ショート狩り
「ふぅ、伝わったかしら?」
「いや全然だよ! なんも言ってくんねーし! 見てるだけで分かるかっての!」
アズキは手にしていた薙刀を地面に突き立て、束ねた桃色の髪をなびかせた。その額には汗が滲んでおり、カリヤとの訓練時には見せなかった疲労の表情が窺えた。
「……随分とお疲れだな」
「それはそうね、相手はタイガだもの」
「……」
当のタイガは顔を伏せ、地面に膝をついて平伏している。
タイガ相手では苦労しても俺相手じゃ汗もかかないってか。
「なら、俺に伝えたいことってのはタイガに反抗するなってことか?」
俺でさえ手も足も出ないアズキに汗をかかせるタイガの戦闘技術は、きっとカリヤのとは比べ物にならないのだろう。
もっとも、タイガをも退く実力を持っているアズキの方がさらに逆らってはいけない存在なのだろうけど。
「その通り。下手に逃げようとして足を切られても知らないわよ」
「それは嫌だ!!」
「……」
……しないよな?
カリヤは青い顔で恐る恐るタイガの顔色を窺うが、依然としてその表情は何を考えているのか分からない。
ずっとアズキに平伏してばかりいて、全く動かないのだ。
「そうだ、タイガ。対人モードをオンにしておきなさい。」
「はい」
命令をうけたタイガは微動だにしなかった体に力を込め立ち上がり、自身のプラグを眼前にかざす。
コネクトされたままのプラグの表面を軽く撫でたかと思うと、そのまま刃の表面に文字が浮び出る。
「!?」
そしてタイガはその文字を指でなぞり操作した後、鞘に大剣を収めた。
「さっきから思ってたんだけどさ、その”対人モード”ってなんなんだ?」
プラグにそんな機能がついていたとは聞いていないし、それを使っている人を見たことがない。
模擬テストでは、カリヤ自身が訓練用ではなく戦闘用のプラグとコネクトしてしまったせいで脳震盪を起こしたわけだが、それとはまたさらに違うものなんだろうか。
「そうね……やっと下位戦闘員になったことだし、教えてあげてもいいかもしれないわね。」
「おうおうやけに煽ってくるな」
「対人モードっていうのは、いわゆる真剣ということよ。」
対人モードはいわゆる真剣…?
つまり、対人モードじゃないときは真面目じゃないってことか…?
カリヤの言葉を無視して会話を続けることには目をつぶっておくとして、カリヤには真剣の意味がいまいちピンとこなかった。
そんなふうに一人首を傾げるカリヤを見て、アズキはカリヤの額に人差し指を押し付ける。
「カリヤ、多分あなたの思ってる真剣の意味とは違うわ。刀剣の真剣、本物の刀かどうかよ。」
刀──といえば、カリヤの住む長野や、東京、京都、大阪、三河、隠岐、筑後という名の陸地の群島、まとめて日本といわれ、ファラデー支部が統治する土地にある歴史の中で、よく用いられた武器のことだが──
「訓練用で使うプラグはいわゆる竹刀。当たっても対して痛くはないし、使う上で大した注意を払う必要もないわ。」
確かに。訓練用のプラグは当たったとしても、いやそもそも当たらない仕様になっているため訓練にはもってこいの特性を持っていた。
「反対に、カリヤみたいな下位戦闘員や新入隊員は無印の戦闘用プラグを使わなければならない。これはいわゆる木刀ってところかしら。当たれば多少なりとも痛いけれど出血はしないでしょう?」
なるほど。
しかもその傷を受けるのはショートだけであって人間には外傷の代わりに痛覚を与えている。
じゃあ、対人モードっていうのは………
「じゃあ、対人モードのプラグってのは、人間も殺せるプラグってことか…?」
対人モードをオフにしてやっとアズキは本気を出せると言った。
きっとオンにしてしまうと相手を殺してしまうから。
「ええ、その通りよ。ショートにも人間にも等しく傷をつけられるプラグ。これがあれば、どんなときでも対処できるわ。」
「対処……って」
「ショートがたとえ、人間を盾にしようともその人間ごとショートを壊すことができる。」
その言葉を聞いた途端、カリヤはアズキの胸ぐらを掴んでいた。
「お前…っ! それ本気で言ってんのか!?」
対するアズキはにこやかな笑みを絶やさない。カリヤの方が身長が低いため、掴むというより引き寄せる形でカリヤは彼女を睨みつける。
すかさずタイガが間に入ろうとするが、アズキの手がそれを制する。
「……カリヤ、あなたは困っている人を助けようとする性格をしているけれど」
「当たり前だろ! 見過ごせるわけが……」
アズキの桃色の瞳がこちらを見据え、その瞳で問いかける。
「全ての人間を助けるなんて、不可能なのよ」
カリヤの双眸が開かれる。
その脳裏に浮かぶのはキボウとロウの笑顔と、その後に起こった惨劇。
キボウは皆を守りたいと言った。
ロウはそんなキボウを守りたいと言った。
けれど二人を助けることが出来なかったのはカリヤだ。
力を込めていた手を緩めると、カリヤは苦痛の表情でアズキから手を離した。
「そんな顔をしないで。だから私たちショート対策軍はいざというとき、そういうときのためにも対人モードを作ったのよ。」
「……それについては、分かった。きっとそれを使えるのは中位戦闘員以上じゃないと使えないんだろうってこともな。」
タイガが中位戦闘員であって、アズキが上位戦闘員なら尚更裏付けになる。
実際、カリヤはこうして聞くのが初めてだった。
下の位の隊員が誤って人を殺さないように、殺そうとしないように設けられた措置ということだろう。
けれど、どうしてそんな危ない機能をタイガは常にオンにしているのだろう。大剣こそ誤って人に向けてしまえば凶器となるはずなのに。
カリヤはタイガの方へと体を向け、彼の背負う大剣を指さした。
「なぁ、対人モードにして他に利点はあるのか?」
「……」
「発言を許可するわ、タイガ。」
巨躯な彼は、その鋭い眼差しでアズキを一瞥したかと思うとカリヤへとその視線を移した。
「……戦いにおいて、死を常に感じることで強くなれるからだ。」
「死を常に? は? 何言ってんのお前?」
「……斬ってもいいですか、アズキ様」
「だめよ。あと、私のことは様無しで呼びなさいって前にも言ったでしょう? 敬語もなし。前は出来たのにまた戻ってるわよ」
「……はい」
あっぶねー! 死にかけた!
でもなんだか分かってきたぞ、アズキはタイガに命令することができて、タイガはこの命令には逆らえないんだな!
「やーい、やーい戦闘狂!」
「……」
「ダメよ、タイガ。そんな風に目で訴えられても殺すのはダメよ」
「ん……? 殺すのは…??」
おちょくるように両手を広げてタイガを馬鹿にしていたカリヤの動きが止まる。と同時にアズキの口角がゆっくりと上がった。
「殺すのはダメだけれど、死ぬような目に合わせるのは許すわ。」
言うやいなや、アズキはカリヤの腕に赤い手錠をかけた。
先程とはうって変わって鎖がついておらず代わりにプラグとコネクトした際のあのコードのような紐がついている。
「え、ちょ、これ」
そしてタイガにも同様に特別な手錠をかけると、満面の笑みで答えた。
「絶対に切れない手錠よ、ちなみに鍵は私が持っておくわね♪」
その言葉を耳にした瞬間、タイガとカリヤは顔面蒼白になり互いに顔を見合わせる。
「っはぁあああ!?」
「アズキ様!?」
珍しく、声を出さないタイガすら声を荒らげアズキに詰め寄る。
先程の手錠の鍵はタイガが所持していたらしく、いきなり管理権を失ったことに焦っているようだ。
「タイガの信頼は厚いけど、カリヤが何を言うか分からないもの。保険のためよ。」
「俺が頼れないからですか!? やり遂げてみせます、俺に全部任せてください、アズキ様!」
タイガは背中を丸め必死に懇願し、アズキの瞳をじっと見つめる。
だが、アズキはそんな彼の要求に首を縦に振らない。
その代わりにタイガの額に人差し指を押し付け、
「敬語」
と言い放って踵を返した。
「………分かりま………分かった」
そんなアズキの態度に、タイガは諦念のため息を漏らす。
カリヤはお構い無しに、手錠をなんとか外せないかガチャガチャと引っ張ったり木にぶつけていた。
「くっそ~! 変なのつけやがって~!!」
「あ、そうだ。」
「あぁん?」
踵を返したはずのアズキは手のひらを軽く叩く。
すると、無風だった風が吹き始め、アズキのすぐ側に見知った人物が現れる。
「呼びましたぁ?」
「クルック、確か誂え向きの依頼があったわよね。」
「えぇ、まぁ……」
クルックは意気消沈としたタイガと、手錠をなんとかして外そうともがいているカリヤを横目で見ながら呆れた声を出した。
「まさか、あの二人にやらせるんですかぁ?」
「もちろん。あいつらにも見せつけてやりたいもの。」
「はぁ」
承諾とも、相槌とも取れない返事をしてクルックはアズキをみやる。
そのアズキはタイガとカリヤのいる方へと振り向いた。
「タイガ、カリヤ。仕事よ」
「……?」
「仕事!?」
手にしている薙刀を二人へと向け、アズキは言い放つ。
「ショート狩りよ」
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「ショート狩り。とはなんとも…!」
「聞いたことはありませんでしたか?」
「いえ…! 耳にしたことはありましたけど、実際にやるのは初めてなもので…!」
場所は比較的標高の低い山に囲まれた盆地。東京からはおよそ一時間ばかり離れた場所にあり、三河寄りに位置している──オケナガス盆地。通称、狩場。
その入口に二人の男性が立っており、二人の目の前には、盆地内に発生した大量のショートと対峙する多くの隊員の姿があった。
春の終わり頃と秋の始め頃に発生する、経験値稼ぎ、ポイント稼ぎのイベント──通称、ショート狩りが勃発していた。
どの隊員も、死にものぐるいでショートに向かってプラグを振るっていくが内心ショートをポイントとしてしか見ていない。
実際に朝からずっとショート狩りをしていた隊員は大量のポイントを稼いだらしく、二人の後方、盆地の入口から少し離れた道に設けられたファラデー支部の拠点やその周りにある露店でくつろいでいる。
いわゆる、ファラデー支部にとっての一大イベントというやつだ。
「あまりあの方達を例にするのはおすすめしかねます。」
「導先輩、どうしてなのですか…?」
導は店に集まる隊員よりも目の前の戦いへと視線を移す。
その導の様子はいつもよりも苛立っているようだった。
「あのような戦い方をすればいずれ命を落としてしまいます。目先のことにばかり飛びついてしまうのは未熟者として見られかねませんからね。」
「なるほど…! 勉強になります…!」
「では、ルーカス様。私達は私達なりに修行をしていきましょう」
「もちろんとも…!」
導はそう言うと、ルーカスと会話をしながらショートが群がっている地点に向かって歩く。
「確か、この間の依頼でエフェクトを使用するのに成功なさったそうですね?」
「はい…! 我が友、いえ、親友とも呼べるカリヤ君のおかげでなんとか発動することに成功したのです…!」
「それは素晴らしいですね、やはりカリヤ様は他の方とはどこか違っていらっしゃる。」
「違っている……とは…?」
もしかして、彼がコンセントを二つ所持していたということを気にしているのだろうか。
確かに彼は、カリヤ君は今やファラデー支部内では敵視されているといっても過言ではないが、導先輩もそんな風に彼を見ているのか?
心配そうに眉を下げ、導の横顔を窺うルーカスに気づいたのか、導はルーカスに向かって笑みを返す。
「いえ、決して彼を悪い風には思っておりませんよ。むしろカリヤ様には他人にはない、素敵な何かがあると私は思っているのです。実際にお会いして言葉を交わした私には分かるのです。」
「! そう……! 彼は良い人ですとも…!」
ルーカスは自身が褒められたわけでもないのに不思議と心から喜びが湧き上がっているのを身に感じていた。
それだけ、周りからのカリヤに対する扱いの悪さについて心配していたのだ。
「ふふ、本題に移って参りましょうか」
「あ、はい…! 申し訳ない…!」
「いえいえ。ではまず、プラグを展開しましょう」
そう言われてルーカスはすかさず自らの腰に携えてあるフランベルジュを引き抜く。
「コネクト…!!」
すうっと線を引くように緑色に発光するコードが靡き、ルーカスのうなじのコンセントと接続される。
「では、私も。コネクト。」
瀟洒な声に反応して、導の指に嵌めてある10個の指輪状のプラグからそれぞれコードが靡き、一本にまとまってからコンセントに接続された。
「導先輩のプラグ、初めて見ました…! 一体どういったものなのですか…!?」
「実戦で、拝見していただければお分かりになると思いますよ」
ちょうど歩き続けていた二人の目の前に数体のEランクショートが現れる。
Eランクといってもその形は様々で大小もまばらだった。
(この数を一体どうやって倒すというのか、参考にさせてもらうとしよう…!)
導は眼前に広げた両手、計十本の指をそれぞれ反対の腕の袖へと持っていき、通常の制服とは違った袖──フリル状の袖─に指輪のプラグを引っ掛ける。
そうして目の前のショートを一体ずつ目視すると、目を細めた。
「この度は、五寸に致しましょう」
そう言うと、導は素早く交差した腕を左右に引いた。
その際、指輪に引っかかったフリルから糸がほつれ、ちょうど十五cm程の長さでフリルから糸が切れた。
「まさか、その糸で…!?」
「ええ。そのまさかでございます。私の戦い方を見て、しっかりと学んでいただきたい所存です」
途端、ショート達が一斉に導へと飛びかかる。
が、導はその猛攻撃に一切油断せず、攻撃をかわした後、飛び上がったショート同士の間を美しく舞いながら通り過ぎた。
ルーカスの目にはただ舞を踊っていたようにしか見えなかったが、導の通り過ぎた後には糸によって体が切断され塵へと帰すショートの死体だけがあった。
導はプラグに引っかかったままの糸を外し、地面へと落とした。
「ルーカス様は、エフェクトを習得なされました。次なる段階として、エフェクトを物質発動させてみましょう」
「あ、ああ……! いえ、はい…! え、でも物質発動とは…?」
「今私が実演した戦い方のことです。」
ルーカスは視線を下に向け、半分以上塵化したショートの死体を見る。どれも綺麗な切り口で切断されており、糸で切ったとは思えないほどの御業である。
導は先程、エフェクトを物質発動と言った。そんな彼の第一基礎は風、第一応用は理である。
すなわちこれは──
「糸にエフェクトをかけて操ったのですね…!」
「ご名答です。エフェクトとは元来、プラグと干渉することによって発動しますが、私の場合、プラグとなるのは指輪本体であって糸ではございません。ですので、糸という物質をプラグを介して操ったのです。」
「そんな使い方もあったとは…! 勉強になります…!」
「ただ、私の場合は糸のような繊維にしか物質発動ができないのです。世間には空気に触れているだけで物質発動を行う方も少なくありません。是非、見かけたらそういった方々も参考にすると良いと思いますよ。」
胸元に手を当て、にっこりと微笑む導はルーカスからみても理想の先輩像だった。
導はルーカスが所属しているケンジ班の隊員で、資質が似ているためこうしてショート狩りを機会に指導を受ける形となったが、ルーカスにとってはまたとない機会だった。
(やはり先輩は素晴らしいお方だ…! この人の元で働けるなど…! 光栄の極みだ…!!)
「おや?」
「どうしました…?」
と、ふいに導は視界に不思議な物を捉えた。つられてルーカスもその目線を追う。
視界の先には変わらずショートが群れており、隊員達が奮起して討伐している光景があったが、一つだけ違和感があった。
「何か変ですね……妙に討伐される速度が速すぎます」
「た、たしかに…っ」
ある一角だけ、塵化するショートの数が尋常ではなく、塵が舞い上がっていくその中央に忙しなく動く人影が見えた。
さらにルーカスが目を凝らすと、そこには人を担いだ状態で大剣を振り回す大柄な男性が視認できた。
「うん……?」
その人影は周囲のショートを粗方片付け終えると、こちらの方へと駆け足で近づいてくる。
だんだんと人影の特徴を捉えることができる距離になって、ルーカスは思わず後ずさりした。
「ルーカス様?」
「あ、ああ、あっ、あれは……!」
ルーカスの視界に写ったのは、赤い髪を持ち、両手で持っても持ち上がらないだろう大剣を片手で振り回す巨躯。
そしてその脇には茶髪でくせっ毛のある髪の長い少年、ルーカスの親友が抱えられていた。
「いやぁぁぁああああ!!!!!!!死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!!!下ろせぇええ!!」
「黙って抱えられてろ……俺は今怒っている!」
脇で叫び泣く少年を抱えながらも構わず大剣を振り回し、道を塞ぐショートを塵へと帰すその化け物のような男をルーカスは知っていた。
「か、カリヤ君と………タイガ隊員……!?」
すみません。私事ですが、これからは更新ペース遅くなります




