折檻タイム
「どうして自分がこんな目に合ってるか、分かるわよね?」
床は冷たく、水音が微かに聞こえるだけの暗い空間の中、カリヤは目の前の格子を睨んだ。
しかし睨んだ所で体が温まるわけも、この状況から抜け出せるわけでもないのだ。
「今日のことは全部クルックから聞いたわ。あなた、とんでもないことをしでかしてくれたわね。」
カリヤを批難するような口ぶりだが、その雰囲気には一切驚きがない。まるでこうなることを予測していたかのようだ。
カリヤの手首には枷があり、正座している太腿の上には重しまで乗っている。いわゆる拷問状態だ。
「なにか、言いたいことはあって?」
「なにこの扱いひどくねぇ!?」
これはあまりにもひどい。多少の仕打ちは覚悟していたが、夕飯抜きからの牢屋でのこの拷問は正直体に堪えるし、心も堪える。
「はぁ……自分がやらかした事の重大性も分かってないのね」
「わーってるよ! これで俺が上位戦闘員になる道が遠のいたって言いてぇーんだろ!? 大体、俺だけが悪いわけじゃねぇーから!」
実際、カリヤが使用したプラグは実戦用で、それがまさか痛覚ONになっていたなんて誰が想像できただろうか。まぁ、こんなことを言ったとしても言い訳程度にしかならないだろうが。
「それも聞いたわ。実戦用プラグがどうしたのよ。いずれ持つことになるというのに」
「ぐっ……」
「ほら、なにか言い返してみなさいよ」
牢屋の外からカリヤに目線を合わせるようにアズキがしゃがむ。まるで躾を受ける犬の気持ちだ。
こんの憎たらしい飼い主め。
「これでもまだ加減している方よ。昔から飼っている獣に逃げられた時はこれ以上の罰を加えたもの。」
そう言って身動きが取れないカリヤへと、細く白い指を鉄格子の隙間から差し入れる。その指はゆっくりとカリヤの頬を撫でていく。
カリヤは身じろぎ一つ出来ないままアズキの指を目で追う。アズキがどんな顔をしながら撫でつけているのか知らないが、なんだか妙に恐ろしかった。
──まさか、俺にも。
「いい毛並みだったから、その毛を引っ張ってちぎったわ」
こめかみ辺りの髪を引っ張られ、痛みが走る。ちぎられてはいないようだが、華奢な腕と指にしてはやけに力が強い。
「それでも抵抗したから、何度も叩いたわ」
手が頬から離れたかと思うと、風を切ってその手が振り下ろされ、カリヤは平手打ちをくらう。ただし、一度きりだ。
「それでね、何度も叩くうち何も言わなくなったから首を締めてあげたの」
カリヤの喉元へとアズキの手がのびる。が、締めあげるには至らず、アズキは微笑んだ。
「まるで今のカリヤみたいね」
「……っだからなんだよ」
「偉い偉い」
アズキの手を振り払うように頭を横に振り、下から睨みつけるが、アズキは甘ったるい声でそんなカリヤを褒める。
だから嫌なんだ、この女。
「なんて、甚振るのも楽しいけれど、カリヤには言っておかなきゃならないことがあるのよ。」
「……」
アズキは鉄格子から手を引っ込め、その場に立つと、ある資料を手に取った。
「明日は新入隊員への説明会兼班決めがあるから、しっかりと参加すること。」
「それだけじゃねぇだろ?」
「うん? ふふ」
大抵、こうして機嫌のいい時は人間、何かしら企んでいるものだ。わざわざ折檻中に言うくらいなら、業務連絡だけで済むはずがない。
嫌な予感がする。
「カリヤ、スカーレットから聞いただろうけど、成績の良かった者には上位戦闘員からの勧誘があるのよ。」
「ああ、俺は成績が悪かったけど特別に、いやお詫びとして俺にも上位戦闘員が付くって話だろ?」
「物わかりが良くなったわね。じゃあ、何となく想像もつくわよね?」
───まさか、こいつが。
その考えに至り、カリヤは自然とげんなりとした顔をしてしまった。アズキはその顔から察し、唇に指を寄せ妖艶に笑った。
「そうよ、私があなたの指導員。しっかりと教えてあげるから明日を楽しみにしてなさい!」
そう言って高らかに笑いながら、アズキは部屋を後にした。つまり、暗くて湿っていて、おまけに拷問の最中で置いていかれた訳で。
「あのアマ……」
「呼ばれてないのにクルック参上ぉ~!」
「どぅわぁっ!」
いきなり現れたクルックに思わず叫んでしまったカリヤは、勢いで太腿に乗せてあった重しを跳ね飛ばしてしまった。存外、見た目だけであって実はそんなに重くなかっただけなのだが。
「な、なんなんすか! クルックさんいつも唐突すぎねぇっすか!?」
「えへへ、それほどでもぉ~」
「褒めてねぇ」
「あ、いいんですかねぇ~? そんなこと言っちゃって~、さっきお嬢のことくそアマって言ってたことチクりますよォ~?」
「ぐ」
足は自由になったが、枷はまだあるわけで。鉄格子の向こうにいるクルックに手を伸ばそうにも自由がきかなかった。
もし、カリヤの罵倒がアズキの耳に入ったならば今の何倍の罰をくらうことだろう。
おっと身震いが。
「……なんて、言える立場じゃないんですけどねぇ~……」
おや。
なんだか、様子がおかしいぞ。
「どうしたんすか、クルックさん。さっきの勢いどこに行ったんすか温度差すごいっすよ」
「いやぁ~……ははは」
「……?」
彼はとても言いずらそうに言葉を濁す。
珍しい。彼は雄弁な人だと思っていたのだが。それほどまでに言い難いことなのだろうか。
「実は、君が最下位になったの僕のせいなんですよねぇ~……」
は?
「はぁぁぁああああ!?」
「いやぁ~! ほんとに! 申し訳ないとは思ってるんですよぉ~!」
ということはあれか? クルックさんがやったってことはつまりアズキだって知ってて、え? さっきの怒ってたのも芝居ってこと?
「クルックさん」
「え~っ!? あ、はい?」
普段から声の高いカリヤから、低く怒りのこもった声が聞こえた瞬間、クルックは悟った。
先程まで彼を拘束していたはずの手枷が破壊され、鉄格子からぬっと両手が現れる。 その両手はクルックの襟元を掴むと勢いつけて手元へと引っ張られる。
「いいかげんにしやがれぇっ!!」
「ちょ、まっ、まってまってまって!」
クルックの制止の声も聞かず、カリヤは思い切りクルックの頭に鉄格子をぶつける。
クルックは頭上に無数の星が飛び交うさなか悟った。
───やっぱり、こうなるんですよねぇ




