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コンセント·コンセプト  作者: なつミカン
2章 敵だらけの劇場
23/75

優等生と劣等生

 ────顎が痛い。前にもこんな感覚を味わったような気がする。






 カリヤは暗闇の意識のまま、遠い昔に思いを馳せる。カリヤがまだ黒い学ランに身を包み、髪もまだ短かった頃のことを。



 少年はひたすらに頭を抱え、痛みを耐えていた。地面に寝転がる自分を取り囲むように数人の生徒がカリヤを見下ろし、いや見下し、足で何度も何度もカリヤを蹴っていた。


 カリヤは当時、辺鄙な田舎から少し離れた街にある中学校に通っていた。電車は無く、徒歩で登校する毎日。周りはカリヤのことなど知らず、カリヤ自身も窮屈な学校生活を送っていたためカリヤは学校というものが単純に嫌いだった。

 話しかけられれば声を荒らげ、都合が悪いことに対しては無視をし、したくない事はしないという体裁を保っていた。


 しかし、そんなカリヤを気に食わない、もしくはきまぐれ程度にいじめだす輩が現れた。初めは持ち物の紛失、破損程度だったものがだんだんとエスカレートしていき、しまいには暴力を受ける立場になっていた。






「カリヤさぁ! 少しは痛がるとかしろよ! つまらねぇだろ!」


「なぁ、もう飽きてきたんだけど」


「あ、俺良いもん持ってるぜ!」




 腹部をひたすらに蹴り続けていた男子生徒が声を荒らげ、痛みが和らいだと思った瞬間カリヤの目には銀色に光を反射するナイフが見えた。



「っ……!!」


「おいおい逃げんなよっ!」



 カリヤは咄嗟にボロボロの体を起こし、その場から逃げようとしたが腕を捕まれ、二人がかりで羽交い締めにされた。しかも、この態度がいじめっ子達の嗜虐心を高ぶらせたのか、人に刃物を向けるという行為の異常さを麻痺させていた。



「ははっこいつ逃げようとしてる」


「早く切ってみようぜ!」


「待てって、暴れてたら手元が狂うだろっ!」



 拘束から逃れようと暴れるカリヤの顎下から拳が襲う。反動でカリヤは舌を噛み切ってしまい少量の血液が空中を舞う。


 ────痛い。痛い。嫌だ!




「やめろよ」



 しかしそのナイフは空中で止まり、カリヤの目の前には大柄な男が立っているのが見えた。



「はっ?なにお前」



 ナイフを持つ手を強く握られているのか小刻みにいじめの主犯である生徒の腕が震えている。心無しか突然現れた男に気後れしているようにも見えた。



「あれっ……こいつ……」


「もしかして……」


「お、お前っ…!! フタミ!?」



 フタミ。そう呼ばれた彼を見るや否や周りの男子生徒は慌てるようにその場から立ち去っていった。カリヤを羽交い締めにしていた二人も、カリヤを投げ出してどこかへと去っていく。



「大丈夫か?」



 地面に倒れているカリヤにフタミと呼ばれた男は手を差し伸べる。だが、カリヤはその手は取らなかった。フタミ。この名前には聞き覚えがあった。両親がショート対策軍のお偉いさんで有名だったからだ。



「か……まうんじゃ……ねぇ……」



 カリヤは血のにじむ舌の痛みを耐えながらフタミへ毒づいた。荒んでいじめられるような劣等生が優等生に助けられるなど苦でしかない。



「ははーん、さてはお前……」


「?……なんだよ……ごほっ……」



「Mだな?」



 間。



「はぁっ!?」



 声を荒らげた瞬間、カリヤは激しく咳き込んだ。



「あーすまんすまん、せっかくの性癖堪能を邪魔しちまって!」

「んなわけあるかてめぇ! 優等生だからって何言われても許されると思ってんのかああん!?」

「すっごい元気だなー! いじめられてたのが嘘みたいだな!」

「うっ……ぐぅ」



 いじめられていた。その事実にカリヤは無意識に表情を歪める。どうにも自分が侮辱されると気に食わない性なのだ。




「……なんで、割り込んできたんだよ」


「そこは"助けに来た"って言う所だろ? 素直じゃねーなー!」



 いちいち癇に障る男だ。ぎゃあぎゃあと大きな声で胸を張る姿はいっそ滑稽に見える。



「まぁ強いて言うならあれだな! お前が困ってたからだな!!」



「……別に、困ってなんかねぇよ」

「でも、嫌がってただろ?」



 ビクリとカリヤは体を強ばらせた。ナイフが自分に迫っていく瞬間を思い出してしまったのだ。死が自分を迎えに来る感覚。それを思い出すと、カリヤはフタミの言葉に頷いていた。



「うんうん、誰しも死ぬのは嫌だよなぁ。」


「お前は一体何様なんだよ」


「堅いこと言わない! ってことで、ちょっと相談があるんだけどさ!」



 フタミのペースに呑まれつつあるカリヤは不本意ながらもフタミの言葉に耳を傾けた。

 歯を見せて笑う彼の表情に何か引き込まれるものがあったのかもしれない。カリヤはフタミに向き直り、その顔を凝視した。




「困ってる俺を助けてくれよ───カリヤ!」






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





「はぁっ……!!」



 目に飛び込んできたのは白い天井だった。夢を見ていたようで、頭はぼんやりとしている。

 どうやらベッドに寝かされているらしいことと、薬品の匂いがすることに気づいた。



 ──どうなってんだ?あの後、俺はどうなったんだ?



 視線を横にずらすとそこには苦い表情をしつつも、驚いた表情をしているスカーレット監督官が居た。




「か、カリヤ! 起きたのか! 良かった……」


「え? あ、はぁ……起きましたけど……つっ」

「ああ、あんまり動くな。痛いのは治っていないのだからな。」



 カリヤが体を起こそうとすると、その反動で顎が痛みを訴える。咄嗟に体を起こすのを諦め再びベッドに倒れた。



「俺は……あの後どうなったんですか?」



 カリヤがスカーレット監督官に尋ねると、彼女はしばし困ったような表情を浮かべると、意を決したかのようにカリヤへと顔を上げた。




「………君は、あの試験において最下位になってしまったのだ」







 ………は?

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