困った時はお互い様
「………お兄さん?」
「……っ!!」
窓から薄く明かりが差す、キッチン。
水を取りに訪れた先で出会った、赤髪の少年を目の当たりにして、はるか昔の自分と面影が重なる。
それによって思わず嫌な記憶を思い出し、タイガは軽く目眩を起こして背後のテーブルに手をつく。
「ご、ごめんなさい、驚かせちゃって……!!」
それを何と勘違いしたのか、赤髪の少年はタイガに対して深く頭を下げる。
その少年の一挙手一投足すら、過去の自分を思い起こしそうでタイガは咄嗟に目線を逸らした。
「いや、気にするな」
その一言を残してタイガは踵を返すが、途端に腕の鎖が強く引かれる。
手錠の鎖は物理的にすり抜けることが出来るが、長さは限られているためカリヤとの距離が離れすぎていることを示していた。
「……あいつはなにをしているんだ」
◇◆◇◆◇◆◇
「嫌われ者?」
カリヤは足元にいた赤ん坊を抱き上げて、ファザーと呼ばれる男性に問いかけた。
自身を嫌われ者だと他人に言われるのは癪だが、どうしてそれだけで。
「ああ、見ての通り私は博愛主義でね。どうしても他の貴族のように非情にはなれないのだよ」
「貴族が非情……? ってどういうことだよ」
「……そうか、君は知らないのか」
生まれも育ちも田舎だったカリヤは、そもそも貴族や貧民と関わりがあった訳ではないただの平民であり、むしろ貴族なんてものはお話の中でしか見たことがなかった。
その様子を見て、ファザーは子供達を一瞥すると、カリヤにだけ聞こえるように耳元で囁く。
「貴族には普通、親の居ない子供を売買し奴隷にする慣習があるのだ……その関係で貧民の中には自分の子供を貴族に売る者もいる」
「!?」
──子供を売買…!?
カリヤは耳を疑った。今朝方見かけた貧民の子供が頭を過ぎり、人道から外れた行為を耳にして、怒りが沸き起こる。
「本当にそんなことが……!?」
「私はそんな真似をしたくはない。だからこうして貴族という名を汚す行為をしてでも、子供を保護しているのだ」
実際に、我が腕に抱いた赤子を見てカリヤは息を飲み込んだ。
──こんな幼い子でも、金稼ぎの為に利用されることがあるなんて。
「なる、ほど……」
戸惑いつつ、カリヤが赤子に手を差し出すと、赤子はカリヤの人差し指を小さな両手で掴んだ。
その温もりと儚さを身に染みて感じて、カリヤは胸の奥が傷んだ。
ファザーは一旦距離を取ると、ごほん、と咳払いを一つした。
「このことをショート対策軍には内密にすると同時に、君には頼みたいことが別にある」
「……頼みたいこと? 村長の爺さんの送迎か?」
「いや、それもあるが……この付近のパトロールを頼みたいのだ」
「パトロール……?」
この屋敷の周りをパトロールしろ、なんて貴族なら衛兵の一人や二人雇えそうなものだけどな……
「最近、ショートがこの辺りを彷徨いている。おそらく、ヨゼフと青年もそのショートに襲われたのだろう……」
「ヨゼフ?」
「君らが言うところの村長だ。彼とは少し……面識がある故にな」
そうか、ショートに襲われた場所の近くに屋敷があったんじゃなくて、逆に屋敷の近くのショートに襲われたってことだったのか。
ところどころ分からなかった部分が繋ぎ合わさり、色々と繋がりが見えてきた。
「軍の人間にしか頼めないのに、内密にすることがあったから招き入れられない……って、なんか矛盾してねぇか?」
「だからこうして君らに頼んでいるのだ。屋敷に招き入れても、私の判断次第では追い出されてもおかしくなかったのだぞ?」
「あはは……そっか、そうだな」
二人が話終えた途端、周りの子供達が一斉に群がってきた。
ファザー、ファザーと嬉しそうに笑う子供達を見ると、カリヤの胸には暖かい何かが生まれる。
「…おい、どこを歩き回ってるんだ」
部屋の扉から別の声がして振り返ると、そこにはタイガが少し怒った様子で立っていた。
別に怒らせたようなことはしていない筈なので、元からそういう表情なんだろう。
「どこって……屋敷内だけど」
「当たり前だ。手錠がかかっている以上、あまり遠くまで離れるなと……」
タイガはそう言いながら大股でカリヤの元へとずんずん向かっていく。
が、前に塞がる子供に気づき、タイガの足が止まる。
「赤ーい!!」
「流星くんみたいだ!!」
「おにーさんだれー?」
さらにタイガはグッと言葉に詰まり、どう対応したものかと慌て始めた。
それを見たカリヤは水を得た魚のように得意げに口角を上げ、ニンマリと笑顔を見せる。
「あっれ~~~タイガくんは子供が苦手なのかな~~?」
「……!」
「うんうん、仕方ないよなぁ~苦手ならしょうがないよなぁ~」
そう言いながらカリヤは子供達と同じ視点になるようにしゃがみこみ、下から目線でタイガを煽る仕草をする。
対してタイガはジッとカリヤを上から見下ろし、暫くすると鼻で笑った。
「お前という、チビなガキの対応をするのに手一杯だからな……余分な相手をしている暇が無いのだと気づかなかったのか?」
「………んだと?」
タイガの一言に怒りを覚えたカリヤは勢いよく飛びつき、タイガの頬を抓る。
「このやろー!! 俺のことチビだって言いやがったなー!? このこのこのこの!!」
「んぐ、事実だろ離れろ!!」
「皮膚ごと引っ張るんじゃねー!! この怪力ゴリラが!!」
「ご……訳の分からんことを言うな!!」
カリヤがタイガの頬を引っ張り、タイガがカリヤの服を引っ張る。
本人達からしてみればなかなか激しい争いだが、周りからしてみればじゃれ合いにしか見えないらしく、子供達が互いを応援したりと、場は騒がしくなる。
だが、さすがにやりすぎだと、ファザーは咳払いをし二人を宥めた。
「………なんだこいつらは」
「子供達だけど」
「当たり前だ。そうじゃなくて、なぜここにいるのかってことだ」
なんだか覚えのあるやり取りをして、ようやく怒りの矛が収まったカリヤは地に足を着ける。
「このおっさんが捨て子を保護してんだよ。で、俺らでここらへんのパトロールすることになったから、頑張れよ」
「………は」
「あとこの子供達のことは軍の方には言わないでくれよ」
「いや……待て、それはダメだ」
「?」
タイガは頭を抱えつつ、言葉を続ける。
「アズキ様には報告しなければならない。元々お前の監視もしつつショート狩りをするという名目でここに来ているんだ。勝手な行動は許されない」
「勝手じゃねぇよ」
カリヤは周りの子供達の気配を直に背中で感じ、言葉を放つ。
「ショート対策軍にとっちゃ、どこでだって"ショート狩り"になるだろ?」
「……屁理屈だ」
「ああ、そうかもな。でも偶然にも俺たちは出くわしちまったし、困ってる人を見過ごすなんて軍の風上にも置けない。だろ?」
「………」
タイガは瞑目し、しばらくしてからアズキへ通信を繋げる。
「……アズキさ……、アズキ。定期連絡だ」
──やっぱり堅物は堅物ってことか
カリヤは次に紡がれる言葉を予想して、肩を落とした。
所詮は監視される立場。グリッド森林のS型ショートとの遭遇の時もそうだが、あまりに身勝手な行動をすれば待ち受けているのは仲間の死だ。
軍に知られたら、ファザーの子供達は一体どうなるのだろう。
きっと今のような無邪気な笑顔を見せることはない。
最愛の父親を無くして平気でいられるほど人間は単純ではないし、居場所を失うことは一生の傷になる──
「───異常はない。ショート狩りに貢献できるよう、"辺りをパトロール"している」
「……ん?」
そう言い切ると、タイガは通信を切断しカリヤへと向き直る。
「これで、いいのだろう?」
「お、お前!! いいのか……?」
「………この場所を秘匿するかどうかは俺の判断次第だ。やる事自体は偽ってはいない」
「お前………」
初めて出会った時から無愛想で人間味のない戦闘狂だと思い込んでいたが、そんな人間にも人の心はあるのだなぁとカリヤはしみじみと感じていた。
そして、その二人のやりとりを見ていたファザーは、なんとか報告を免れたことに安堵の息を漏らし、改めて二人に尋ねた。
「では、頼み事を引き受けてくれるのだな?」
「ああ。でも、見回りができるのはあと一週間くらいだけどそれでも構わねぇか?」
確かショート狩りの期間は一~二週間程度。カリヤ達が来たのはすでにショート狩りが始まってから一週間弱経っていた時だったので、残りはあと一週間。
「構わない。ショート狩りで今この辺りが手薄になっているだけであって、ショート狩りが終わりさえすれば軍の警備がつくことになっている」
そう言うと、ファザーはタイガとカリヤに向かって深くお辞儀をした。
「……本当に、感謝している」
「いいっていいって、俺がやるわけじゃないし」
「………」
なにやら隣からの視線が痛いが、まぁ気にしないでおこう。
~·~·~·~·~·~·~·~·~·~·~·~·~·~·~·~·
──ショート狩りをしにオケナガス盆地に訪れてから数日。
やっとまともな活動が出来ると、胸を撫で下ろしたカリヤとは打って変わって、森の麓では………
強い日差しが木々で遮られ、涼しく快適な空間。
そこで、小さいながらも和菓子や抹茶を振る舞う茶屋の座席にて、一人の少女が黄昏ていた。
「はぁ~~~~………」
左を見ても右を見ても自分以外に人は無く、ただただ自分のため息だけが耳に届く。
「強く言い過ぎてしまいました………」
いくらタイガとカリヤの仲が険悪になっていたからといって、いきなりクビにするのはさすがに悪かったかと、梅は今更ながらに後悔していた。
初めは荷物運びに困っていた梅を心配して、手伝いを申し出てくれたというのに、放り出すような真似をしてしまった自分に嫌気がさし、一人で悶々と猛省しはじめた。
「今頃お二人はなにをしているのでしょう……きっと路頭に迷っているのでしです……」
そうすると、段々後悔よりも心配の方が勝ってきて、梅は居ても立ってもいられなくなってきた。
「そうでしです!! 宿でさえとってなかったんでしですから、色々と困っている筈でしです!!」
思い至った梅は即座に立ち上がり、茶店を軽く片付けると必要最低限のものだけを竹かごに詰めて背負い、すぐさま森の道を駆け走る。
「この梅が助けに行きましますよ~~~!!」




