凶暴な犬っころ
「つまり今日の朝、この家から大量のショートが出現し、辺りを破壊した。と」
「そういうことになります」
カリヤとルーカスは改めてロウの元、事件のあった現場を調査していた。
今は昼前だから、事件が起きたのはほんの数時間前ということになる。カリヤはその頃ちょうど依頼を受注している所だったはずだ。
――――それらしい緊急性は感じなかったけどな?
小都市といえどもこういった事件が起きた以上、支部内で何らかの動きがあってもおかしくないのだがそれを目撃した記憶はない。
カリヤがピアスをいじりながら考え事をしていると、ふと足元に人とは異なる足跡を見つけた。
「これは、なんの足跡だ?」
「え?」
身を屈め、足跡をじっくりと見ると、バラバラの足のサイズをした犬のような足跡が複数残っている。
考え事をしていたカリヤが急に声を出したことにロウは驚き、カリヤと同様に屈んで地面を凝視する。
「これは、サーべージドッグの足跡じゃないでしょうか」
「ああ、あの犬っころの……」
犬っころというには些か凶暴だが、まぁ、そこは些細事だろう。
にしても足跡が多すぎる。もしかして、大量に出現したショートというのはサーべージドッグなのか?
と、ここまで考えた所でふと肩を叩かれる感触があった。ロウはカリヤの隣で地面の調査に没頭しているので肩を叩いた人物は大体予想がつく。
顔を見上げるとやはりルーカスがにやけ顔でこちらを見ていた。
「え? なに? うぜぇ」
「なっ……! ひどいじゃないか…! せっかくいい情報を見つけたというのに…!」
「情報だけよこせよ、その顔はいらねぇ」
変にいじけるルーカスを押しのける。が、ルーカスはほめてと言わんばかりにカリヤに対してほおずりをし続ける。
助けを求めようと周りを見回すが、ふと近くにいたロウさんの、俺たち二人を見る目が少し変だと思う。
――――頼むから、胸の前で手を組んでうっとりするのはやめてくれ。
「で、なにが分かったんだよ! さっさと言えよ!」
「ショートの逃げ先だよ…!!」
「よくやった!」
今回の依頼は、大量発生したショートの捜索とその殲滅だ。ここを荒らした後に逃亡したショートを片っ端から見つけて討伐するのが、俺たちの仕事となる。
「でも、よく分かったな。なんか目印でもあったのか?」
「ああ、つとむくんのおかげさ…!」
「つとむ?」
あ。と声をあげる。
置いてきてしまったことを思いだした。
ルーカスの後ろを覗き込むと、ルーカス同様自慢気なつとむがそこに立っていた。
「えーと、つとむがショートの逃げ道を見つけたって?」
「そうさ…! 彼はとても目が良いらしくてね…! ご覧の通り、木につけられた傷跡を見つけてくれたのさ…!!」
ルーカスの指さす方をじっくりと見てみると、確かに幹の表面に硬い物が擦れたかのような跡が残っていた。
しかし、言われてみれば確かに。といった程度である。
「よくこんなの見つけたな……」
「確かにサーべージドッグの体毛は鋭く、逆だっていますからね。触れればどんなものにも傷をつけるでしょう。」
へぇ。と関心する。
ショートは倒すべき化け物であり、特徴を一々知る必要はないと思っていた。
――――なんて言ったらアズキから間抜け扱いされそうだな。
「えっとね、このきずがね、むこうにむかっていっぱいついてるの!」
「ほぇー……よく分かるなぁ……」
「うん! ぼくね! めがいいんだよ!」
自信満々に胸を張るつとむ。前に見た時よりも頼もしく、はつらつとしている。
まさかあの時泣きじゃくっていた小さな男の子がこんな風に俺たちの役に立とうとしてくれているとは……
「いい子だなぁ……つとむは……」
「……何故、僕を見ながら言うんだい…?」
「つとむはなぁ……」
つとむの頭を撫でていると、ロウがつとむを見て何かを決心していた。
「すみませんが、あなたにも協力をお願いしたいのです! 私達がショートを討伐するに当たって、そのショートを見つける手助けをして貰えないでしょうか?」
「! ぼくが、おてつだい?」
「そうだぞ、つとむ! つとむのおかげで皆が助かるんだ! やってやろうぜ!」
つとむは自分の服を掴み、俯いてしばらく考えると、バッと顔を上げて、
「うん、ぼくがんばる! やってみるよ、おにいちゃん!」
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「うん、とねー……みぎ!」
「ふむふむ…!」
さすがに少人数はまずいだろうと、トオル班からもう一人俺たちの方に付いてもらって、現在五人で小都市内の森林を捜索している。
ロウさんはああ言っていたけど、実際一人だけが増えた所でどうにかなるんだろうか。
どうやらもう一人の方も俺たちを神格化して見ているらしい。さっきから背中に刺さる尊敬の眼差しが痛い。
「足元には気をつけたまえよ、つとむくん…!」
「うん、ありがとうハデなおにいちゃん!」
くそぅ。
おにいちゃんと呼ばれるのは俺だけの特権だったはずなのにいつの間にかルーカスにその座を奪われている。
しかもちょっと仲良くなってるし。
「はぁ……」
戦闘スタイル上仕方のない陣形だが、今すぐにでも変えたくなった。
「小都市の中にも森林があるんですね。」
そう言って森を見上げるのはロウだ。
確かに、せっかくグリッド森林から切り崩して作った都市なのにその都市の中に森林があるとは、これいかに。
気づけば足元はぬかるみ始め、日陰のせいか余計に足をとられる。
つとむどころか俺たちも気を抜けば転びかねない。
しかし、良い点もある。この地面のお陰でどんどん進むにつれ足跡がくっきりと分かるようになってきた。つとむの目が良いおかげでもある。
「……?」
「どうしたんだい、つとむくん…?」
ルーカスの横に並んで歩いていたつとむの足が止まる。
それにしたがって列をなして歩いていたカリヤやその後方にいるトオル班の二人も足を止めた。
「あそこ……」
そう言ってつとむが指さした先には、低木で隠れてはいるが柵が見えた。
つまり小都市の端に来たのだろう。しかしつとむが気づいたのは柵ではなかった。
「! やっぱり……」
柵には穴が空いていた。
「これじゃ入られるはずだ!」
「そんな……」
トオル班の一人の顔が青ざめる。
──?
「大変だ、カリ……キャリア君…! このままでは再び侵入されてしまうよ…!」
「ああ、分かってる。」
幸い、俺たち以外にも人はいる。
「トオル班の残りの人達を、この穴を塞ぐのに協力してもらうように呼んで貰えるか?」
「あっ、はい、もちろんです!」
ロウはそう言うと懐から通信機を取り出し、仲間へと連絡を告げる。
「(カリヤ君…どうするんだい…?)」
「(ああ、決まってる)」
ショートはこの穴から入り、そしてこの穴から飛び出した。なら、もう一度帰ってくる可能性は十分に考えられる。
ここで取るべき行動は――――
「行こう、犬っころを残らず懲らしめに。」




