刻さが窺える。しかし、ファザーは窓の側から離れる素振りを見せない。

 むしろゆったりとした動きでハヤテの頭を撫でる。


「いや、私は結構。ここで迎え撃つつもりだ。代わりにヨゼ──村長をオケナガス盆地へ」

「え……? ファ、ファザーは…? 迎え撃つってどういう……」


 一旦は早くなっていた呼吸を整えられたが、ファザーの言葉を聞いた途端、頭上の耳がピクリと反応する。

 しかし、ファザーは心配そうな目で見つめるハヤテの横を通り過ぎ、部屋から出ようと扉に手をかける。


「………後は頼む」

「はい」


 ファザーの声に応じたのは流星であり、ハヤテはその二人の間で交わされたやりとりに疑問を抱く。

 ファザーが部屋から退出した後静寂が訪れ、ハヤテは自分より10歳もまだ下の齢6歳の流星の肩を掴む。


「な、なぁ流星……ファザーから何言われたんだよ」

「……前に、僕見ちゃったんだ」

「なにを」

「ファザーが大きな熊を仕留める所。だから多分、ファザーは大丈夫だよ。それより」

「あ、あぁ……そうか、なるほど……分かった。おじさんを連れてけって指示の方が大事ってことだろ?」

「うん」


 ハヤテは何度か頷いてから、ベッドに腰掛けている村長に肩を貸す。


「流星は? 来るか? お前のレーダーがあれば安全に連れてけるんだけど」

「僕は……ううん、いいや」

「そっか、じゃあ俺行くからな?」


 ハヤテは村長を背中に背負うと、颯爽と部屋から飛び出す。そして左右を確認してから裏口のある方向へと駆けていった。

 一人残された流星は、ベッドサイドテーブルに置いてあったコップを手に取り、まだ温かさが残る暖炉にコップの中の水をかける。


「確かこの辺りに………」


 蒸気と灰が軽く立ち込める中、流星はそのまま暖炉の内部に手を差し込み、レンガとは別の感触のする場所を手探りで触る。

 ふと、金属板のような物に触れた流星はそのままその金属板を横にスライドさせる。


「あった」


 これは皆でかくれんぼをしている最中に見つけたものであり、小さく身軽な流星にしか分からないものであった。

 金属板をスライドさせるとそこには豆粒大ほどのボタンがあり、以前興味本位でそのボタンを押してしまった時は大変なことになってしまった。


「少しでもファザーの役に……」


 

 




       ◆◇◆◇◆◇◆




「いち、に、さん、し、ご、ろく、しち、ハち………」


 倒れている子供たちの横を、草履を履いた男が通り抜ける。子供たちは一様に外傷なくただただ倒れているだけであったが、ぴくりとも動かず男の侵入を許してしまっていた。

 赤毛が混じった子供、腕が片方無い子供、獣の耳を持つ子供………その男の目の前に立ち塞がっていたのは全員が子供であり、尚且つ人の世間で言う「嫌われ者」達であった。



「"フつう"の子供ハ観察したことがあったけど、"嫌われ者"ハまだでした」


 ───これハ実にいい。


 誰にも聞こえない程度に呟く。

 男は古びた屋敷の階段を登る。階段の先に人の気配は無く、罠が仕掛けてある様子もない。

 屋敷の入口付近では子供らの矢による攻撃やブービートラップなどが見られたが、男は先に進むにつれ、そういった防衛線が薄くなっていると感じていた。



「………どうも、こんにちハ」


 階段を登ってすぐ、曲がり角を曲がった先で、男の目には一人の神父が映った。

 その神父の手には鋭い十字剣が握られており、その佇まいには見覚えがあった。


「ハじめまして……でハないですね?」

「不気味なものだ。もう五十年も前だというのにまるで変わらぬ出で立ちとは……」

「貴方ハずいブんとフけましたね」


 男は元々細い目をさらに細め、口角を上げる。狐のようなその顔を、神父は睨みつけた。


「………フォボス……貴様の名前は決して忘れまい」

「ええ……確かにあの時名乗りましたからね。ボくも、貴方の名ハ覚えています」



 神父は十字剣の切っ先を男に向け、男は鋭い爪を携え両手を構える。

 お互いに睨み合う格好を取り、それでも尚神父は口を開く。



「私の親愛なる母を殺し、同胞たちを連れ去った忌々しきショート───フォボス」

「この私に傷を追わせ、さらにハ逃走をハかり今まで生き残った人間──ジョン・ウィクリフ」


 互いに互いが残した悔恨を口にし、その距離をゆっくりと詰めていく。神父の表情には緊張と憎しみが、男の表情には愉悦と静かな怒りが滲み出していた。

 神父の胸元のネックレスが揺れ、金属音が廊下に響いた瞬間、双方自らの得物を相手へと振るう。


「ぐっ……」


 神父の十字剣はフォボスの鋭く血で赤く染まった爪を弾くも、その刃は男に届かない。身軽な男は弾かれたそのままの勢いに任せ、宙返りした後、懐からナイフを取り出し神父に投擲する。

 しかし、派手な金属音と共に神父は全てのナイフを十字剣で弾き飛ばすと、応酬として煙幕を地面に叩きつける。



「見えなくしたつもりですか?」

「いや………そんなつもりは毛頭ない」


 神父は腰を低く落とすと煙幕に飛び込むように走り出す。しかし、男もその行動は予測済みであり、煙幕から飛び出してきた神父の十字剣を受け止める。

 受け止められた側はそのまま慌てることなく再び煙幕へと身を引く。



「なるホど、隠れ蓑。お好きですね」


 もともと男は相手に攻撃を仕掛けるのを得手としており、攻撃を仕掛けられすぐに退かれるこの状況が最も苦手であった。


 

「仕方ありません、ね!!」


 男は煙幕をどけるべく、近くの部屋の扉を壁から剥がし、神父に向けて風を起こすように勢いよく投げ飛ばした。


 神父もその攻撃には不意を突かれ、扉と共に遥か後方へと飛ばされる。


「っ……!!」

「やハり、人間。脆いものです」


 その衝撃で煙幕も晴れ、お互いの姿が視認出来るようになると神父は自身の左肩を抑え苦しげな表情を浮かべていた。

 扉だったものにぶつかった衝撃で左肩を脱臼しているのが男の目からも明らかであった。

 


「とりヒきをしませんか? この屋敷に居る子供、逃げ出した子供………それらと交換で、あなたの命だけハ助けてあげますよ」

「………」


 唐突に出された提案に、神父は痛む左肩を強く掴み、拒絶するかのように顔を歪める。



「……まぁ、貴方が条件を呑むとは思っていないんですけどね」


 男はゆっくりと廊下を歩き出し、徐々に神父へと近づいていく。それを見た神父は、痛む肩をそのままに十字剣を握りしめた。

 

「やはり、狙いは子供たちか……」

「いえ……子供ハ、フくさんブつに過ぎません。けれど………」



 男は右手を自らの手前に掲げ、その手のひらから炎を出した。


「貴方ハこの手で燃やしてあげましょう」

「私の、母のようにか………」

「ええ。そのホうが後腐れがありませんから」


 しかし、男が一歩前に足を踏み出した途端、その頭上から一滴の水が音を立てて落ちてきた。


「……?」


 ふと男は水の落ちてきた天井を見上げる。

 そこには白い固形物がいくつも並んでおり、男にとってそれは取るに足りないものだと思っていた物であった。

 見上げた顔目掛けて天井から水が注ぎ込まれる。それはまるで雨のようであり、辺りを湿らせていく。

 もちろん例外なく男の手の平に灯っていた炎もその勢いを失い、残ったのは微かな煙の匂いだけであった。


「………よくやった、流星」


 神父は小さく呟き、地面についていた膝を持ち上げる。


「……なるホど」


 男は予想外の出来事に一瞬驚き、今までのような笑みが顔から消える。

 その様子を見た神父は対照的ににこやかな微笑みを浮かべ、十字剣を構える。



「言っていなかったことがある」



 ───スラリと構えられた十字剣の切っ先を水滴が伝わり、そのまま地面へと落ちていく。


「私は元軍人、現貴族であり────これだけは決して誰にも言ったことがない」



 男は怪訝そうな顔をして、顔に滴る水滴を億劫そうに拭う。



「だからここで、貴様を倒すことに躊躇などない─────コネクト!!」



 そう叫ぶ神父の十字剣から、緑色の発光するコードが空中を舞い、神父のうなじにあるコンセントと接続される。

 さらに十字剣の外側を水が覆い、細身だった筈の十字剣が大きな刃へと変化する。



「………ずいブんと相性が悪いですね」



「いいや、良いとも。五十年分のハンデにちょうどいい」






 

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