秘めた内
─────目の前には燃え盛る家々と、その火から逃れようと家から飛び出す村人の姿があった。
時刻は夕方。カリヤは夕日の色と燃え続ける炎の色に眩暈を起こして、ふと自身の胸元をぎゅっとつかんだ。前にもこの光景を見たことがある。
かつての親友、フタミの後ろ姿が脳内によぎる。
当時連絡を受けてフタミの自宅へと向かったカリヤの目の前には、燃え盛る炎と怪我を追った親友の姿があり、そしてそのまま彼は──
周りの雑音がまるで水の中に沈み込み、代わりに親友の声が鮮明に聞こえてくる。
『困ってる俺を、助けてくれよ──カリヤ』
「おい、なにを突っ立っている。村人を助けるんだろう!?」
「……え? あ、ああ……」
だが今のこの状態が緊急性の高いものだと気づいてから、カリヤは頭を激しく振り、逃げ遅れた村人達が居ないか逃げてきた村人に尋ねる。
尋ねられた村人は燃え盛る家の方を振り返り、もう一度カリヤへと向き直る。
「多分いないと思う! ………だけど」
「私たちの村が……」
難を逃れた村人たちが、自分たちの村を見て唖然とする。幸い村は開けた場所にあり、山火事の恐れはないだろう。だが、自身の居場所を失ってしまった衝撃は大きい。
「………っ」
カリヤの隣から息を呑む声が聞こえた。目線を上げると、タイガが下唇を噛み締めて眉間に皺を寄せているのが見える。
きっと今すぐにでもさっきのショートを追いに行きたいのだろう。戦闘狂の性とでも言うべきか。
カリヤはため息をついて逃げてきた村人全員を見る。
誰もが震え上がり、互いに身を寄せあっていた。一体どうしてこんなことに、そんな声が聞こえてきた。
原因やここまでの過程を調べるべく、カリヤは村人へと近づく。
「なぁ、この村でなにがあった?」
「あ、あんたは……?」
話しかけたのは比較的落ち着いていた男性だ。男性は妻らしき女性と子供の体を抱えている。
カリヤは目線を合わせようとしゃがみこみ、できるだけ混乱させないようにゆっくりとした口調で話し出す。
「俺はショート対策軍に所属しているカリヤっていうんだ。ここはナガレ村であってるか?」
「あ、ああ……でもどうしてここに…? いつも見回りをしてくれる隊員にしては見覚えがないんだが……」
「ファ……村長の知り合いに頼まれたんだ。見回りをな。それでここに来たら火事で……もしてかしてこれは誰かに?」
村の方向からショートが来たこともあり、若干ショートに襲われた可能性を捨てきれなかったためである。
普通の人間に、村を全焼させる力など無いはずだとカリヤは信じている。
案の定、村人はカリヤの言葉を聞いて頭を縦に降る。その表情からは恐怖が窺え、顔色は真っ青になっていた。
「は、初めは新しく住むことになった移民の方かと思っていたんです……でも、突然村を燃やし始めて……」
「それって、もしかしてフードを被った青年……とかだったりするか?」
「ええ、ええ、そうです。彼……いやあいつは燃やす前になにか……」
「なにか? なにか言ってたのか?」
「確か……子供がどうとか……」
────子供?
いまいち要領が掴めない。しかし、男性の方も火事のことで混乱しているように見える。これ以上の情報は得られないだろう。
「いや、ありがとう。助かった。一応、火の粉が飛んでくるかもしれねぇからひとまず盆地の方へ避難を……」
「は、はい!!」
その男性ははっと我に帰ったかと思うと他の村人に声をかけ、おぼつかない足取りで盆地へと歩き始めた。
カリヤは反対に燃え続ける村を見て、なんともいえない不思議な気分になる。
「……燃やされた。か……あのショートは火を操ったりするのか…?」
フードを被ったショートは、以前カリヤと遭遇したショートの事をムーンと呼んでいた。過去にムーンは靄を操り、その強さで隊員二名を殺害しカリヤとルーカスを翻弄した。
今思いだしても吐き気のする光景だ。その後やはりもう一人の自分によってなんとかルーカスとつとむの命を守ることができたが、もう一人のカリヤに関しては既にショート側での情報共有がなされている可能性がある。
「……とりあえず、アズキに報告だな」
報連相。アズキに叩き込まれた単語だ。何があっても必ず報告し、連絡し、相談をしろ。カリヤは今がその時だと反省を生かす。
「タイガ、アズキに報告するぞ。さすがにこれは緊急事態だ」
だが、その言葉に返事は帰ってこない。いつもならば一言返事だけはしてくれるというのに、どうしたことか。
カリヤは燃える村を背にタイガの方へと振り向く。
「……タイガ?」
しかし彼は俯いていた。頭を手で抑え、何かに耐えるように────
「ぐぅっ……!!」
「は!? ちょ、どうしたんだよ!!」
突然、タイガは膝を着き、地面へと倒れ込む。依然痛みを訴えるように頭を抑え、苦しそうに呼吸している。
「な、おい!! どこかやられたのか!?」
「……やめろ………、やめてくれ……」
「は!? 何言ってるか全然……」
「ぐぁああ…!!」
「くそっ、ヒールも使えねぇ……!」
業火に覆われる村を見て、タイガの深層に眠っていた記憶が掘り起こされる。その痛みに、悲しみにタイガは苦しんでいた。
『隠れんぼをしましょう』
『絶対に負けない』
『誰かに見つからないように隠れるのよ』
『どうしたら俺の勝ちになるんだ』
『鏡を見つけて』
『貴方を貴方が見つけたら』
────そのときは。
「っはぁっ……はぁっ……」
「タイガ…? 大丈夫か!?」
カリヤはタイガの苦しそうな様子が見ていられず、背中をさすろうと手を伸ばす。が、タイガはその手を払った。
「っ……大丈夫だ……支えは、いらない」
「………どうしたんだよ」
「嫌な……いや、大事なことを思い出した」
タイガは膝を着いていた地面に足を乗せ、立ち上がるが、その足取りはふらついていた。
心做しか表情にも疲労の色が見える。きっと痩せ我慢でもしているのだろう。
「ほれ」
「………? なんの真似だ」
「肩を貸してやるんだよ、支えるんじゃなくて貸すぐらいなら構わねぇだろ?」
カリヤは自分の肩を指さし、できるだけタイガの抱えているものには触れないようにする。
タイガも、反論する元気は無いのか、二つ返事ですんなりとカリヤの肩に手を置いた。
「ところで、アズキへの報告は?」
「……今やるところだ」
タイガはスマートフォンを取り出し、アズキへの通信を試みる。が、一向に電話が繋がらない。
「……電波が悪い」
「じゃあ俺達も盆地の方に行くか。あそこには支部もあるし連絡手段があるだろうから……って、そういえばファザーからの依頼って結局こんなんで良かったのか…?? 怪我人はいねぇけど村はめちゃくちゃだし……」
「死人がでないにこしたことはない」
「へいへい」
互いに軽口を叩きながら、カリヤはタイガの抱えているものが根の深いものだと勘づく。双方の緊張感は高まり、その足が向かう先である盆地にたどり着くにはそう時間はかからないだろう────
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────助けて、カリヤさん、タイガさん…!!
「っ………!」
「アイス!!」
梅へと飛びかかった鼠型のショートは、獲物に到達するより先に、鋭く冷えた氷柱によって胴体を貫かれ壁に縫い付けられた。
梅は庇うように頭を下げていたが、凛とした声の主へと振り返る。そこには髪を二つ束ねた女性が立っていた。
「……ひどい状態ね」
アズキは鼻をすん、と鳴らし眉間に皺を寄せるとぽつりと呟いた。
「た、助かりましたぁ………」
梅はあまりの恐怖にへたりこみ、ほろほろと涙をおおきな瞳から零す。が、次の瞬間には立ち上がり手で涙を拭った。
「そ、それよりも、あなたは隊員さんでしですよね!?」
「ええ、支部に用があって……あなたは確か食堂の娘さんよね? なぜここに?」
「わ、わた、私頼まれまして!! あの、檻を開けようと……」
梅はそう言いながら慌てて懐から証明書を取り出し、アズキに見せる。
「導……なるほど、閉じ込められたのはケンジ班も含める、と」
「あの、それでここに来たのでしですが、隊員さんが皆さんこんな……それに装置が壊されていて……」
「……! 装置が壊されていた……?」
「(こんなか弱い少女が隊員達の死体を見るだけでも辛いはずなのに、装置の確認まで…)」
アズキは目の前の少女がいかに辛い思いをしたか、今も勇気を振り絞っているかを察して梅の頭を撫でた。
「ありがとう、助かったわ」
「! ……はい」
涙声混じりの返事に、アズキは軽く微笑みかけ、梅の手をとり支部の建物の外へと出る。
サエカと不本意ながら共同で電車を動かし盆地に来たのはいいものの、今盆地の中と外では膠着状態が続いている。外では逃げ場のない一般人が多く点在しており、中では隊員達が閉じ込められた状態で未だ変わらない。
サエカ達が到着した際、支部での異変を察知したアズキがいち早く建物へと向かい、少女を救出したわけではあるが、これは間違いなくショートの仕業で間違いない。
「アズキちゃん!! 支部はどうだった!?」
「……ダメ。全滅してたわ。支部だけを狙った辺り、人型が関連してそうね」
梅を連れたアズキの元へとサエカが小走りで近づいてくる。アズキはそれすらも不愉快なのか嫌そうな顔で返事をするが、事実をしっかりと述べる。
「クルックに檻の調査をさせてるけど……古代遺物だから、多分解析不可能でしょうね」
「そっか……」
「それより、電車の方は? とりあえず檻の外にいる人達だけでも車両に避難させとかないと。ここにショートが出たのよ」
「えっ、檻の外にショートがいたの!?」
サエカの言葉を聞いて反応したのはアズキと手を繋いでいた梅であり、彼女は肩をビクつかせるとアズキの服の袖を反対の手で握りしめた。
真正面からその様子を見ていたサエカは現状を察知し、思案しながら唸る。
「う~ん、そっか……電車はとりあえず私が同伴すれば行き来出来ると思うの。線路はアズキちゃんが作ってくれたわけだし」
「じゃあ私とクルックは残るわ」
「うーん」
「なによ」
「………寂しいなぁって……」
サエカはそう言うと胸の前で手を組み、ひたむきな瞳をアズキに向ける。
「うるさいわよ」
「なにも言ってないよ?」
「目・が・う・る・さ・い・の」
「ごめんね? じゃあ、避難の準備しておくから!」
笑い混じりでアズキの調子を崩していったサエカはその笑顔のまま、一般人達の群れへと駆け寄っていく。
その後ろ姿を睨むように見ていたアズキはため息一つつくと、未だ手を繋いでいた少女、梅に話しかける。
「あなたも避難しなきゃならないわ」
「はい……あっ」
「? どうしたの?」
梅は突然何かを思い出したかのように周りをキョロキョロと見回す。その姿から、アズキは誰かを探しているのだと察知した。
「誰かを探しているのかしら?」
「え、えーと、その…知っているのかどうかはちょっと………カリヤさんとタイガさんを知っていましますか?」
「! ……ええ、知っているわ」
知っているも何も、アズキがここに来た理由はその二人の監視のためでもある。だが、まだ幼い少女に言っても理解は出来ないだろうと、アズキは深くは言わなかった。
「その御二方には私のお仕事を手伝って頂いていたのでしですが、今朝方、おふたりが喧嘩なさっていて私、勢いでクビにしてしまいました……」
「それは……妥当だと思うわ」
贔屓目をなしにしても、クビにするのはなんらおかしくないだろう。ただでさえあの二人の喧嘩は目も当てられないからだ。
「で、でもおふたりをクビにしてしまって……今頃はどこかで迷っているかもしれません!! カリヤさんは方向音痴でしですし、タイガさんは道を気にしませんし………」
「よく知ってるわね」
「体感いたしました……」
そう考えると檻の中にあの二人が居ない可能性の方が高い。そうなると一気に捜索が難しくなるな────
アズキは心底困り果て、再び大きなため息を吐いた後空を仰いだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「えぇ~………なんですかこれ古代遺物ぅ~?」
カチャカチャと音を立てながら、クルックは様々な道具を使って檻の性質調査を行う。
「プラグの攻撃でもショートの攻撃でも効かない古代遺物がこんな辺境に……むしろなんで今まで公表されてなかったんですかねぇ~…」
クルックの反対側、檻の中では隊員達が不安げな顔をし、こちら側、檻の外ではジワジワと避難行動が行われている。
「さぁ~すが、サエカ嬢……人心掌握の達人ですねぇ……」
周りの気配も感じ取りながらもクルックの手は止まらない。どうにかしてこの檻を開けなければ。
「お嬢によれば、この盆地が大爆発……するらしいですからねぇ~……」
「本当ですかそれ!?」
「はぃっ!?」
ぼそぼそと呟いていたクルックの目の前に突如、人の顔が現れる。これにはさすがのクルックも驚いて尻もちをついた。
「本当なんですか、この盆地が大爆発するっていうのは!!」
「いったぁ………え、ケンジ……班長ぅ…?」
そこにいたのは三大班の一つ。ケンジ班の班長、ケンジその人だった。その後ろにはケンジの右腕、導隊員とカリヤくんと仲良しなルーカス隊員まで顔を連ねている。
「ま、まさかあなた方が閉じ込められていたとはねぇ~……」
「? どなたでしたでしょうか…?私、見覚えがございませんが……」
「はっ!! そういえばカリヤ君とよく一緒にいた人では…っ!?」
導からすれば認識はないだろうが、さすがにルーカスには顔を覚えられてしまったようだ。
クルックは服についた土埃を手で払いながら立ち上がると、人差し指を唇に当てる。
「し~っ、静かにしないと、パニックになっちゃいますよぉ~……」
「本当なんだな!? さっきの言っていたことは!!」
「そ、そうですよぉ……お嬢の調べですが……」
「そんな……今すぐにでもここから出ないと……」
「?」
クルックの呟きを聞いていたケンジはもちろん、場の雰囲気を察した導もまた静かに頷く。が、約一名現状を把握出来ていない者がいた。
「一体、なんの話だい……? 僕にもわかるように説明してもらえると……」
「え? ああ……この盆地が大爆発する予定ってことですよぉ」
沈黙。
そして、その沈黙を破る第一声────
「ば、爆発するだってぇぇぇぇぇぇええええ!?!?」




