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コンセント·コンセプト  作者: なつミカン
3章 牙の在処
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君がどうであれ

 ─────その数時間前──



 緩やかな揺れと共に、三人を乗せた車両はオケナガス盆地へと走っていた。




「電車はいいわ……心が落ち着くもの」


 久しぶりに着けた漆黒のチョーカーを指でなぞりながら、感嘆の言葉を発する少女に真正面から二人の目線が向けられる。

 カリヤは少女を睨みつけ、タイガは不安で押し潰れてしまいそうな目で彼女を見つめていた。



「なにが落ち着く、だよ。変な物で拘束した挙句、どこに連れていかれるのかすら分からねぇのに落ち着けるか!」

「ふぅ……」


 アズキは億劫そうに、目をカリヤの方へと向ける。

 


 カリヤのたまに見せる凶暴さ、無謀さ、浅はかさ。そのどれもがアズキを楽しませる人生のスパイスなのは間違いない。




しかしアズキの上司達は、アズキが父の権限を利用して実験施設を作った時も、実験に失敗して機械をダメにした時も、ショート容疑のあるカリヤを引き入れた時も尽く文句をつけてきた。


 しかも普段からアズキに敵意識を持つカリヤはともかく、自らに忠誠を誓っているタイガでさえ今回の件には不服を申し立てている。

 

 


 (誰かの言う通りに動くなんて真っ平御免だわ)



「これから行くのはオケナガス盆地。ショート対策軍の間では通称、”狩場”と呼ばれているわ」

「狩場ぁ? なんか特別なショートでも出んのか?」


 彼の言う”なんか特別”には例のSランクショートも含まれるのだろうか。ふと、その件で失った二人のことがアズキの頭を過ぎるが、カリヤの輝くような翡翠の瞳を見るとたちまち霧散する。

 分かっている、彼はその場で蹲るような人間ではなく前を向いて歩き出せる人間だと。  


 アズキは瞑目し、そして顔をあげるとにこやかに微笑む。

 


「いえ、FからAまで多種多様なショートが大量発生する場所なの」

「はあ……でも大量に出たら逆に困るんじゃねぇの? ファラデー支部って人少ないって聞くぜ?」


 戦闘員が約二百名、研究員は約一万名と、戦闘員の数は少ないが、研究員ならば世界規模で見ても大勢いるのがファラデー支部である。

 確かにそのせいでファラデー支部は弱小支部と噂されているが、実質は違う。


「うちは量より質をとるの。実際、ショート狩りだって毎年漏らさずきっちりと全てを破壊してきたんだから」

「全て、ねぇ……」

「もちろん、倒すだけじゃないわ。倒した時に得られるポイントに応じてその場で様々なサービスが受けられるようになってるのよ」

「なんだか祭りみてぇだな……」


 大抵の人間はここでポイントを得て階級を上げる。出世を狙うものや、ただバカ騒ぎしたいものにはうってつけのイベントだろう。

 


「分かってると思うけど、この狩りで功績をあげて中位戦闘員になる必要があるわ」

「は!? そんないきなり!?」

「当たり前よ。そもそもあなたが狙うのは上位戦闘員。新人から下位になるのはもの凄く簡単だけれど、下位から中位になるにはもっとかかるのよ?」

「ど、どのくらい……?」



 アズキはカリヤの全身を頭から爪先にかけてじっくりと見る。

 頭、平凡。

 反射神経、そこそこ。

 筋肉、無に等しい。

 柔軟、並。

 足の速さ、逃げ足は速い。

 資質、粗悪。


 見終わると即座に頭の中で計算式をたてる。環境条件、資質とプラグとの相性、プラグの性能、本人のポテンシャル………など。

 アズキは肘置きに置いていた肘を下ろし、姿勢を正した。


「一日十体を、五十日欠かさず壊せたら中位戦闘員になれるかもしれないわね」

「一日十体……を五十日……だからご、ごひゃく体!? んなもん無理に決まってんだろ!」



 指折り数え、カリヤはその数の膨大さに声を荒らげる。

 


「初めての依頼の時だって四人がかりで三十体倒すのがやっとだったってのに……」

「たった三十体よ。そもそも、いま地球上に何体のショートがいると思ってるの?」


 現在の地球上に存在する陸地は全体の20%であり、その陸地の60%が人の住める土地となっている。

 そして、その居住域を蹂躙するショートの数は……



「六十億だ」



 声を発したのはアズキではなくタイガだった。

 その表情は堅く、視線は鋭くアズキを捉えていた。一方で隣に座っているカリヤは目を丸くした後、天井を仰ぎ見た。



「マジかよ……人はどんぐらいいるんだっけ……?」

「六億よ」

「はー? すげぇな人類よく生きてんな!?」



 そんなことも知らなかったのか。とアズキはカリヤを軽蔑しかけ、カリヤの言った言葉を反芻してから止めた。


「……そこで褒めるのは人類の方なのね」

「え? そりゃ、そうだろ? ショートは人にとって害なんだし」


 カリヤは顎を引き、アズキに対して人差し指を向ける。 

 彼のその表情には覚悟めいたようなものがあり、その瞳は爛々としていた。



「だから、やらなきゃならねぇんだろ? 人を助けるために、一日十体五十日連続コース!」



 (たいした自信ね)


 アズキは内心でそう呟くと、電車の窓から見える景色に視線を移した。



「ええ、楽しみにしているわ」



 こうして、彼女たちを乗せた一本の電車はオケナガス盆地へと到着したのだった。















ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


───時は戻り、現在──









「だからぁあ!!!!! 俺を抱えながら戦ってんじゃねぇえ!!! 俺を殺す気か!? 殺すためにこんなことしてんのか!? そうだろ!?」


「”死ぬような目に合わせるのは”許されている」


「許されてるとか許されてねーとかそういう話じゃ……!」



 荒野を疾走するタイガの腕は筋肉質で硬く、抱えられているカリヤとしてはその感触は最悪だった。

 それに加え大剣を振り回し、ショートをバッタバッタと壊しながらの移動だ。

 全くこちらに気を遣う様子などなく、むしろ乱暴に扱っているようにも見える。


 が、問題はそこじゃない。

 問題なのはプラグが使えなくなっているポンコツ同然のカリヤがショートの山に、しかも抱えられながら突っ込んで行くという状況だ。


 死にに行く以外のなにものでもない。


「いいから止まれ!! そんでよく見ろ!! 今俺を連れてることがいかにバカでアホでまぬけなのか分かるから!!」



 あ、なんかもっと速度が速くなった気がする。



「おーろーせーー! いや、下ろしてください、頼む、マジで!」


 カリヤは先程とは打って変わって、相手を尊重するような口ぶりで懇願するも、タイガは聞く耳持たずサーべージドッグを五体一気に殲滅させていた。

 このままずっと死地にて引きずり回されるのかと覚悟した時、カリヤの耳に懐かしい声が届いた。



「カリヤ君っ……! カリヤくーーん!!」


「……あ? この声……」



 カリヤが顔を上げると、その眼前にはルーカスと、誰だかよく見えないがもう一人居るのが見えた。

 どうやらこっちに向かって走ってきているようだった。



「ル、ルーカス! ルーカスぅう!! 助けてくれー!」

「え、ええっ!? そ、それは……っ無理というものさ…っ!!」


 ルーカスも走っているようだが、いかんせんタイガが速すぎてどんどん距離が離されていく。

 くそっ。せっかくルーカスが助けにきてくれたってのに!




「タイガ隊員! 上位戦闘員の権限を用いて、走行の停止を要請致します!」



 と、その言葉が聞こえたのかノンストップで走り続けていたタイガの足がやっと止まった。

 だが、その反動でカリヤは勢いよく前方に投げ出される。



「ぐえっ」

「……」


 こいつ、謝りもしねぇ!! まぁ大体予想してたけどな!?


 地面に這い蹲るカリヤにやっと追いついたルーカスは荒い呼吸のまま、カリヤを持ち上げた。


「だ、大丈夫かい……っ!? カリヤ君っ!!」

「……大丈夫大丈夫。ありがとな、ルーカス」



 怪我は無いか一通り確認し終えてから、また一人カリヤの元へと歩み寄る人物を捉えた。



「あ、あんたは……」

「導。でございます。カリヤ様とは模擬テストの際に対面致しました」


 走った後だと言うのに、息も切らさず姿勢よくお辞儀をする導を見てカリヤは上位戦闘員という言葉を思い出す。


「導さん、覚えてます。どうしてこんな所に…?」

「……いえ私がこちらに赴いたことはあまり問題にはならないでしょう。どちらかと言われると、カリヤ様がこの地に訪れたことの方が問題になるかと思われます」

「あー、謹慎中だから?」

「それもありますが……」


 導は、視線を一瞬カリヤからタイガへと移した後、声を潜めて顔をカリヤの耳元へと寄せる。


「……タイガ様はショート狩りにおいて、出入り禁止の対象人物だと伺っております。何故、来られたのでしょうか?」

「それも同じ理由の一つなんすわ」

「一体どういうことでしょうか?」



 カリヤは導の目の前に、自らの左腕を掲げる。

 その腕には赤色に発光する手錠がかけてあり、その線の先には対となる手錠がタイガの右腕にかけられていた。


 それを見て一抹を理解したらしく、導は小さく頷いてから柔らかな笑みをカリヤへと向けた。



「理解致しました。カリヤ様が監視されるとは存じ上げていたのですが、まさかこのような形とは思いませんでした。この手錠は、アズキ様が……?」

「そう。無理やりなんすけどね」


 導はルーカスにも状況を説明し、タイガに対しても監視における注意事項を事細かに告げていく。



「なるほど……! カリヤ君は危険人物なんだね……!?」

「いや、まぁそうなんだけどもう少しオブラートに包んでくれねぇ!?」

「しかし何故コンセントを二つ持っているだけで危険人物だとされるのか、僕には理解し難いっ……」



 そう言って顔を顰め、うんうんと悩み始めたルーカスを見て、カリヤは内心驚いた。


「は? だって、お前あそこに居ただろ? その、Sランクショートが出たあの森に」

「ああ、いたとも……! どうしたんだ、カリヤ君……? 僕と一緒に行ったじゃないかっ……!」

「分かってる、分かってるけど……」



 カリヤは入院している間、自分があの瞬間──ショートに殺された瞬間からの映像を見せられた。

 そこに写っていたのは紛れもない自分の姿だったが、動きや雰囲気はまるで獣のそれ、言い換えればショートのようだった。


 見せられた時はあまりの衝撃に声が出せなくなり、同時に、その場にいた他の人に襲いかかる前に気絶したことに安堵した。

 だからカリヤは自分が監視されることに別段異議はない。やり方は気に食わないが。



 そう、だからこそ──





「お前は、俺が怖くねぇのか……?」


「うん……? 何故、怖がらなくてはならないんだ、カリヤ君? だって君は、僕とつとむくんを救ってくれたじゃないか……?」




 嘘偽りのない、まっさらな表情でルーカスはそう言うとカリヤの小さな手を取り笑顔を見せる。



「君がどうであれ、僕はかまわないさっ……!」






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