獣との戦い
挿絵があります。
カリヤは生きていた。否、生き返ったが正しい表現だろう。
人類は皆平等、ショートからコンセントに触れられると死んでしまう。
だが、ルーカスの目の前にいる彼は生き返ったどころか傷を再生させたのだ。それは到底ルーカスに理解できるようなものではなく、混乱した頭をなんとか横に振り、ルーカスはその事態を真っ向から見つめる。
顔を上げたカリヤは、先程までとは雰囲気も表情も違っている。
深緑の瞳から真紅の瞳へと変化しただけでなく、その目つきも普段のものとは違って鋭く、眼光は見る相手を刺すようだった。
「これは、飽きないかなぁ…!」
その視線を受けたショートはさらに表情を歪め、弧を描くようににんまりと嗤うと、カリヤの首を持つ手とは反対の手をカリヤの顔めがけて素早く突き出す。
しかし、その手がカリヤの顔に当たる前にカリヤは身を捻って、ショートの腕に足を絡めると勢いよくその腕を引きちぎってその場から飛び退く。
ルーカスにはその動きがあまりにも速く思え、ショート同士での戦いのように錯覚した。
「は、速い…! カリヤくん、君は一体…!?」
と、カリヤがショートから飛び退いたことによって視野が広がったルーカスの視界に、つとむがいた。
つとむは腰を抜かしているらしく、地面にへたりこんでいた。
「! つとむくん、そこにいては危ないよ…!」
ルーカスは震える足に喝を入れて、つとむの元へと走り出す。ショートはこちらを気にかけもせず、カリヤに夢中になっているようで、ルーカスは難なくつとむの元へと近づくことができた。
ルーカスは身を屈ませ、つとむをどうにかして背負ってここから離脱しようとするが、そこであることに気づいた。
「つとむくん…? その袋は…?」
つとむの手には、破れて中身がバラバラと散らばっているパラボネラ入りのお守りがあった。
──たしか、つとむくんのお守りは新しいのをあげたはず…?
ルーカスが心配そうにつとむの表情を窺っているのをつとむも気づいたのか、俯いていた顔をルーカスの方へと向け、口を開いた。
「これ、は……おにいちゃんの…や、やぶけって…」
「カリヤくんの…? なにか、考えがあってのことなのかい……?」
「わかんない……わかんないけど、おにいちゃん、だいじょうぶ、だよね…?」
つとむくんは泣きそうな顔でこちらを見る。カリヤくんの方へと視線を向けると、彼は両足でしっかりと立ちあがり、敵と対峙していた。
大丈夫とは言い難いがロウやキボウのように、すぐに殺られるというわけでも無さそうだ。
どうやらつとむくんも僕同様混乱しているのだろう。
ルーカスはつとむの気持ちを落ち着かせるように、肩に手を乗せ、穏やかな表情を向ける。
「ああ、きっと、大丈夫だろう…! だから僕達はせめて彼の邪魔にならないよう、安全を確保するんだ…! いいね…?」
「うん…わかった」
つとむは目をすませ、ゆっくりと立ち上がるとルーカスと共に木の影へと駆けていく。
「(だいじょうぶだよねおにいちゃん──)」
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ああ、最高だ──
目の前のヒトは壊れなかった。いや、ヒトではないのかな?
たいていのヒトは首のコンセントに触られただけで壊れるし、首をはねれば壊れるし、血がいっぱい出るだけでも壊れる。
痛いだろうに、壊れれば痛くないなんて。まるで、壊れることが終着点で、一番幸せなことみたいだなぁ。
「ふふ……」
ショート──ここに立つムーンにとって、その出会いはまるで極上のご褒美だった。
ムーンが先程まで捕らえていたカリヤによって引きちぎられた腕の断面が、熱くじくじくと痛む。
ムーンにとって、痛みは不幸だ。痛みを感じることは生きる上で不必要で、むしろ痛みを感じず死ねることは絶対必要なことだった。
「痛い。痛いなぁ、これが痛みかぁ」
あの方から命を受けて犬をこの街に放ったムーンは、少々退屈していた。
確かに人間から奪ったエネルギーは美味なものだったが、ムーンの娯楽にはなりえなかった。
だから、ちょうどよく飛び込んできた人間の首をはねるアソビにハマったわけだが。
ムーンは痛みに顔を歪め、頬を赤く染めると引きちぎられた腕を引き寄せ、くっつける。
くっつけられた腕は離れることなく再生される。数回手のひらを開いたり閉じたりして、ムーンはその感触を取り戻すと再びカリヤへと視線を戻す。
「──」
「ん? 今なんて言ったの?」
口を開いてなにか言ったようだが、聞き取れる周波数ではないらしく、甲高い音だけが耳に届いた。
――――――――まぁ、聞こえなくても気にしないけどね
「キミは僕と遊んでくれるんでしょ?」
「──」
「うん? ふふ、いい顔だなぁ」
挑発するように手をこまねくと、ヒトはこちらへと跳躍した。
いい速さだなぁ、でも少し遅い?
ムーンは鋭く長い爪を伸ばし、低い体勢でこちらへと飛び込んできたカリヤの頭めがけて爪を振るう。
が、カリヤはさらに低い体勢をとり、地面すれすれのままムーンの顎下を殴る。
「ぐふっ…!」
「──」
バランスを崩したムーンに畳み掛けるように体を捻って蹴りを繰り出すが、ムーンはその細い足を素早く掴んだ。
「ムーン」
自身の与えられた名と同じ名を持つ力を使うと、ムーンは靄のようにカリヤの攻撃をすり抜ける。
この力の難点は、すり抜ける物体に数秒触れていないといけないこと。それを承知しているムーンは、積極的にカリヤとの接触を謀る。
「──」
攻撃をしては捕まれ、すり抜けられる。
カリヤはその赤い目を細め、一旦攻撃の手を止める。
「どうしたのかなぁ? 攻撃しなくていいの?」
四つん這いになってこちらを睨むヒト。ヒトにしては頑丈で、さっきから切り刻んでいるのにすぐに治ってしまうのだから、面白い。
ムーンは自身の爪を折って、カリヤへと投射する。当然、その速さはルーカスには見切れないほど高速だがカリヤは一本一本を避けていく。
――――――うーん、避けちゃうかぁ。じゃあこれならどうかな?
ムーンは爪を投げつつ、黒く濃い靄、いや霧を辺りに放出する。
視界は先程のサーべージドッグの時の比較にもならないほど悪く、カリヤは真っ暗闇に取り残された。
「ほらほら、あんよが上手。あんよが上手。」
その環境の中、ムーンはさらに爪を投射する。ムーンからも見えないが、カリヤからも見えないだろうその攻撃は当たったのかも分からない。
さすがに数本ぐらい刺さってるんじゃないかな?
ムーンは足音が無くなったことを確認して、霧を一気に晴らしていく。
「あれ?」
黒い霧を視界から無くすと、そこにはヒトの姿がなかった。
代わりに金色に光る半球があった。
「ねぇ、もしかして隠れて……」
「──」
ムーンが声をかけようとした瞬間、金色の半球が形を変え、その中からヒトの姿が見えたことでふと笑いが込み上げてきたが、笑う声が引きつった。
「っかは……」
ムーンの喉に、金の棘が刺さっていた。
──投げたのかぁ…?
半球だったはずのものが棘のようなものに変形した。なんて楽しそうなものなんだろうか。
「──」
カリヤの声に反応するように金色の棘は勢いよくムーンの喉から抜きでると、カリヤの元へと戻っていく。
その形状は流体で、流れるように様々な形へと姿を変える。
──まるであの方の力のようだなぁ
ムーンは痛む喉を擦ると、ふと頭に愛しい人を思い浮かべる。
と、つい前に与えられた力のことを思い出した。確か、靄を──
「──」
カリヤは貪欲さを孕んだ目で、金色の物体をナイフ状に変えてからムーンへと投射する。
が、そのナイフはムーンには届かなかった。
「ああ、そうそう、これだ……」
ムーンの手には鈍く輝くバイオレットの大鎌が握られており、カリヤの投射したナイフは弾かれてしまった。
「──」
「びっくりした? これでもっと楽しくなりそうだなぁ」
ムーンは体の奥から湧いてきた力を実感しながら鎌を振るう。きっとこれは、あの方からのプレゼントだ。
「──っ」
「お? 焦ったね? ついに壊れるかなぁ?」
ムーンの振るう鎌は一振りでカリヤに生傷を生んでいく。
カリヤも金色の物体をナイフや槍のように変形させ対応していくが、腹を切られ、腕を切られ、足を切られ、消耗していく。
だんだんと苦しむような表情を見せるカリヤに興奮を覚えたムーンはどんどんと攻撃を積み重ねていく。
「あはっ、あはは、楽しいねぇ!」
「──!」
ムーンの鎌がカリヤの心臓を捉える。
「───」
カリヤの目が開かれ、その瞳孔が鎌の切っ先からもたらされる死を映した。
「──なるほど」
今までその場にいなかった人物の声がして、金属がぶつかり合う音が辺りに響く。
「まぁた、新しい隊員だ」
「──?」
ムーンの鎌は大剣によって受け止められていた。その大剣を持つ人物の髪がカリヤの目に止まる。真っ赤で、血に染まったような髪。
カリヤは咄嗟に新たに現れた人物を敵だと認識し、金色のナイフを手に振りかぶるが、
「黙ってろ」
「──っ!」
彼はムーンの鎌を受け止めつつ、片足でカリヤに蹴りを入れる。その衝撃でカリヤは今までになく遠くまで吹き飛ばされた。
それを見たムーンは、頬を引き攣らせ鎌を一旦引っ込める。
──これは、面白くないかなぁ。
「あの子もヒトじゃないとは思ったけど、君はそれ以上かもねぇ」
ムーンはそれだけ言うと、靄のようにその姿を消した。
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大剣を握りしめ、ショートの去る様子を静観する男性──タイガはゆっくりと振り向く。
そこには敵意を剥き出しにした少年──自分の主人が贔屓にしている少年がこちらを睨みつけていた。
「たしか、カリヤ。とか言ったな。」
なぜ、自分の主人であるアズキがカリヤを目にかけているかよく分かった。
獣のような執着と、それに見合う力。
なるほど、アズキが気に入る訳だ。
タイガは大剣を構え、カリヤからの敵意を塗り替えるかの如く殺気を放つ。
「来い。受けてたってやろう。」
「──」
タイガの真っ赤な髪と、カリヤの真紅の瞳が輝くと、二人は同時に駆け出し互いの武器をぶつけあう。
タイガの大剣はカリヤのナイフを弾き、カリヤは弾かれたナイフを捨て新たなナイフを作り出し大剣へとその刃をぶつける。
「小癪な手段だな。」
「──」
「そんなものでは揺らぎはしない。」
タイガはそう言うと、ナイフごとカリヤを地面へと切り伏せる。
重い一撃にカリヤは身動きが出来ず、そのまま地面へとめり込んでいき、だんだんと瞼が閉じていく。
「……なんだ、眠いのか」
タイガは、カリヤの顔を掴むと軽く持ち上げ、地面へと叩きつけ完全にカリヤの意識を絶った。
「───こ、こで、か」
意識を失う寸前、なにか呟いた気がしたが気に留めることはない。仕事は完了した。
気を失って地面に横たわるカリヤを拾うと、肩に担ぎ上げる。
「アズキ、これでいいんだろう?」
「ええ、カリヤはトオル班に渡してあげてちょうだい。」
「……上手くいくのか?」
ゆっくりとした速度で歩み寄る秀麗な女性──アズキは自身の髪を靡かせ、微笑む。
「当然よ。私が発案したんだから。」




