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コンセント·コンセプト  作者: なつミカン
2章 敵だらけの劇場
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幕間:見下ろす者

 ファラデー支部のある場所から遠く離れた地にて、森林の間に隠れるように存在する洞窟内に足音が響く。

 洞窟の暗さと湿り気に慣れ切った様子のその人影はどんどん奥へと歩いていく。

 道中、蝙蝠や鼠が人影に驚いたようにその場から飛び交う。だが、そのどれもが身体の末端に赤く染った皮膚を有しており、逃げるようにその場から立ち去る行動は自然界のそれではなく、単に位の上の者へ道を譲ったにすぎない。


 洞窟の壁に行き当たると、その者は壁に手を当て探るようにして撫でていき、感触があったのか、ある一点を指で強く押した。

 ガコンと音がして、押された部分の壁に亀裂が入る。いかにも人工的な亀裂に手をかけ、彼は扉を開くように手前に壁を引く。



 そこには洞窟特有のゴツゴツとした岩肌ではなく、無機物的な建物の壁が現れた。

 青白い照明が壁に反射し、洞窟の明るさも相まってまるで宇宙空間にいるように感じさせる。



「あ! ムーンだ! おかえりなさーい!」


 そんな建物を歩いていると背後から明るい声がかかった。

 孔雀青のハッキリとした瞳を持つ彼女は見た目にしてみれば齢十歳程度だが、実年齢はその倍はある。


「ただいまぁ、楽しそうだねぇ。なにかあったの?」


 ムーンは走り寄ってきた少女の頭を撫で、彼女が抱えていたぬいぐるみの頬を指でつつく。



「うん! テミストがこのぬいぐるみ作ってくれたの!」

「テミストは相変わらず芸がこまかいねぇ。僕にも作ってくれないかなぁ……」

「え? ムーンも欲しいの? どんなのが欲しいの?」

「そうだなぁ……内緒」

「えー、けち」


 頬を膨らませ、唇を尖らせる彼女にムーンは優しく声をかける。


「作ってもらったら見せてあげるから我慢してねぇ。」

「……分かった」



 どうやら機嫌を直してくれたらしくちょこちょことぬいぐるみを弄り出す。

 彼女の腕の中で動く猫のぬいぐるみはつぶらな瞳でムーンを見つめ、その黒いボタンにはムーンの顔が左右上下反対に映り込む。


 と、彼女の背後からまた別の姿が現れる。



「カルポ…! ここにいたのね!」

「あ、テミスト! 今ね、ムーンに自慢してたの!」



 今度は、背が高く藍色の瞳を持った女性が慌てたように二人のもとに駆け寄る。

 カルポは満面の笑みでテミストにぬいぐるみを見せ、猫の腕を振ってみせる。



「ダメじゃない、カルポ。それはまだ未完成なのよ?」

「そうなの? でも、ちゃんと猫ちゃんだよ?」


 カルポはぬいぐるみをじっと見つめ、様々な角度で観察する。

 その猫のぬいぐるみは、可愛らしい表情を持ち、四足歩行なのにも関わらずまるで二足歩行をするかのような手足をしていた。猫といえば猫だが足りないものが一つあった。



「あぁ、尻尾がないんだねぇ」

「ほんとだ! …………でも、尻尾ってあってもなくても同じじゃない?」

「ダメ。尻尾だって大事な身体の一部なの! 尻尾がないと比率があわないんだから。」


 そういってテミストはカルポの腕からぬいぐるみを手に取る。そして片手でぬいぐるみを持つとカルポに向かって手を差し伸べた。



「ほらカルポ。完成させるからあなたも一緒に来て。皆もカルポと遊ぶのを待ってるわ」

「うん! じゃあねー! ムーン!」


 テミストの手をとったカルポはムーンに大きく手を振ってその場から去っていく。振り返らなくなったカルポはテミストと歓談しながら今後どう過ごすかを話しているようだった。



「不安定なんだから、あんまり出歩かない方がいいんだろうけどねぇ」


 子供たちの中でもテミストとカルポはその存在が不安定だ。いきなりいなかった場所に現れたり、してないことをしたと認識されたりする。

 主様はそのことを承知してか、テミストとカルポには比較的自由な行動を許可している。



 (どうにも、見捨てているような気がするなぁ)



 ムーンは二人と別れた後、フラフラと辺りを歩こうと研究室の方へと足を向ける。

 道中、子供たちとすれ違う度に笑顔で手を振り挨拶を交わす。

 ここ数日施設にいなかったせいか、見慣れない顔がチラホラ見える。



「また、増やしたのぉ?」

「ムーンか。」


 とある研究室の入口でムーンは足を止め、中にいる人物に声をかける。

 しかし、ムーンが声をかけてもその人物は振り向きもせずひたすら双眼鏡に意識を向けていた。

 その無頓着さにムーンは辟易として、許可も取らずに研究室へとズカズカ入り込む。



「ねぇ何見てるの?」

「これか? これは……といっても理解デきないダろう?」

「そういうところだよぉ、ダイモス。それだから嫌われるんだよぉ? 今僕に嫌われたの分かった?」


 ダイモスはいかにも気にしてません風を取り繕うがその表情は固い。

 一応彼だって自分と同じく存在値が高いはずなのに何故か他人と距離を近づけたがらない。


 ムーンはダイモスの隣の椅子に座って、背もたれに体重を乗せながら、懐より一つの玉を取り出す。



「それは……?」


「今回の戦利品だよぉ、ほら君欲しがってただろ? 重力系の資質。」

「お前は最高ダ! ムーン!」


 そういって勢いよく握手をし、ムーンから素早く玉を取って実験台へと素早く移動する。


「薄情なやつだなぁ」

「実験に実直なやつダと言え」


 それにしてもよく手に入ったな。とダイモスは呟くが、ムーンにとっては手に入れること自体は決して難しくはなかった。

 どちらかというと手に入れるよりも発見することの方が難しい、いや、めんどくさかった。


 ダイモスは早速鑑定し始めようと機械を作動させたところでその動きを止めた。



「いや、ダが、珍しいな? ふダんならばもっと余分な物を拾ってくるダろう? 何故これダけなんダ?」


「ん? んー……まぁ、取りこぼしたんだよねぇ」


「取りこぼした…? ますます信じられん。ムーンの力はショートの中デもトップクラス。ムーンを見た人間は生きては帰れないというのが常套句なのダが……」


「たまにはあるって、そういうことだってさぁ」


 実際はたまたまでも、偶然でもなく、あの時あの場所で出会った少年のせいで撤退を余儀なくされたのだが。

 これを言っては面目が丸潰れなのでダイモスには言わない。



 ムーンは椅子から立ち上がると、入口の方へと足を運ぶ。


「なんダ、帰るのか?」

「うん。主様に報告しなきゃいけなくってさぁ、取りこぼしたのもそうだけど。」

「……?」



 ダイモスはムーンの言葉に首を捻る。取りこぼしたのも、とはどういうことか。


 ムーンはニヤリと笑うと去り際に一言残していった。



「楽しそうなことに、ダイモスにとっての最上級の実験サンプルを見つけちゃったんだよねぇ」








━━━━━━━━━━━━━━━━━━




 ムーンの目の前、台座に置かれた水晶が妖しく光る。



「聞こえますかねぇ?」



 少量のノイズが入った後、ああ。と声がした。主様の声だ。低く、厳格な声をしている。

 ショートは皆、主様の声を聞くとその細胞一つ一つが震えるように興奮すると言う。

 長年主様の声を聞いているムーンでさえ声を耳にした途端服従心に囚われ、平常をとれなくなる。


「……主様、そちらはどういった様子でしょうか」


『僥倖だ。ムーンのことが大々的に広まってからそう時間は経っていないが、情報規制を敷いた。これ以上広まることはないだろう。』


「それならばなによりです。」


 第一の懸念は、生き残りを出した時点でこちらの情報が漏れ出すこと。

 あいにくと向こうでは私たちのような存在をSランクと定義付けているらしく、討伐対象にあるせいかその存在意義に関しては全く興味を持たないらしい。



『むしろ、そちらの様子を知りたい。消えた者はいるか?』


「いえ。ダイモスの研究にて増殖していますが、消える兆候がある者はおりません。」


『であれば、今度私が伺おう。』


「っ! では、顕現の儀を?」


 顕現の儀をするのが誰であれ、これで多少なりといえども戦力が増強される。

 つまり、戦力が必要ということなのだろう。



『ムーンには、顕現の儀に相応しい者を選定してもらいたい。できるか?』


「仰せのままに、主様の命であれば今すぐにでも。」


 ムーンはその場でこうべを垂れる。

 向こうからは見えないだろうが、身体が主様の声に反応するのだ。


『では、そのように』



 その言葉を区切りに、通信が切れる。

 主様は忙しい身にも関わらずこうして我々と通信を経て時間を作ってくれる。



「……優しすぎるんですよねぇ」


「いや八や、凄いげんバを見てしまいました」



 水晶の置かれている間に、ムーン以外の声が発せられた。ムーンはその声の方向へと視線を向けると、ため息をついた。


 水晶の間の入口に寄りかかるようにしてこちらを見る彼の糸目は、嬉しそうに目尻を下げている。

 自分と同じく存在値の高いショート、フォボスは神出鬼没で様々なことに首を突っ込みたがる。

 その探究心は時に味方から疎まれ、逆に人間からしたら迷惑そのものでしかない。

 前に一度、人間の成長過程が知りたいといって百人ほどの赤ん坊を攫ってきて監禁し、髪の毛の伸びや爪の伸び、歯の生える瞬間まで事細かに記録していた。


 ──いわゆる、変態である。



「やめてくれないかなぁ、盗み聞きとか。趣味悪いよぉ?」


「盗み聞きじゃありませんよ。たまたま、そこを通りがかっただけなので。まさか主様との通信をしている最中だったなんて、ホんとうに知らなかったんですよ?」



 ハ行だけ発音がおかしい彼の表情は常に笑顔だ。一つの行だけ発音がおかしいのはやはり兄弟だからか、ダイモスとそっくりだ。



「はいはい、そういうことにしてあげるよぉ」

「ところで……」

「え? なにぃ?」


 ムーンの言葉に水を差すようにしてフォボスは一気にムーンに詰め寄る。

 そういった彼の行動には慣れているのか驚きはしなかったが、ムーンはその狐のような顔が近づいてきたことに嫌悪感を示す。



「人間、しかも壊しても壊しきれなかった人間がいたそうじゃないですか。」


「あぁまぁね。あれには僕もビックリしたけど、なに? また研究したいわけぇ?」


「あれ、よく分かりましたね。八い、ぜヒとも研究したいと思いまして」



 どうしてダイモスもフォボスも研究熱心なのか。この兄弟は本当に謎が深い。

 ムーンはフォボスからある程度の距離をとって、水晶の間を出る。


「はぁーん、じゃあ出るんだぁ?」

「ええ。主様にも貢献出来ると思いますし、なにより今後の脅威になるかもしれないじゃないですか?」

「確かにねぇ……」


 水晶の間から続く長い廊下をフォボス引き連れて歩く。珍しいことに、フォボスはムーンの後を着いてくる。

 いつもならば気づいた時にはどこかへと行っているのに。


「まぁ、正直言うと壊れなかった人間よりも、その人間を助けに来た隊員の方がやばかったんだよねぇ」

「フむフむ」

「弱点とか一個もなさそうでさぁ……でもああいうタイプって弱点突かれたらすぐに崩れるタイプだと思うんだよぉ」



 真っ直ぐで戦いに身を置く赤髪の人間を思い出す。

 小細工や卑怯な手を使っても動じないような鋼の精神を持ち合わせた強者。


 ──けれど、ああいうのって弱い自分を隠すためとか、弱い自分をいじめてるから強く見えるだけだったりして……



「……その隊員の特徴とかはどのような?」


「そうだなぁ、真っ赤な髪をしてて……ほら僕らの毛先みたいな色。それでもって、大剣使いだったなぁ……うんうん。あれは強かった……ってあれっ」




 ムーンが振り返るとそこには誰も居らず、ひたすらに長い廊下が続いているだけだった。

 またフォボスの研究──迷惑行為が行われるのかと思うと、ムーンは肩を落としたが、それと同時に嬉しさも感じた。



 これで、またあの子と出会えるかなぁ。




「……楽しそうだなぁ…!」



 ムーンはスキップをしながらテミストのいる工房へと足を向ける。ぬいぐるみを作ってもらうのを頼みに行くのだ。

 あの子と出会う前に予行練習をしておかなければならない。

 どこをどう切り、どう潰し、どう抉るのかを。





 ──待っててね、カリヤくん?






次回から三章です

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