事件の幕開け
「なんですって!? オケナガス盆地にいる隊員と連絡がとれない!?」
「え、ええ!! そ、そうなんですよぉ~!! タイガ君からの定期連絡を区切りに、それ以降の情報が一切分からなくなってしまったんですよぉ~~!!」
各地で発生していた不可解な事件を調査すべく、各地を訪れていたアズキとクルックだったが、一度事件の内容を整理しようとファラデー支部に戻ってきていた。
早速資料を元に、事件の原因を探ろうとした矢先クルックから、タイガとカリヤの位置情報を見失ったという報せを聞き、今の状況に至る。
アズキは焦る気持ちを抑え、せめて状況を確認しようとクルックに問いかけた。
「カリヤにつけていた盗聴器·GPS·監視カメラは?」
「盗聴器とGPSは完全に機能してないですねぇ……監視カメラも、画面が砂嵐みたいに乱れちゃってますよぉ……」
「機器の不具合じゃ、ないのよね」
「明らかに違いますよぉ……! なにか、ジャミングを受けてるんだと、思いますけどぉ……」
たまたま壊れたと考えるには無理がある。彼がSランクショートと遭遇してしまった後に、彼の動向をチェックすべく最新の機器を取り付けたのだから。
「ジャミング…これもまたSランクショートの仕業かしら……」
「あああぁ~!! またSランクショートなんてのに関わったら、カリヤ君が危ないですよぉ~!」
「カリヤが危ないだけで、済めばいいわね……」
ファラデー支部内に設けられたアズキ班専用の小部屋内に、クルックの嘆きが響き渡る。
対してアズキは下唇を噛み締めながら、頭の中で一つ一つの出来事、事件をパズルの様に組み合わせていく。
「ポータルの不具合……電車の線路脱線……監察台の火事……火を操るショートの出現……」
「お嬢……??」
「黙りなさい」
一喝。思考の途中でクルックを除外したアズキは、ブツブツといくつもの単語を反芻した後、散らかっていた机の上の物を弾き落とし地図を広げた。
地図に記されていたのは、数々の不可解な事件が起きた場所の印、そしてオケナガス盆地。
──どうして、オケナガス盆地に向かって一直線に事件が起こっているの……?
事件の連続性、カリヤ達の状況、繋がりがあるとは分かるが何を目的としているのかがまだ分からないでいた。
すると、地図と睨み合いをし始めるアズキの隣からクルックがひょっこりと顔を出した。
「もしかして、カリヤ君を攫おうとしてるんじゃないですかねぇ……?」
「どうしてよ」
「だって、カリヤ君の隣にはタイガ君がいる訳で、彼は………」
「ああ……」
クルックの言いたいことがアズキにも理解出来た。強靭な体を持ち俊敏性のある動きで大剣を振るう、ショートにとっての天敵とも言える彼には弱点がある。彼自身そのことは決して人には告げないが、幼少の頃にタイガを拾ったアズキは承知の上である。
しかし、それとこれとは話が別だ。カリヤを狙うのであれば、わざわざ他の隊員の居るオケナガス盆地に向かうのは下策。Sランクショートといえど、押し負けることは容易に想像がつく。
「……それでも、おかしいのよ。敵地に飛び込むような、そんなことをするなんて……」
既に考えうる事は出し尽くし、よもや相手の策が張り巡らされた罠に向かう他ないと腹を括る。
現状分かっていることは敵の居場所のみ。目的や計画を何も知らずに敵と対峙することを厭うアズキとしては、この状況は実に厄介だった。
「クルック、準備なさい。オケナガス盆地に……」
地図との睨み合いを止め、顔を上げたアズキがクルックに呼びかけたその時、ファラデー支部内にチャイムが鳴り響く。
「!?」
『緊急指令、緊急指令、ファラデー支部から南西オケナガス盆地にて異常事態発生。盆地内にて隊員が閉じ込められた模様。支部内にて待機中の戦闘員は至急、向かうように。繰り返す………』
機械音が支部内を駆け巡り、アズキはようやっと事態の深刻さに気づいた。
「……油断した」
「え!? ど、どういうことですお嬢!?」
「相手の計画の一端が見えたってことよ! すぐに行かなきゃ……」
アズキは地図を丸め、懐にしまいすぐさまアズキ班の小部屋から飛び出す。
「きゃっ!」
「っ!?」
が、部屋から出た矢先アズキはだれかとぶつかり合う。さすがに倒れるまでには至らなかったが、アズキはぶつかった相手の顔を見た瞬間、口の端が引きつった。
「あ、あれ……? アズキちゃん?」
「………サエカ……」
が、対してぶつかられたサエカはアズキを見るや否や輝くような瞳でアズキの肩を掴む。
「あのね! 今の放送聞いてた? 盆地の方大変なことになってるらしいの!」
「聞いてたわよ、知ってるわよ」
アズキは心底嫌そうにサエカを見上げながら、相槌を打つ。
ここで会ったが運の尽き、アズキはどう逃げ出そうか算段を立て始めるが、衝撃的な内容を耳にする。
「それで、私オケナガス盆地に向かおうとしてポータルを使おうとしたんだけど、故障してたの! だから電車に乗っていこうと思って駅に行ったら、何故か盆地行きのレールがところどころ途切れちゃってて、電線も切れちゃってるらしいの! それで……」
「ちょ、ちょっと待ちなさい! レールが途切れてて、電線も切れてる……ですって!?」
「うん、そう。だからアズキちゃんを探して……」
「分かった、うるさい、黙りなさい」
畳み掛けるように言葉を放つサエカを遮って、アズキはさらに窮地に追い込まれたことを確認した。
───この女と一緒に行動するなんて……!!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
───4番ホーム、改札前にて。
「──え? オケナガス盆地に向かう?」
「ええ、そうよ」
アズキの言った言葉を反芻しながら、駅員は困惑する。
「それはダメですよ! 原因不明ですが、現在電車が走行できる状態じゃないのは先程説明いたしましたよね!?」
「あの、ですから、私たちなら走行できるんです!!」
サエカがアズキの横から駅員に詰め寄る。そして、自身とアズキを指さすと、大きな声で叫ぶ。
「この子の力と私の力さえあれば、電車を走らせることができるんです!」
「そうは言うけど、君ねぇ……」
「ちょっと失礼いたしますねぇ」
尚も譲らない駅員に見兼ねたのか、クルックは颯爽と駅員の耳元にまで近づき囁く。そしてクルックから告げられた事実に驚いた駅員は目を丸くし、あんぐりと口を大きく開けた。
「そ、それは失礼しました……!! さ、さっそく乗車ください!! すぐにでも発車できるよう手配します!!」
「ふぅ、やっとね」
「良かったねアズキちゃん!」
駅員から話を聞いた運転士は慌てて操縦室へと駆け込み、扉を開けるとアズキ達へと振り返る。
「他にも乗客は居られますか!?」
「たしか、上位、中位戦闘員が来てるハズよね?」
「ううん。あれっ、アズキちゃん知らない? いまファラデー支部にいるのは最低限の戦闘員だけで、あとは皆オケナガス盆地で閉じ込められちゃってるの」
「はぁっ!? じゃあ、私たち以外皆ショート狩りに行ったってこと!? ケンジとミナトは!?」
「ケンジ君は今朝ショート狩りに向かって……ミナト君はそもそも遠征に行ってたような……」
「………最悪」
アズキはサエカから絶望的な情報を聞いて肩を落とした。普段の高飛車な態度からは全く想像できない主の言動にクルックは感動すら感じていた。
一方でサエカは事態の深刻さを理解していたらしく、落ち込むアズキの手を取り、電車へと向かっていく。
「さっ、アズキちゃん。一緒に乗りましょう!」
「うう……もう、どうにでもなれだわ」
そうしてサエカは電車の窓の縁に足をかけ車両の上に登る。続けてアズキも車両の上に登るが、クルックは車両の上には乗らずに操縦室の方へと入る。
いきなりクルックが操縦室に入ってきたことに驚いたのか、運転士がクルックを追い出そうとするもクルックは人差し指を唇に当て、落ち着くように促した。
「な、なんなんですか、あなた!」
「まぁまぁ~、あなたのサポートをする為にきたんですから、そう邪険にしないでくださいよぉ~」
「サポートだって!? 私が電車の運転になにか支障をきたすとでも…!? これでもかれこれ十二年はここの運転士を務めて……」
「今日の運転だけは、相当危険な道のりになりますが、それでも大丈夫ですかぁ?」
「は」
クルックがそう言い終わるや否や、車両の上方で二人の上位戦闘員がそれぞれのプラグを構え、展開し始めた。
「「コネクト!」」
二人の周りを渦巻くようにして緑色に発光するコードが漂う。そして、うなじにあるコンセントにプラグが接続されたことを確認し、アズキは車両へ手のひらを当て、サエカは電線と車両の電力の要であるパンダグラフを右手で掴み、電線沿いに左手を浮かせる。
「アズキちゃん。準備はできてる?」
「誰に聞いてるのよ、舐めないで」
二人の様子が分からない運転士は、それでも、発車の準備を整える。何が起きるか分からない。そう言った心構えをして、運転士は覚悟を決めた。
「さぁ~て、お嬢とサエカ嬢の共同作業、上手くいくか、暴走するかは神のみぞ知るってところですねぇ~!」
アズキは自身の中にある資質を生身に感じ、呼吸を冷たく鋭く変化させる。
サエカは自身の中にある資質を肌身に感じ、鼓動を速く強く変化させる。
すると、徐々に車両全体の温度が低下しアズキの手から伝染していくように氷が広がっていく。しかしその氷は車両全体には広がらず、むしろ車両の真下、線路上にあるレールへと伝わり、レール自体を氷で包み込んでいく。
一方、サエカの資質で作られた高圧の電力は左手から流れる電力と同化し、パンダグラフを伝って電車へと流れ込んでいく。次第にサエカ自身の身体の表面に、見える形で電気が顕現し始める。
「──己の資質たる水よ、力を貸せ」
「──己の資質たる明よ、力を貸して」
二人が同時に詠唱をし始めた途端、電車が動き始める。車両それぞれに振動が行き渡り、アズキとサエカにも振動が届くが、体が揺らぐことなく車両と接着していた。
クルックはこの後の衝撃を予感して、運転士に発車を指示する。
「氷の道!!」
「雷撃過放出!!」
二人がそう言い放つと途切れ途切れだったレールが氷で精製され、一本の線路となり、切れた電線の代わりにサエカが電車へと電気を流し込んでいく。
そして、タイミングを見計らったように電車は加速し始める。
「こ、氷で作ったレール!? こんなの、滑って大事故に……」
「だから僕がきたんですよぉー、滑らないように速度や角度を調節できるのは僕しかいませんからねぇ~」
加速し、スピードを出し始めた電車の上方、アズキとサエカは前方を見据える。
猛風がアズキの桃色の髪をかきあげ、サエカの黄色の髪をたなびかせる中、物質発動のエフェクトを成功させた二人はお互いにこれからについて話し合う。
「なんで、閉じ込めたりなんかしたんだろう…ねぇアズキちゃん」
「なんでかは分からないわ。けど……」
「けど?」
「もしかすると今回、死人が大勢出る……そんな気がするわ」
アズキの心には未だいくつかの引っかかりがあった。まだ断定的なことは言えないが、ファラデー支部の隊員の死者が多く出るだろうこと、そしてやはりカリヤが関係してくるということ、タイガのこと──
不安を抱えつつもアズキはそれでも電車をオケナガス盆地へと導くために氷のレールを作り続ける。
──無事でいなさいよ、カリヤ、タイガ……




