覆せない関係
第三章開幕です。
ほかほかと湯気があがる器から麺をすくい取る。
鰹の出汁と麺が絡まりあい、コシのある麺を口に含んだ瞬間、優しく芳醇な香りが充満する。咀嚼し、飲み込んでいくとその温かみが身体中に浸透していくかのようだ。
美味い。その一言を言うことすら、緩みきった頬ではかなわない。
「ほわぁ~~~……」
カリヤはため息と共に瞼を伏せ、幸せを噛みしめる。
ここはファラデー支部の食堂。
カリヤはショート対策軍で人気を誇るファラデー食堂に足を運び、名物料理のうどんを一人食べていた。
「いや~、すげぇ美味い! リンにも食べさせたいぐらいだ……」
そう言いながら麺をすする。
カリヤの妹であるリンには、ついこの前、手紙を書いて送った。
なんだかんだ色々とあったが、東京に来てから一通も送っていなかったことに気づいてやっと、二週間の入院中に手紙を書いたのだ。
あんまり心配させたくないと思って、内容は無事に合格して隊員になったことと、初めての任務で下位戦闘員に昇格されたことだけ書いておいた。
我ながら端折りすぎたと思う。
でもまぁこうしてうどんを食べるくらいには元気になったのだから良しとしよう。
そういえば、入院中は様々な検査を受けた。
怪我の治療のためもあるだろうけど、多分、コンセントが二つあることでなにか普通の人とは違うなにかがあるのか調べたかったんだろう。
結果は特に異常なし。
同じ身長体重の成人男性より筋力があるだけの、一般男性だという診断が出た。
そりゃそうだ。これで変だって出たら今まで生きてきた二十二年の間、なにかの病気にかかっててもおかしくない。
でも、調べたくなる気持ちも分かる。
どうやら俺の怪我は全治二ヶ月はかかるほど酷かったらしく、ヒールをかけても一ヶ月かかるかといった所だったらしい。
けれど、なぜだか俺の体は自己修復によって異常な速さで完治した。
アズキと初めて出会った時の怪我もそうだったが、食事を摂ることによって回復がすすんだ。
「俺の中の何かが、俺を治そうとしてくれてんのかな」
依然体内に潜む存在の正体は分からないまま。アズキも何か調べたいことがあると言って入院中は顔を見せなかった。
──ま、そっちの方がありがたいか。
色々と考えながらうどんを食べ進め、汁を全て飲み干したカリヤは水の入ったコップを手に取り、一気に飲み干す。
「ぷっはぁ! ごちそうさまでした!」
どこに言うともなく、一人声を張るカリヤの周囲に人はない。
むしろ遠ざけられているといっていいだろう。食堂で食べているのはカリヤ一人で、食堂の前の通路を通る人々は皆、カリヤの姿を見るとそそくさとその場から立ち去る。
いや、一名ガタイのいいやつが睨みを利かせているがあれは無視しよう。
「はあ~、やっぱり嫌われてんのかな俺。」
「あの……」
「だって仕方なくね? 俺だって好きでコンセント二つ持ってるわけじゃねぇし」
「ちょっと……」
「それなのにショート扱いするってどうかと思うぜ」
「すみません!!」
「え?」
独り言をブツブツと言っていたカリヤの耳に劈くような高い声が響く。
周りが見えていなかったのか、気づけばカリヤの座っているテーブルの傍に、和服を着た小柄な女の子が立ってこちらを見つめていた。
「………あ、料金? いや、たしかポイントで前払いだったよな?」
「こほん……いえ、違いまします。」
「まします……?」
なんだか変な話し方だ。それに服装も和服というにはなかなか色鮮やかで、どちらかというも和服メイドといった感じだった。
座っている体勢のカリヤからは見上げる形になるが、実際の身長はカリヤよりも小さいのだろう。彼女が手に持っているお盆が大きく見える。
先程の大声はどこへやら、少女は大きな目を瞬かせ慎ましやかな声でカリヤに話しかける。
「料金のことではありません。たしか前に捕獲命令が出されていた方ですよね?」
「うぐっ、そうだけど、君は?」
「私はこの食堂の看板娘、梅と言いまします。この度、あなたを探しているという人がいたので連れてきたのでしです。」
「へぇー……で、その人ってのはどこに?」
カリヤの言葉に、梅と名乗る少女がある一点を指さす。
そこには真っ赤な髪を持つ鋭い目つきの男──タイガが腕を組んで立っていた。
「……見間違いだよな?」
「いえ、見間違いではありません。あの方でしです。」
カリヤは視線をタイガから逸らすように首を思いっきり回すと、小声で梅に話しかける。
「……裏口とかねぇ? あいつと関わりたくないんだけど」
「そう言われましても……困りまします。」
「頼む! 俺を助けると思って………」
と、カリヤが梅に向かって手を合わせ懇願しようとした瞬間、がしっと腕を掴まれた。
「………来い」
「うわぁぁぁあ!!? おまっ、急に来るんじゃねぇよ!! つか、離せ!」
さっきまで店の向かいに居たのに、気配を感じさせることなくカリヤに近づいて来ていたことに戦慄する。
腕を掴むタイガの力は言うまでもなく強力で、何度振りほどこうとしてもビクともしない。
気づけば食堂から引きずられるようにしてタイガに連れていかれる。
「おい! こらてめぇ! 俺をどこに連れてこうとしてんだよ!」
「………」
「なんか言えよ! あとこの姿勢で連れてくんじゃねぇよ! 痛てぇだろうがあ!」
地面をズルズルと擦るようにして移動するカリヤの言葉に罪悪感を感じたのか、タイガの足が止まる。
「おっ? なんだ、離してくれんのか?」
タイガにも慈悲という気持ちがあるのかと疑問に思っていたが、案外そうでもないかもしれない。
うんうん、きっと不器用なだけなんだよな。
だが、一向に腕を離す気配はなく、なにやらゴソゴソと袋からなにかを取り出している。
それはジャラジャラと音をたてると、その姿を現した。
───えっそれって手錠じゃね?
カシャンという音と共にその手錠はカリヤの腕にはめられ、なおかつ反対側の手錠はタイガの左腕にはめられた。
何これ、逃がさない気なの?
そうして再びタイガは歩き出す。
今度は前以上に荒々しくカリヤを引きずっていく。
「いたたたた!! 蹴ってる! 蹴ってる! お前の踵が頭に当たってる!」
「……」
「いやだからなんか言えよ!! ふざけんなよ!」
蹴られまいと頭をなんとか横にずらすが、ずらすと耳が床に擦れて無くなりそうだ。
ついでに痛い。
なんとか反撃しようと空いている左腕でタイガのふくらはぎを殴る。
―――――いや、めっちゃ固ってぇ! ふくらはぎの筋肉半端じゃねぇこいつ!
むしろ殴っているカリヤの拳が、赤くヒリヒリとした痛みの信号を送る。そんな光景が繰り広げられる中、通路を歩く人々は二人を奇異な目で見ている。
引きずられているせいで見られているのが丸わかりだ。
なんでいつもいつもこんな目にあうんだ!
カリヤはなんとか拳以外の戦闘手段でタイガを退けられないかと、背中に装着してあったハンマーを握る。
そして、肘で床に体重をかけ引きずられる速度を落とすと、息を吸い込み叫ぶ。
「コネクト!」
カリヤの言葉に反応するようにプラグから緑色に発光するコードが伸び、カリヤのうなじにあるコンセントに接続するその瞬間。
いつもならば身体の芯が揺さぶられるような感覚がして、みなぎるような力が溢れてくるのだが、今回は違った。
コンセントにコネクトすることなく、プラグが弾かれたのだ。
「いっっつぁ!」
「…!」
《接続不可:上位戦闘員·タイガによって制限された項目を行ったため、妨害プログラムが作動。本人による解除は不可能。》
脳内に直接無機質な声が響く。
と同時にカリヤのコンセントが、電流を帯びたように痺れ始めた。
「っぐぁああああぁぁぁ!」
痛みにのたうち回るカリヤを尚も引きずるタイガ。
その目には一切光などなかった。
しばらくして、うなじの痛みが引いてきたカリヤを小脇に抱える。
「………お、前……何しやがった……」
「……監視だ」
「監視? ……はぁ、またアズキのやつか…」
ぐったりと、痛みによる脱力感のせいでカリヤはもう暴れるような気力が残っていない。
アズキのやることなすこと全てにおいてカリヤに拒否権はない。
彼女にも多少の人の心があることは理解しているが、権力的にはやはりまだまだ見下されているし認められてはいないのだ。
「…監視するにあたってプラグの使用を禁じるよう、アズキ様に言われた」
「へぇー……ふーん…えっ」
「……?」
「アズキ………様?」
まさかとは思ったが本当にタイガとアズキは裏で繋がっていたのか?
いやそれにしても「様」って………
「お前も……色々苦労してる感じなのか?」
「……アズキ様には感謝している」
「いいっていいって、本人がいない所でお世辞言ってたって仕方ねぇだろ?」
「…なんの話だ」
「いや、だから、アズキに脅されたり弱み握られてたりするんだろ? 大丈夫だって、あいつの悪口言ってもバラしたりしねぇよ?」
ピタッとタイガの足が止まる。
やはり彼もアズキに酷い扱いを受けていたのだろう。うんうん、仲間同士仲良くしようじゃないか。
「ほら、俺に言ってみ? 少しは楽に──」
と言いかけたところで強烈なパンチがカリヤの腹に襲いかかった。
「ぐふっっ!?」
「……アズキ様を侮辱するな」
パンチを喰らったカリヤはそのまま項垂れ、為す術もなく運ばれる。
───前言撤回、こんなやつ仲間でもなんでもねぇ!!!




