特異体と執着
さらに森の奥に進むと影が一層濃くなり、だんだんと視界が真っ暗になっていった。かろうじてつとむくんの目にはショートの痕跡が見えているらしく、彼が止まる気配はない。
漂う空気は薄ら寒く、ほんの少しだけ獣の匂いが混じるようになってきた。
「ほんとにこんな場所にいるんですかね…?」
トオル班の一人が身をちぢこませて震える。彼女もまた下位戦闘員だと聞いてはいるが、武器となるプラグを持っていないように見える。もしかしたらあまり戦闘向きではないのかもしれない。
「こんな場所にいる可能性の方が高いだろう…っ! ああ、なんだか不気味だ…!」
「四の五の言わずにさっさと行くぞ。ほら見ろ、つとむなんて弱音も吐かずに俺達の役に立とうと頑張ってるんだぞ」
「うう……」
小都市に現れたというショート。その手引きをした者が誰か分からないが、同じ人間ならば許せない所業だ。
どうしてこんな世界で人間が人間を貶めようとするのか。
「そういえば、ロウ達のプラグってどんなやつなんだ?」
「あっそうですよね、遠距離攻撃って言っただけじゃ分かりませんもんね!」
ロウは制服の袖を捲りあげ、自身の腕に巻き付けた鎖を取り出す。
「私はこの鎖がプラグなんです。主に捕縛や防御なんかに使います。あんまり攻撃には向いてなくて……だから下位止まりなんですけど」
「ああ、だからこの依頼を受けたわけだ。ショートの捕獲だから。」
「ええまぁ…今は居ないですが、班長が私に一任して下さって。だから今日は下位戦闘員だけなんですよ、うちの班。」
班長が不在…? 班の人数が多いところはそういうやり方をしているんだろうか?
「じゃあ、そっちの人は?」
「あたしですか? あたしも戦闘向きじゃないんですけど……」
腰に下げたウエストポーチから杭のようなものを数本取り出す。
「これを地面に打ち込んでエフェクトを使うんですよ」
「エフェクトを?」
「あたし、プラグの才能は無かったんですけど資質だけ良くて。でもやっぱりキャリアさんやルーキャスさんみたいに攻撃できるプラグって憧れますよ」
攻撃できるプラグと攻撃できないプラグがあることは分かる。けれどどっちが優れているかなんて相手によって変わるはずだ。
「そんなことねぇよ。すごい攻撃でも当たらなかったら意味がない。なんてざらにあるし、ロウ達のサポートのおかげで倒せる敵だっているわけだしな。」
「キャリアさん……」
「そう言ってもらえると嬉しいです」
そう言って大事そうに各々のプラグを握りしめる。俺以外にもプラグに対してコンプレックスを抱いている人が居ると思うと少しだけ気持ちが軽くなった。
この依頼はここにいる人たちも含めて、最終的に完遂しなければならない。依頼を達成することができたら本当のことを言おう。それで、もっといろんなことを話し合いたい。
その瞬間──
「おにいちゃん!」
「どうしたんだ、つとむ…?」
前を歩いていたつとむがカリヤの服を掴んで辺りをキョロキョロと見回していた。
カリヤも釣られて辺りを見るが、何も気配はしない。
「つとむ、落ち着け。なにを見つけたんだ…?」
目のいい彼のことだ。きっと俺たちには見えない何かを見たに違いない。
カリヤはつとむの目線に合わせしゃがむと、つとむは少しだけ乱れた呼吸を整えカリヤへと向き直る。
「こ、ここできずがなくなってるの」
「ショートの跡か…?」
こくん。と頷くつとむ。
暗さに目が慣れてくると、ここが開けた場所であることがわかった。木々との距離がかなり遠い。
「か、キャリア君……まさかこれは……!」
「ああまずいな……」
改めてじっくりと草木の影を見つめると、蠢くナニカと、その動きと連動した赤い目が多数潜んでいることに気づいた。
もしかしなくてもこれは──
「はめられた。」
途端、ザワつくように獣特有の荒い呼吸が木々の隙間を縫って響き渡る。来た道にもその気配が感じられ、カリヤは囲まれたことを認識した。
──おびき寄せられたのは俺たちの方か。
トオル班の二名、そしてルーカスもまたその気配を感じ、息を潜めるように互いに背を向ける。そして静かにそれぞれのプラグを構え──
『コネクト!!』
緑色に発光する四本のコードがうねり、同時に影に潜んでいたサーべージドッグが五人に向けて襲いかかった。
「つとむを頼む!」
「あたしに任せてください!」
トオル班の一人が杭を、つとむの足元から自身の足元にかけてまで数本地面に突き刺すと、自分の目の前にある杭を握りしめた。
「いきますよー!」
彼女のかけ声の直後、地面が少し揺れたと思うとつとむの近くを走っていたショートが跳ね返されたかのように遠くへと吹き飛ばされた。
「これが、私のエフェクト【重力操作】です! つとむくんのことは気にせず、攻撃に集中してください!」
「すげぇ…!」
どんどんと跳ね返されていくショートを見るとカリヤの腕にも力が湧いてきた。負けない、と思う強い感情と、すごいと思う感情でカリヤの気持ちは高ぶっていた。
カリヤとルーカスがショートを斬ったり殴ったりする一方、ロウは鎖を腕から外し、遠くへと投射する。
投射された鎖はショート数体を巻き付けると、ショートごと持ち上げルーカスの元へとショートを運ぶ。
「ルーキャスさん…! こちらもお願いします!」
「ああ、任せてくれたまえ…!」
一括りにされたショートは、ルーカスのプラグによって両断されその塵は空中へと消えていく。
もちろんルーカス以外にもカリヤの所へ運ばれてくるのだが、タイミングがよくカリヤとしてはやりやすい戦いになっていた。
「これが班って感じか…! すげぇ戦いやすい!」
「まだまだ来ますよ!」
カリヤの背後にいたショートに気づいたトオル班の一人は、杭を投擲しそのショートを弾き飛ばす。
「…あぶねぇ、ありがとう!」
「どういたしましてー! また必要なら言ってくださいね!」
これは思ったよりも良いチームワークなのでは…?
そう感じながらも次々とショートを倒していくカリヤ達。しかし、出てくるショートが絶えないことにふと、カリヤは気づいた。
「なぁ、なんか全然減らないんだけど…?」
「ふっ、はぁっ……! 確かに、これでは身が持たない……っ!」
「うえ、いつまで出てくるんですか……重力操作結構疲れるんですけど……」
「きりがないですね……」
何故だが数が全く減らない。しかもだんだんとショートがタフになってきている気がする。一発だけでは足りず、二発三発目でやっと倒せるくらいになっている。
「強くなってる…?」
と、ちょうどカリヤの目の前にショートが一体現れた。しかし先程の連中とは打って変わって物静かで、こちらを見据えている。
サーべージドッグにしてはありえない行動だ。凶暴で餌に飢えているやつらに理性などあるはずもない。
だが目の前のショートは確実にカリヤの"隙"を狙っているように見える。
どうやらルーカスも似たようなショートを目の当たりにして動揺しているようだ。
けれど、動揺している間にも多数のサーべージドッグが襲いかかってくるため、珍しいショートを気にかけている暇もない。
「おらぁ!」
数体を凪払い、塵と化すとカリヤは珍しいショートへと大きく振りかぶってハンマーで攻撃をする。が──
「!?」
カリヤのハンマーが空振りで終わった。いや、距離や速度が狂っていたわけではない。確実にコンマ数秒前まで相手を捉えていたはずなのにハンマーに当たる感触がなかったのだ。
しかしハンマーを振りかぶった場所には黒いもやのようなものが漂っている。振り下ろすと同時にこのもやが出たと考えると、カリヤはある考えに至った。
「気をつけろ! 変な個体が混ざってる! 物理攻撃が効かねえ!」
「な、なんだって…!?」
ちょうどルーカスも特異体にむかって剣を振っていたが、これもまた空振りに終わった。
「なっ……!」
その瞬間、周りに霧が立ち込めカリヤ達の視界が狭まった。同時にショートの猛攻も収まるが、状況が悪化していることに一行は気づいた。
「なんも見えねぇ……」
「な、なんですかあれ!? 聞いてませんよ!?」
「静かに…どこから襲ってくるか、全く分からないんですから」
「ぬぅ…!」
息を殺して辺りを警戒するが、四方から微かな気配を感じるだけで、はっきりとは敵の居場所が分からなくなっていた。
──特異体。絶対にこいつが今回の事件の鍵になっているはずだ。
ジリジリと後退する四人は、つとむを囲んで守るかのような位置につく。
と、いきなりつとむが大きな声でカリヤとロウの隙間を指さした。
「そこ!」
「!」
視界の端にその行動を捉えたカリヤは、何も見えないがつとむの指さす方向へとハンマーを横ぶりする。
すると、タイミングよく飛び出してきたショートに見事命中しその姿を塵へと帰した。
「つとむ、見えるのか?」
「……うん、がんばれば、みえるよ」
つとむの方を見ると、うっすらと額に汗をかき眉間に皺を寄せながらも必死に目を凝らす顔があった。指さした手は小刻みに震えている。
──怖いはずだろう。目の前に化け物がいて、自分を襲うかもしれないなんて思ったら。
それでも尚屈しない、生きたいと願うその勇姿にカリヤは胸を打たれた。
「つとむ。」
「……」
「お前のことは絶対に守る。約束だ。」
「うんっ!」
たかが子ども一人、たかが小都市、そんなものぐらい守れなくてどうする。
「壊されて、たまるか──」




