場違い感
カリヤ──二十二歳、現在就活中。
現段階を持って、絶賛迷子です。
「なんだこれ……なんだここ………」
地図を持ってうろうろと歩き回る姿は、見る人が見れば不審者に見えなくもない。
ただ、今日は下ろしたてのスーツに身を包み、身だしなみを整え、就活生として見られる努力はしている。
駅員にも一般人にも不審者だとは思われないはずだ。
―――にしても、田舎と都会でこんなにも違うものなのか……
カリヤの目の前の線路には一本も電車はなく、代わりにカリヤの頭上には、金属の羽が側部に付いている電車が停車していた。
定期的に、その電車を利用しているだろう人は何を気にするもなく、電車の入口から伸びる長いスロープに足を踏み入れ続々と進んでいく。
「ちょっとこれは、頭が追いつかないぞ」
呆然と上を見上げているカリヤの近くに、ヘルプセンターと書かれた看板が立っている。
別にカリヤには迷子になったことを恥じる気持ちはない。ここは素直にヘルプセンターに足を運ぶことにした。
「迷子ですか?」
カウンターには、髪を後ろに束ねた綺麗な女性が三名程居たが、その内の右手側の女性がカリヤに話しかけた。
「あ、はい。そうです」
「こんな所まで一人で来たんだ~?」
カリヤに話しかけた女性の隣、別の女性がカウンターに身を乗り上げ、カリヤに話しかけた。
ただ、カリヤはその女性の言葉に疑問を抱いた。
一人で?
別に一人で電車に乗っても問題はないはず。
カリヤは首を傾げつつ、首を縦に振った。
「はい、そうですけど」
「ちょっと、混乱しちゃうでしょ。まだ分からないんだから」
「ごめん、ごめん」
さっきから、カリヤに対する視線や態度に哀れみのような物が見える。それは一人の大人に対するものとは違う気がした。
「えーと、路線が分からないのかな? それとも、親御さんを探してる?」
「ろせ……親御さん?」
カリヤは数十秒考えた後、受付の女性達が自分をどういう存在として見ているかを悟った。
「お、俺は大人です!」
「「え」」
途端、優しく案内しようとしていた彼女たちの目に、疑惑の色が見えた。
互いに顔を見合わせた後、苦笑まぎれにカリヤの顔を見る。
「……だめよ? そんな嘘ついちゃ?」
「騙そうったってそうはいかないわよ?」
―――嘘じゃねぇし、騙そうとなんてしてねぇのに!
だがいずれ都会に出た際に、このような態度をとられることはある程度、予想済みだった。カリヤには身長というコンプレックスがある。
145cmの超低身長に加え、童顔ともとれる顔立ち。代わりに俊敏性と筋力は並の男性よりはあるがどう頑張っても見た目は中学生である。
―――あーもー、いつもいつもこの身長で苦労させられる!
だが、カリヤはこういった対応をされた場合の処置に関しては手慣れている。
逆に言えば慣れるほどからかわれているということだが。
「……分かりました。とりあえずその認識でいいので路線を教えてください」
秘技・スルー!
いくら弁解しようにも、こちらの体力を消費するハメになる。なら、いっそこちらからスルーしてやる、というカリヤが考案した一手である。
「え、ええ」
―――決まった! これは肯定せざるを得ない!
カリヤの心の中の自分が踊り狂っている。これで面倒事が一つ減った。
受付の女性は咳払いを一つすると、背後の案内掲示板を手で示す。
「じゃあ、説明しますね。この駅には二十の路線があります。このホームは11と12番線が向かいあっている場所ですね。11番線は主に都心から郊外を繋ぐ線路なんですけど……もしかして、田舎から上京してきたんですか?」
「はい、就職活動のために」
「あ、はぁ……で、お客様の行きたい場所はどちらですか?」
相変わらず嘘だと捉えられているようだ。相手もどうやら深く追求しないことにしたらしい。
カリヤは堂々とした態度で彼女の目をまっすぐ見る。
「ショート対策軍、ファラデー支部です」
「………え?」
「いや、だからショート対策軍、ファラデー支部です」
聞こえなかったのか、もう一度大きな声で言うと、カリヤの言葉を聞いた彼女たちはカリヤに背を向け、小声で話し始めた。
「え……? ショート対策軍って、この時期は募集期間よね…? そんな時期に上京てことはやっぱりこの男の子、ショート対策軍の試験を受けに行くのかしら?」
「そんな、だって合格する人ってすっごいイケメンで、すっごい背が高くて、すっごい男らしい人だけじゃないの!?」
「それはあんたの偏見よ」
―――筒抜けてますよ。
それにしても、困ったな。
もし受かる条件がすっごいイケメンで、すっごい背が高くて、すっごい男らしい人。ということならカリヤは間違いなく不合格だ。
ふと、カリヤは腕時計を一瞥すると、二次試験開始時間までさほど余裕がないことに気づく。
「あのー………」
「あ、はい!」
「そろそろ場所を教えてくれませんか……?」
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「うっぷ」
カリヤはフラフラとした足どりで駅を歩く。
受付の女性達に教えて貰ったとおりに、ファラデー支部行きの電車(?)に乗り、数分かけてようやくファラデー前駅に到着することができた。
「ほんとなにあれ……電車飛んでた……線路の意味あんの……??」
カリヤはあまりの酔いに、近くの手すりに掴まる。冷たい感触が気持ちいい。
そのまま手すり伝いに出口まで向かうと、強く吹き抜ける風がカリヤの頬を撫でる。そして出口に差し掛かると、眩しかった光景がどんどんと色づいていく。
そこにあったのは、地面を滑るようにして動くビル。空を飛ぶ自動車と、うねるように渦を巻く道路。人々の手にはスマホよりも薄い端末があった。
誰もがその光景を当たり前だと認識している中、カリヤだけはあまりの光景に開いた口がふさがらなかった。
一瞬思考停止しかけたが、何度目をこすって確認しても、そこには変わらずの光景が広がっているだけだった。
「なんっじゃ、こりゃぁあーー!!!」