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コンセント·コンセプト  作者: なつミカン
3章 牙の在処
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新たな覚悟

 そうして為す術なくタイガに抱えられ、しばらくするとタイガの足元、カリヤの視界には湿った地面が広がる。

 ファラデー支部付近は比較的降水量が少なく、偏西風の影響や季節風の関係もあってあまり湿地帯はないはず。 

 

 カリヤは殴られた痛みも相まってずっと項垂れていたが、空気が変わったことに気がついて顔を上げる。

 


「どこだここ?」

「……」



 顔を上げたカリヤの頭上には鬱蒼と茂った森林が広がっており、葉と葉の間から零れる光がところどころ地面を照らしていた。

 今タイガが歩いている道は、グリッド森林のように整備されているわけではなく獣道に近いものだ。


 こんな所に俺を連れてくる理由が分からない。


「ハッ……!」



 まさか、一体一で殺りあおうって魂胆じゃ…!

 入院中にルーカスから聞いたが、こいつたったの2日間で一気に中位戦闘員に上り詰めたって話だぞ!?

 会うやつ皆ボコボコにして昇進したんじゃ……



「絶対に屈しないからな………」

「……?」


 なんだか俺を見る目が変な風になっていたが、そこは気にしないでおこう。大事なのはこれから起こる命のやり取りへの覚悟だ。

 

 カリヤは下唇をグッと噛み締めることで、弱音を飲み込んだ。

 と、カリヤが覚悟を決めた目でタイガを下から睨みつけていると、身体の揺れがおさまった。


「お……?」



 タイガが止まったことに気づいたカリヤが視線を前へと向けると、そこには大きな石碑がそびえ立っていた。

 鈍く太陽の光を反射し、その石碑の表面には何か字が刻まれていた。



「これは……」


 力を緩めたタイガの腕から降ろされ、カリヤは久しぶりの地面をゆっくりと踏みしめながら石碑へと歩み寄る。

 タイガは依然黙ったままで、繋がれた手錠だけを外してくれた。


 石碑に近づくにつれて刻まれた字が鮮明になっていく。漢字だったり片仮名だったり、ああこれは。



「墓……なのか」


 石碑の表面を撫で、自分の目線ほどの高さに刻まれている名前をなぞる。

 薄暗く湿った場所にある割には綺麗に整えられていて、石碑のすぐ根元にはいくつかの花束もあった。

 まだ石碑には、名が刻まれていない部分もありその余白部分との境目に、知った名前があった。



「キボウと…ロウ」


 班名や班の役割といった細かいことは一切書かれておらず、名前だけがそこにあったが、何故かその字を見ただけで顔と声が頭に浮かぶ。

 あの二人は今、どこにいるのだろうか。

 死んだ後人間がどこへ行くのかは分からない。

 ショートに殺された人の魂はショートに吸い込まれるのだと聞いたことがあるが、キボウとロウもそうなのだろうか。

 あの、人型ショートの中に。



「……っ」


 そう思うと、胸が締め付けられるような痛みを感じた。

 一歩間違えれば自分もあんな風になっていたのだ。恐ろしいとすら感じる。

 けれど、それ以上に守りきれなかった自分が恨めしい。



「絶対に……あいつを…」



 ショートは一匹残らず殲滅する。

 それが俺の出来る最善のことだから。




 石碑に額を当て、鼻から息を吸うと、カリヤは勢いよく後ろを振り返る。



「で、監視するって言ったって、プラグの使えない俺を監視してなんか得でもあんのか?」

「……」


 タイガは未だに腕組みをしてこちらを俯瞰している。

 その背中に背負った大剣がやけに物騒で、なんだか嫌な予感がした。



「いや、待て。分かるぞ、この感じは──」

「何がわかったのかしら?」

「うわぁぁぁあっ!!」


 背後から嫌な声が聞こえ思わずその場から飛び退く。

 そこには桃色のツインテールを携えた美少女──否。鬼畜の象徴、アズキが居た。



「だぁから! いきなり出てくるんじゃねぇよ!」

「いきなりじゃないわよ。考える時間を与えていたでしょう?」

「いやそういうことじゃねぇんだけど」


 どうしてこうアズキという女は突然現れてはその場を掻き乱し、こちらを疲弊させるのだろうか。

 わからん。実にわからん。



 カリヤは背筋を伸ばし、キッとアズキを睨む。


「一体どういうことか説明しろよ、なんで俺はプラグが使えねぇんだ?」

「あら幼稚な質問。仕方ないから教えてあげるわ。」



 我慢だ。我慢。

 カリヤは滾る怒りを押さえつけてなんとか平静を保つ。

 一方、アズキは自身の髪をたなびかせ、自慢げに答える。

  


「あなたは今、危険人物扱いを受けているんだもの。武器を持たせるわけにはいかないでしょう?」

「危険人物だぁ?」

「触るな、危険。といったところかしら。まるで割れ物ね。」



 落ち着け。落ち着くんだ。

 前に会ったときよりもパワーアップした皮肉の数々に、アズキに今すぐ殴りかかってやりたくなるが、それをすると後ろのやつに足とか手とかを折られかねない。


「……だからタイガが監視についてるってことか?」

「その通り。四六時中監視することになってるから、タイガもよろしくね。」

「…承知しました」



 げぇっ、四六時中!?

 タイガとずっと一緒に行動するなんて俺の精神が耐えられない!



「嫌だ!」

「嫌だって言われても困るわ。これは決定事項だもの。先導者様も容認してらっしゃるし……」

「誰がなんと言おうとこいつは嫌だ! タイガと行動するくらいならルーカスと行動した方がマシだ!」

「……」

「あっ嘘嘘ジョウダンジョウダン!!!」



 話の途中でタイガが大剣を構える音がした。これは殺されるやつだと察して、カリヤは咄嗟に取り繕う。


「……アズキ様を困らせるな」

「いやいやいや困らせてねぇし! ほら、全然! な!」

「ふぅ、あさましいわね」


 アズキはその様子を見て、頬に手を当てため息を漏らす。

 その目には呆れの念が映っており、なんだか馬鹿にされているような気がした。



「話しているところ悪いけど、ここに来てもらったのにはもう一つ目的があったからよ」

「……目的?」







        ◇◆◇◆◇◆




 ──石碑から少し離れた所にある開けた場所にて。


 アズキとタイガが対峙し、カリヤはその様子を地面に座ってぼんやりと見つめていた。



「いつも通りカリヤの訓練をしようとしたのだけれど、使用許可がおりていないし怪我で疲れているだろうから、しっかりと見て学ぶようにしなさい。」

「見て学ぶ……ねぇ」



 果たして俺は二人の動きを見切ることができるのだろうか。

 いや。そもそもこうしてここにいることは安全だと言えるのだろうか。



 カリヤが悶々と考え事をしていると、アズキは何もなかった空間から薙刀を出現させた。



「……んん?」



 そういえば今更だけど、アズキって自分のプラグを常に持ってるわけじゃないよな?


 タイガの大剣やルーカスのフランベルジュ、カリヤ自身のハンマーにおいて、どれも腰や背中に装着されている。 

 けれどアズキが薙刀を常に持っていることはなく、プラグを振るうときは大抵何もない所から出現させている。



「なにかカラクリがあんのか?」



 と、言っている間にも、アズキとタイガは互いに武器を構えていた。

 傍から見れば確実にアズキの方が、体力的にも体格的にも不利だが、あの女は化け物じみている。

 どちらが勝つか全く予想がつかない。


「タイガ、一応対人用モードをオフにしておきなさい。今日は本気でやるわ」

「……承知しました」



 対人用モード?

 またなんか新しい単語だぞ?



「「コネクト」」



 カリヤが疑問に思う瞬間、その言葉を区切りに、プラグから緑色に発光するコードが揺らめく。

 が、移動する速度が早すぎて、線を描くように残像が残る。



「え、は、ちょ……?」



 カリヤは目を凝らすが、ほとんど二人の動きを捉えられないでいた。

 アズキが薙刀を振り上げるのと同時にタイガは大剣を持ってしてその起動をそらした。そこまではかろうじて判別することができたが、それ以降の動きは全くというほど認識できない。

 そうして、攻防を繰り返していくうち、タイガにもアズキにも疲労の表情が見え始める。

 訓練用ではないプラグは人に対して痛覚を与えることができるようになっているが、この二人はそれで疲弊しているんだろうか。



「いや…………でもこれは……」


 壮絶な戦いだ。

 認識できるのは刃物同士がぶつかり合う音と、その際に飛び散る火花ぐらいだ。



 と、ほぼ眺める形になっていたカリヤの視界には、アズキがタイガの首筋に刃物を当てている光景が映った。



「ふっ……まだまだね、タイガ」

「お手合わせ……有難う御座いました」





 ………マジでなんなんだこいつら。



 








 

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