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コンセント·コンセプト  作者: なつミカン
1章 空回り就職
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手書きの手紙

「うーん、美味しい!」


 ファミリーレストランの窓際の席。

 カリヤの妹であるリンはおいしそうにパフェをほおばっていた。

 ファミレスが一軒しかないこの町では、平日にも関わらず大勢の人でにぎわっていた。といっても半数がお年寄りなのだが。

 

 それでもここはカリヤとリンのお気に入りの場所。合格祝いにはうってつけの場所である。

 だが、カリヤの目の前にはいつのまに頼んだのか、リンが食べているパフェしかない。


 ―――あれ? 合格祝いのはずだよな?



「あのー……リンさーん……? そのパフェ……」

「あ、大丈夫! お金は私が払うしカリヤも頼んでいいよ! 今日は奢り!」

「おお……」



 それなら文句はない。

 遠慮なく頼ませて貰おう。


「それにしても、カリヤが合格しちゃうとはねー」

「なんだよなんか文句あんのか?」

「なんで喧嘩腰なのさ」


 む。喧嘩腰か。

 成人になってからそういった態度は改めたつもりだったが、変わらないようだ。


「素直に凄いと思ってるの。だってあのショート対策軍だもん」

「ふふん、俺にも才能があったんだなー! あ、イチゴパフェください」


 ちょうど席を横切ろうとする店員に声をかけ、カリヤも同じパフェを頼む。

 このファミレスの料理はカリヤの知る中で一番美味しいと豪語できるほどだ。

 カリヤは心の中でファミレス――ゴストのありがたみを噛み締める。



「で、どうするの? カリヤ。もちろん就職するからには東京に住むんでしょ?」

「う、うーん……」

「まさか、実家から通うなんて言わないよね?」


 妹からの視線が地味に痛い。

 別に一人暮らしが怖い訳じゃない。まぁそれが理由の一つじゃないと言えば嘘になるけど。


 ただ心残りがある程度だ。

 中学、高校と経て大した親孝行も出来ず、卒業してバイトして、ちょっとした小遣いを自分の至福に使う程度。カリヤはどこにでもいる無職の人間だ。


 だからこそ、このまま地元を離れてしまっていいのだろうか。


「さすがに実家通いはしない。でも……その……」



 歯切れの悪い言葉しか言えない自分を、真剣な顔で見つめるリン。

 冗談でも言って和ませられたら一番なのだろうが、生憎と持ち合わせが無い。



「家のことが、心配で……」

「………」

「父さんも母さんもいるし、まだ元気だろうけど……でもやっぱり心配なんだよ。

こんな田舎でも、何か起こったら……って考えるとさ」



 今の時代、インフラはガタガタ。

 土地だって地割れで陸続きじゃなくなった場所ばかり。

 それぞれの島が独自に防衛をするなか、ここ長野だけは未発達で安全とは言い難い。

 ただ、ショートは人混みに向かっていく習性があるから、人の少ない限界地域は助かってるってだけだ。


 グラスを伝う水を眺め、目線を下に落とす。しかし眼前に迫ったのはテーブルではなくリンの拳だった。



「え?」

「あっぱー!」

「うがっ!」



 顎の下の痛みと舌を噛んだ感触。いきなりすぎて反応も出来なかった。


 ―――え? 俺今殴られたの?


 殴られた反動で硬直した顔をゆっくり戻すと、妹は何もなかったかのように水を飲んでいた。

 ただ、やっぱり殴った跡のようなものが拳にうっすらとある。殴られたことは確かなようだ。




「馬鹿なの?」

「……ば、馬鹿?」


「家族が死ぬ確率より自分が死ぬ確率の方が高いって分からないの?」



 カリヤは目を見開いた。

 確かにそうだ。


 今まではショート対策軍の試験に合格することだけを考えて、日々を過ごしてきた。だが、一次試験とはいえ合格したことでショート対策軍への入隊が現実味を帯びてきた。リンの言う通り、ショートの発生件数の少ない地元を出て、わざわざ危険な都会に出向くのだ。

 改めて考えればすぐにわかることだが、浮かれていたカリヤはリンに言われて初めて気づいた。



「わたし達のコンセントにショートがちょっとでも触れたら死んじゃうんだよ!? ネズミに齧られる方がましだよ!」

「ごもっともです」

「大体、カリヤは運動神経と勘だけはそこそこいいから生き残れるだろうけど、ショートなんて倒せるか分かんないんだよ!?」

「ええ、ええ、ほんとに」

「チビだし、喧嘩っ早いし、すぐ騙されるし、冗談通じないし、頑固だし、正直だし、困ってる人放っておけないし……」


「んんん?」



 本人は悪口を言っているつもりなんだろうが、途中からはカリヤの性格や人柄のことばかりだ。

 殴ったのは、そうした憤慨もあるだろうが、カリヤを心配してのことだったらしい。



「とにかく! そんな兄貴に家族を心配する余裕なんかないってこと!」



 分かったか、と指差され、カリヤは渋々と首を縦に振った。

 ふと、周りが静かなことに気づいて見回せば、レストラン内の人々がこちらを見て唖然としていた。


 ―――すみません、うるさくて。



「じゃあ、俺に心置き無く都会に行ってこいってことか……?」

「そういうこと」



 リンはパフェを食べ終わったらしく、スプーンを置くと、先程までとはうって変わって笑顔を見せる。



「ね、それよりさ。東京ってやっぱり田舎とは色々と違うんだよね?」

「え? まぁ、そりゃ、あの東京だからな」

「なんかネットの噂だと、空飛ぶ電車とか動くビルとかがあるらしいよ!」


「いや、それはさすがに嘘だろ」



 グラスのコーヒーを口に含み、乾燥した唇を舐める。

 殴られたときに口の端を切ったらしく、かすかにピリピリとする。



「嘘かどうか分からないからさ。写真でも撮って送ってきてよ。カリヤはスマホ持ってないから手紙でね」

「……めんどくさいな。手書きの手紙なんて。届くかどうかも怪しいぞ?」

「妹にそれくらいは書いて送れるでしょ。大量に送ってきてもいいからさ」



 携帯なら数十秒で見終わってしまう内容しか書ける自信がない。

 と思ったところで、妹は俺に時間を与えてくれたのだと気づいた。

 手紙を書くことで少しでも一人の時間を減らして、家族を想える時間を増やそうとしてくれたのを。



「……しょうがない。読み切れないくらい沢山書いてやるよ」








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