ユアネイム
「死んで…る?」
彼女の鼻先がぶつかり合うかというくらい近距離で、カリヤの体はすっかり強ばっていた。
けれども彼女の声は決して尖ったものではなく、その瞳には一切侮辱の念は無かった。
「死んでるって、一体」
ずっとこのままなのも悪いと思ってかカリヤは少し身を捩りながら後方へと退く。
そんなカリヤを見兼ねて、彼女は身を引き口元に手を添えつつクスクスと肩を震わせて笑いだした。
カリヤにはそんな笑い声すらも天使の囁きのように聞こえた。
「ごめんなさい。私、君の試合見てたの。もしあれが実戦だったら、"死んでた"よって意味だったの。」
「……ああ!!! そ、そういうことですか!!」
「そう、悪気は無かったの。だから……」
笑って焦りを誤魔化していたカリヤの頬に白く華奢な指が触れる。
「私の所で、強くならない?」
一切の揺らぎなく純粋にカリヤを見続ける彼女に、カリヤはそれはもう心を揺れ動かされていた。
――――――まじか。
どうせ、こんな俺を面倒見てくれるなんてアズキみたいな変わり者くらいしか居ないと思ってたのに!
願ってもない! あんなサディスティックな女に自分の命を預けてまで働くなんてお断りだ!
「は………」
『もしも私の元へ来るのを拒むのなら規則通り記憶をすっぱりと無くした後、路地裏にでも放り投げるわ』
「あ………」
『悪目立ちしてさっきのクルックみたいに暴れられて実験室行きが妥当でしょうね』
「その………」
『あなたがこの一年以内で上位戦闘員にならなければ、クビにするということよ』
思い返す、アズキからの忠告兼脅し。それが全てカリヤの心へと突き刺さった。
「ご、ごめんなさい!」
「え?」
「俺、ちょっと、いやかなり? 特殊な事情を抱えちゃってて! だから、そのあなたの所で働くのは、できません!」
そうだよなーーー!
俺きっかりアズキから脅し受けてんだよなー! これで恩人の所に行く。なんて言ったら、俺がコンセントを二つ持ってることとかバラして、平気な顔して実験体にするよなーー!
カリヤは泣く泣く頭を下げ、恩人に対してせめて誠実であろうと全力で謝罪する。
アズキがいなければこんなチャンス滅多に振らねぇのに!
「特殊な……事情」
頭の上で、少し戸惑っているような声が聞こえる。断られるとは思っていなかったのだろう。実際俺も断るとは思わなかったけどね!
「はい、すみません! 俺なんかよりも良い人とかいると思うんで、本当、不本意なんですけども!」
「そっかぁ……」
「すみませんすみませんすみません!!」
呆れられたかな。空気読めない奴とか思われたかな。そうだったら嫌だなぁー……
カリヤはチラリと顔を上げ、彼女の顔を窺った。しかし、彼女の顔には驚愕や落胆でもなく、笑みが浮かんでいた。
「なら、しょうがない。痛いの、治るといいね。」
そう言って椅子から立ち上がり、背を向ける彼女。カリヤは咄嗟に声をかけた。
「あの!」
「ん?」
カリヤがずっと聞きたくて聞けなかったこと。今なら言えるような気がした。
「あなたの! 名前はなんですか!?」
彼女は、天使のような微笑みでカリヤへと向き直りながらその名前を口にした。
「サエカ。ファラデー支部、上位戦闘員のサエカよ。」
「サエカ……さん」
カリヤが彼女の名前を呟くと、彼女は踵を返して医務室から去っていった。
「っ~~~~~!」
───やっと知れた!! あの人の名前!! しかも俺と同じ支部で働いてるなんて!! 毎日会えるようなもんじゃねぇか! ひゃっほう!!
「サエカさん、サエカさん……」
いい響きだなぁ~、何度でも言えちゃうなぁ~!
「サエカさん……サエカさん!」
「お取り込み中すみませんねぇー」
「どぅわぁっ!」
気づけばそこには橙色の髪を持つ青年、クルックが申し訳なさそうにカリヤの目の前で立っていた。カリヤはというと、驚いた勢いでベッドから転げ落ちていた。
「べべべ別に取り込み中とかじゃないっすよ!?」
「またまたぁー、サエカ嬢の美貌にメロメロだったじゃあないですかぁー?」
「は、はぁ!? く、クルックさん何変なこと言ってるんすか!? つか、いつから居たんすか!?」
「ぜぇんぜん! 今来た所ですよぉー」
そして数秒、顎に手を添え思案した後爽やかな顔で言い張った。
「あなたの! 名前は何ですか!? 辺りですかねぇー」
「ぐぁあああ!! 結構前じゃねぇっすか! よく盗み聞きできたな!」
「実はカーテンの後ろに隠れてたんですよぉー、ほら、僕一応通信兵監に所属してるからこういう隠密系得意なんですよぉ」
あ、一番敵に回したくないやつだこれ。
カリヤは改めてサエカからのお誘いを断っておいて良かったと思い返す。逆らったらどんな目に合うか、一瞬で想像できたからだ。
「で、カリヤ君。」
「はい?」
「僕と一緒に帰りましょー?」
「うん?」
もしやそれは折檻への案内ということですか?
「大ぁーい丈夫ですよぉー、お嬢の準備は万端ですからぁー」
「やっぱりこうなる!!」




