敵だらけの劇場
──時は進み、七時間後
うっすらとその部屋の照明が人物の影を生み出し、一人一人の表情が窺えないほど重い雰囲気の中に明るい髪色の青年が立っていた。
机上には複数の書類と写真があり、それを俯瞰する重鎮達の陳列はやけに重々しかった。
「今回の件、なにが原因で起こったのか説明を願おう」
肘をついて手を組み、じっと左翼を睨みつけながら初老の男性は静かに告げた。
「今回の件といいますと、あれですか。人型ショートの出現ですか。」
対して、右翼の言葉に反応した男性が疑問を疑問で返す。言及されるのを恐れての反応だろう。
しかし、説明を求めた男性は緩く首を振り、また口を開く。
「そうではない。人型ショートの出現は前にも観測されていた。今回問題とするのは隊員の中に人型ショートと思わしき者が紛れ込んでいたことだ!」
そう言って強く机を叩くと、男性は自ら集めたであろう映像をスクリーンに映し出す。
そこには茶髪の小柄な少年と、赤髪の剣士が対峙している場面が映っていた。
それ後で欲しいなぁー……
と、この部屋に最初から居つつも一言も声を発さなかった青年が心の内にぼやく。
ぼやくだけでは飽き足らずうっすらと笑みを浮かべているのだが、暗さのため誰も気づかなかった。
「カリヤ新入隊員か……とある伝手から聞いた話だと、入隊試験に遅刻して受験できなかったらしいが……」
「なぜ合格している? 第三支部において後日受験など行っていないぞ。」
「粗末な資質だ。合格になどするものか。」
一人が話し始めた途端次々と疑問を口にし、挙句には少年がショートであるか否かではなくなぜ少年がファラデー支部に入隊したのかという話題へと移っていった。
「やかましい!」
が、最初に発言した男性が机をもう一度強く叩くことによって再び沈黙が訪れた。
「貴殿らの疑問も含めて説明して貰おうか、アズキ。」
ギロっと眼をこちらに向け、怒りの表情を顕にする男性を見て、つい息が漏れる。
ショート対策軍第三支部総監の言葉は身に響く。
大変な人を怒らせたものですねぇー…
毒づく青年の頭上にスポットライトが集中した。
その瞬間、部屋の中にいる全員がざわつき席を立とうとするものまで居た。
指名したはずの総監ですら驚きで鋭かった目が丸くなる。
「な……あ、アズキは…!? あの令嬢はどこだ!?」
クルックは姿勢を正し満面の笑みでお辞儀をすると、ずっと閉じていた口をようやく開いた。
「あぁー、すみません。お嬢、いいえ、ショート対策軍第一支部総監の実娘·アズキ様は欠席なさいましたぁー」
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──痛い。
鈍い痛みが全身を巡る。目はまだ開かないが、腕が微かに動く。
いや、痛いと自覚してから不要なものがなくなっていくように頭が晴れる。
「………ん」
カリヤは微かに目を開けた。見えた天井は白く、アズキの館の天井や地下牢の天井とは違って清潔感があった。
──どこだここ。
仰向けに寝ていたカリヤは頭を持ち上げ、自分の体を見る。服装は隊服のままだが、汚れと破れ様がひどい。が、そんなことよりも大事なものが見えていた。
「……!」
服の切れ目から、カリヤの胸部にあるコンセントが見えた。
咄嗟に右手で服を掴み、コンセントを隠す。一応辺りも見回すが誰もいないようで少しだけ安堵の息を零した。
ここは病院…? にしては見覚えがある。
カリヤは今まで行ったことのある場所をひとつずつ思い出しつつ、周りを忙しなく観察する。
窓際のベッドで、この薬品の匂い。
「あ……」
模擬テストの時に運ばれた医務室か。
カリヤがタイガに痛い目に合わされた模擬テストの時に、気絶したカリヤが運ばれた場所だった。その後サエカに出会ったのもちゃーんと覚えている。
と、出会った思い出に浸り、にやにやと笑みを浮かべていると仕切りの向こうから人の気配がした。
「なぁ、ほんとなのか? コンセントが二つもあるなんて」
「俺は見たんだ! 項と心臓にコンセントがあったんだ! あんなのショート以外ありえねぇよ!」
──なんだ? なんの話をしている?
カリヤはゆっくりとベッドから降りると、窓際に体を密着させいつでも出られるように窓の鍵を開けた。
「まぁまぁ落ち着けよ。上から捕獲命令が下されてんだからさ。上でなんとかしてくれるだろ?」
「捕獲…? 殺処分じゃないのか…? なんだってあんなのが隊員なんだよ……」
「今頃起きてるんじゃね? あんまり大きい声だすなよな」
──俺のことか!
二つのコンセントを持つのはきっと俺だけだろう。アズキとクルックさんの反応からしても多分前例はない。
それに加えて殺処分!?
ふざけるな、誰がショートだ。俺は人間だ!
そうこうしているうちに足音がだんだんと近づいてくる。二人分の足音。靴の音からして隊員だろう。
「(くそっ)」
足音がすぐ目の前で止まり、話していた男性のうち一人が仕切りに手をかけ、ベッドを覗く。
「あれ?」
「居ないぞ…?」
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カリヤは間一髪二人に見つかる前に窓から飛び出し、階下の庭へと着地した。
「い"っ…………つぅ!」
着地した際に足を強打したが、骨は折れていない。ひょこひょことした足取りでカリヤはその場から離れる。
「なんっで殺処分なんかされなきゃならねぇんだよ…!」
コンセントが二つあるからといってショートだという証拠にはならない。むしろ早計。
そもそもカリヤにそんなショートのような力があるのかすらも知らないのだ。
けれど、意識がなくなってベッドで目覚めることを繰り返してきたカリヤはなんとなく気づいていた。
意識を失っている間に、誰かがカリヤの体で暴れ回っているのだと。
明らかに意識を失う前よりも汚れた服、負った記憶のない傷。
「ちょっと待て、腕取れそうなんだけどいたたた!!」
さっきまで気づかなかったが、骨が見えるまで左腕の肉がえぐれている。
―――え、すごくない!? これで腕取れてないの!?
カリヤは悶絶しながら左腕を抑えつつ人目のつかないような場所へと足早に隠れる。
辺りを確認すると、何人か歩いているような人がいたがこちらには気づいていないようだ。
「つまり、えーと。俺ってここにいたらやばい存在ってことか?」
医務室にいた二人は上からの指令だとか言っていた。つまり、俺の上司が俺を捕まえたがってるらしい。
でも、本当にそうなのか…?
「確かめねぇと……」
カリヤは体に鞭を打ち、柱の影から歩み出ると掲示板のあるエントランスへと向かう。あそこなら情報がすぐ分かるだろうし、なにしろ人も多い。見つからないようにして情報を手に入れたい。
と、思っていた自分を殴りたい。
『新入隊員、カリヤの捕獲命令』
依頼のアイコン一つなく、その指令だけが掲示板に大きく映し出されていた。
なんとかここまで来たカリヤにとって最悪の事態だ。
「カリヤってあのチビすけか?」
「捕まえたらなにか貰えんのかな?」
「さっさと捕まえてやるぜ!」
掲示板の前には人混みができ、誰も彼もが敵に見える。
逃げる俺はまるで踊る役者で、ここはさながら舞台といったところか。
カリヤはそう思ってほくそ笑むと、汗を額から垂らした。
───一人対支部。敵だらけの劇場だ。




