エンカウント
「ん?」
「………なんだ」
「いや、なんか呼ばれた気がしたんだよな。まぁ、気のせいか」
屋敷の主人からの依頼を請け負ったカリヤ達はあの後屋敷から出立し、村長を屋敷の主人に任せたままナガレ村へと向かっていた。
その道中、カリヤはふと誰かに呼ばれたような気がして盆地の方を見上げるが、気にすることなく歩き続ける。
「屋敷の周りっていうからてっきり狭いのかと思ってたのに、どうしてナガレ村までパトロールしなきゃならねぇんだろうな」
「……人の話を聞いていたのか?」
「聞いてたよ!! ファザーが保護した子供たちがナガレ村にも居るからだろ!? そうじゃなくて、なんでナガレ村とあの屋敷のファザーが繋がってんのかって話だよ!!」
村の若者曰く、村の人々の間では屋敷の主人はあまり良い人物とは言えず、村に支援をしてくれているのに一度も外に出たことが無いという噂があるらしい。
だから屋敷に訪れた際にもあまり好意的な印象を持っていなかったのだろう。
カリヤは殊更不機嫌な顔で頬を膨らませる。
「村人にとって恩人なんだからもっと堂々としてりゃいいのによー」
「……事情があるんだろう」
「また事情か……」
ファザーは子供達を保護していることをショート対策軍に内密にしている。そしてナガレ村に支援をしていることを村人に誇示することなく、心の内に秘めている。
それがカリヤにとってはもどかしいことであり、ファザーの人柄を嫌でも思い知ることとなった。
「ナガレ村……ね。朝見たあの子もその村にいんのかな」
「……」
────しまった。やらかした。
カリヤは思わず両手で口を覆う。そもそもタイガとギスギスし始めた理由が難民関係だったことを思い出したのだ。
いや、別に仲良くしたいわけではないが、妙に変な空気になるのも好ましくはない。
「そ、それよりもルーカスは今頃何してっかなー!!」
「……ショート狩りだろう」
「村のパトロールが一段落したら見に行かねぇとな……」
ルーカスは何やら導さんに色々と教えて貰っていたようだし、もしかしたら前よりも強くなっているのかもしれない。
プラグの使用を制限され、タイガと手錠で繋がれた今、カリヤの心中は焦りでいっぱいだった。
一体、いつまでこの状況が続くのだろう。
「……なあ、監視っていつまで続ける予定なんだ? アズキからなんか聞いてねぇの?」
「聞いていない」
「そっか………」
そもそも監視を付けた割には行動範囲を制限されていないのが引っかかる。そこまでタイガという人物の信頼性が高いのか、はたまたカリヤが見くびられているのか。
足元に転がっていた石を蹴りあげ、その飛んでいく先を目線で追っていく。コツンと地面に落ちた石から視線を上にあげた瞬間、カリヤの目の前に男性が立っていた。
「!?」
「誰だ……?」
それに過剰に反応したのはタイガで、カリヤはさほど驚きはしなかった。そもそもナガレ村に向かって歩いてきていた訳で、人と出会うこと自体は珍しくない。
しかしタイガの反応は人見知りという範疇を超えたものだった。明らかに敵意を相手に向け、今にも背中に刺さったままの大剣を抜きそうな勢いだ。
「どうしたんだよ、村人だろ?」
「いや………先程まで気配がなかった。こいつは………」
───戦闘狂の考えることはよく分からんな。
遠目ではあまりよくは見えないが、その男性はフードを深く被りただただそこに突っ立っている。カリヤはなにか彼が自分たちになにか話したいことがあるのかと思い、村人へと歩み寄る。
「おーい、どうかしたのかー?」
「……少しバかり、お聞きしたいことがあるのですが」
近づいてやっとわかる声量だったが、どうやら本当にカリヤ達に用があるらしい。見た目は怪しげだが、その声色に棘はなかった。
「聞きたいことってなんだ?」
警戒心丸出しのタイガを後方に、カリヤはその人物の真正面に立つ。
どうやらそこまで年配の人ではないらしく、比較的上背がありカリヤの視線からではその表情はよく見えない。
「いや、たいしたことでハないのです……もし宜しければそのヒだり腕を見せて貰えませんか?」
「左腕…?」
左腕といえば、タイガと手錠で繋がっている方の腕だ。手錠に実体はなく、アズキによるとコードと同じ性質のものらしい。だから一般人には見えないのだが────
カリヤが男性に向かって左腕を差し出すと、男性はカリヤのその腕をとった。
「? 左腕がなにか?」
「これハ…………」
「え?」
赤く発光する手錠が見えるはずもないのに、彼はまるで見えているかのように手錠へと手を伸ばし───
「ッ!?」
しかし、派手な音と光を出して彼の手は手錠に弾かれた。
「は!? なんだこれ!!」
カリヤは予想外の出来事に驚きの声をあげ、咄嗟に身構える。対して、警戒状態にあったタイガは舌打ち一つするとカリヤの肩を掴み、後方へと引き寄せる。
「コネクト!!」
直後、タイガの大剣が男性へと振り落とされる。が、その刃は甲高い金属音をたてて遮られる。
「な、なんだなんだ!? 何が起こった!?」
「手錠は人間以外が触れると拒絶反応を起こす!! 目の前のこいつは………」
後ろへと引っ張られ体勢を崩すも、すぐさまカリヤは身を屈めハンマーに手を伸ばす。しかし、プラグの使用を制限されていることに気がつくとその手は空中で制止した。
一方のタイガは振り下ろした大剣がビクともしないことに焦りを覚える。大剣は確かに男性の頭に向けて振り落とした。しかし、その刀身は男性の腕によってすでに防がれている。
「(腕に細工でもしてあるのか…!?)」
「フむ……しくじりました。まさかそんな代物を付けていたとハ」
男性は大剣を腕で受け止めつつ、ごく冷静に声を発する。その声に焦りや興奮の色などはなく、ただただそこに立っているだけ。しかし、カリヤは今になってその人物から発せられる雰囲気が以前どこかで感じたものだと思い出す。
「まさか………」
大剣を腕に防がれ、ほとんど無防備状態となったタイガはどうにか状況を変化させようと大剣を横に払う。
その動きに合わせ男性は瞬時にしゃがみ込むと後方へと飛び上がった。
「あんた……人間じゃねぇな……?」
カリヤの問いかけに、その男性は肩を震わせて微かに嗤う。一見隙があるように見える仕草だが、タイガは動けずにいた。
男性から異質な空気が漂い、そしてタイガの鼻に嫌な匂いがこびり付く。
ひとしきり笑い終わった男性はゆっくりとした動作でフードを上げ、その姿を曝す。弧を描くような口元に、嬉しそうに目尻を下げた糸目。そしてフードを脱いで露わになった赤色の毛先。カリヤが予想していた人物ではなかったが、似て非なるもの───
「───また、かよ」
「……また。とハ心外です。ムーンとボくは全くのべつじんですから」
やはり、人型ショート。
カリヤは奥歯を強く噛み締め、喉からこみあがってくる苦味をすり潰した。
「あいつ………ムーンとか言ったか……どうして、あんな……」
「さぁ? あぁでも、確か重力系の資質をホしがっていましたね……それが理由かと」
「……ッ」
カリヤの脳裏にキボウの笑顔と死に顔が過ぎる。
───資質が欲しい? 化け物が、何を欲しがっているんだ!?
ふつふつと怒りがこみあがってくるも、今のカリヤにできることなどない。圧倒的な敵の力の差を目の前にして、ただ見ていることしかできない。
「お前……」
「だまれ。俺にとってはどっちでもいい。下がっていろ」
ショートとカリヤの会話を遮り、タイガは再び大剣を構える。最早タイガの視界には敵であるショートしか入っていない。
しかし、ショートの方はそれでも尚話し続ける。
「いやハや、しかし聞いていた以上に面白いじんブつですね。ムーンが手こずった理由が分かりましたよ」
「ふざけるな。なにが面白いだ!!」
「フフフ……これハぜヒとも持ち帰りたくなりますね……さきホどの村でハ少々面白みに欠けていましたから」
「村……!?」
カリヤはショートの言葉を聞いて嫌な考えが過ぎる。外れていて欲しいと思う反面、可能性が高すぎる。確か、このショートは自分たちの向かっていた村の方から現れた。もしかしたらすでにその村は─────
「でも、今のあなたを持ち帰るのハホねが折れますね……もう少し、条件を整えるべきでしょう」
「何を………」
カリヤが言い終わるよりも早く、そのショートはその場から消えるようにいなくなった。
「……ちっ」
タイガはその気配が完全になくなったことを察知し、体制を戻す。そのまま後を追おうとして、カリヤに腕を掴まれた。
「……なんだ」
「タイガ。村に行くぞ」
「何故だ、あのショートの後を追うのが先だろう」
「違う、あいつが来たのは村の方だ。村人がどうなっているか確認しなきゃならねぇ!!」
ショートを討伐しようと気配を頼りに移動しようとするタイガを、村の様子を見に行く方が優先だと叫ぶカリヤが止める。
「……ショートを野放しにしてもいいのか」
「そもそも、俺たちは村人を保護するのが役割だろ!?」
「っ、分からんやつだな。軍の人間として、ショートを放ってはおけないだろう!」
「いいや!! 軍の人間として、民間人を守るのが本当にやるべき事じゃねぇのか!?」
その口論は次第に勢いを増し、カリヤはその勢いのままタイガの胸ぐらを掴んで引く。
「俺だって人型ショートを倒しに行きたい!! いや、いかなきゃ済まねぇ!! だけど俺は何もできねぇしお前と手錠が繋がったまんまじゃどうしようもねぇ!! それはてめぇだって同じ条件だ!! 幸いにもこの辺りにいるのはプラグの使えねぇ俺よりもよっぽど力のある隊員しかいねぇ!! 村人以外はな!! それでも行くか!? 行くならてめぇの腕を切り落としてでも村人を助けに行くぞ!?」
「……っ」
カリヤの言葉を聞き、タイガは力んでいた拳の力を緩める。
「………未熟だった。すまない」
「謝んな。気持ちわりぃ。てめぇはふんぞり返ってるのがお似合いだよ」
タイガは鼻で笑うと、カリヤに掴まれ皺くちゃになった制服を整え直し村の方へと向き直る。
その様子を見たカリヤも続けて村の方を見て呟く。
「……もしかしたら全滅してるかもしれねぇ。けど、誰かの命を助けられるかもしれねぇんだ。………行くぞ」
「……ああ」
そうして隣り合わせで駆け出した二人。しかし未だにカリヤの頭の中ではショートに対する憎悪が渦巻き、タイガの鼻には嫌な匂いがこびり付いたままだった────




